「あ、あの、山本先生!?」
こちらよ、と案内されたのは校舎の中だ。私は一応商品を持っているから商売人と言う括りのはずだが、何故こんなことになっているのか理解し切れていない。
「どうしたの?」
「いえ、どうしたのというのはこちらのほうで……くのいち教室にって言うのは、その、何の冗談で、」
「あらいやだ。冗談なんかじゃなくってよ」
あっさり返された笑顔が眩しい。
「あなたがこちらに慣れていないって言うのは、竹谷くんから聞いています。あやめさんが彼を頼りにするといっても、性別が違うのだから何かしら限度はあるでしょう」
慣れていなくても、多少は魔法で何とかなります!なんて言い出せる雰囲気ではない。
「仲良くなれなくとも、女の子の知り合いがいるってことだけで、多少の助けにはならないかしら」
綺麗な人に微笑まれて、嫌な気分になんてならない。しかも彼女は私を心配するようなことを言ってくれている。断るなんて出来るだろうか。いや、できるはずがない。
「それに私たちくのいちも流行には敏感よ。色とか柄とか、そういうものを知りたいって言う話を小耳に挟んだのだけれど」
「ああ、はい。斉藤タカ丸さんに聞くこともあるんですが、彼もなかなか多忙で」
普段はこの学園に通って、実家へ帰ったら髪結いの手伝い。時間などそうそう取れるわけがない。
「ならちょうどいいじゃない。ね、勿論、協力者になったら、」
シナ先生の言葉がそこで途切れて、ウインクされた。おお、様になってる。
「勿論、多少の値引きには応じられると思います」
「嬉しいわ。あやめさんの作ったものって、お店に並んでいると値段が結構引き上げられているんですもの」
簪や小物ではしゃぐ姿は、まるで普通の女性だ。竹谷くんたちに「くのいち恐ろしい」「怖い。マジ怖い」と言われていたのに、それが全部飛んでいくほど。
「あら?」
途中でシナ先生が立ち止まった。視線を辿れば、そこには一人の生徒。紛れもなく、あの姿かたちは次屋くんだ。
「また迷っているの……この先はくのいちの敷地内なのに。そういえばあやめさんは次屋くんを知っているわよね」
「はい。無自覚の方向音痴、ですよね。あれは……すさまじかった……」
きょろきょろして首を傾げている次屋くんは、ここがどこだか分かっていないらしい。彼とは二回ほど会っているが、確か両方とも虎の姿だった気がする。(※人の姿で一度会っています)
「いつもなら富松くんが回収しに来てくれるのだけど……」
富松。聞いた名前だ。少し考えて、頭の中から記憶を引っ張り出す。確か以前実習中に具合が悪くなった男の子じゃなかったか?七松事件のインパクトですっかり忘れていたが、何事もないようでよかったよかった。
ふと、次屋くんは何かを決意したように、ふらりと此方へ走ってきた。え、どうしてこっち!?
彼が横をすり抜けようとした瞬間、さっと山本シナ先生が腕を上げてそれ以上の進行を阻止する。
「次屋くん、どこへ行こうとしているの?」
「あれ、山本先生じゃないですか。どこって、三年の教室です」
「こっちはくのいちの教室よ」
シナ先生の言葉に、次屋くんはぽかんとして、それからぐっと首を傾げた。
「教室を移動したんですか?」
思わず噴出しそうになったのを、とっさに我慢した私は偉いと思う。無自覚の方向音痴なんですよ、といわれていて、私自身もそれを目の当たりにはしていたけれど。まさかここまでとは。い、移動したって。そんな。
シナ先生は笑顔のまま少しおいて、そうしてちょっと肩の力を抜いた。
「移動なんてしてないわ。三年の教室はむこうよ……って言いたいけど、そううまく帰れるなんてことないものね。どうしようかしら」
きっと次屋くんのことだ。正しい道順を教えても、すぐさま逸れていってしまうだろう。いや、逸れるだけマシかもしれない。場合によっては反対方向へ走って行きそうだ。
「山本先生。そこまで小さな子どもじゃないっす」
「自覚がないから余計に困るわね」
シナ先生が人差し指で次屋くんの額を軽く突いた。こんな美人な先生にこんなことされたら、私だったらガチでファンになる。むしろ惚れる。男の子なら余計だろう。
なんて考えていたら、そうでもないようだった。
突かれた額をさっと隠して、数歩後退りしている。その表情は少し固い。反対に笑顔のシナ先生。……一体何があったんですか。ちょっと知りたいけど、自分の身の為に知りたくないとはこのことだ。
「あやめさん、ちょっと用事に付き合ってもらっていいかしら?」
こちらを向いたシナ先生はすまなそうにしている。次屋くんを届ける用事、に付き合わせることだろう。
「構いません。ここに一人で置いていかれるよりは」
「それもそうね」
置いていかれたら、どうしていいか分からない。事情を知らない人には侵入者と思われてしまうかもしれないし、事情を話そうにも信じてもらえるかすら分からないのだから。
「へ、平気です!」
しかし次屋くんはその提案を蹴った。さっと方向転換して、別の方向へ走り出そうとする。
その瞬間私の腕は、反射的に次屋くんの忍装束の端を掴む。多分虎の時に散々やったからだと思う。一度逃がすとなかなか捕まらないから、動いたら即捕獲というのを心掛けていたのだ。
「うっ」
「あ、ごめん」
立ち止まらざるを得なくなった次屋くんに謝るが、手は放さない。誰だよあんた、みたいな視線に負けそうになるが、ここは心を強く持とう。
「忍たまの教室まで送っていくわ」
「大丈夫です!」
次屋くんは随分拒否するなあ。そんなにシナ先生にお世話になりたくないのだろうか。
「万が一くのたまの敷地内に入って、制裁を受けたいの?」
だがシナ先生のちょっと耳を疑うような言葉に、竹谷くんたちが言っていた「恐ろしい」という部分の一部を垣間見てしまった気分である。


...end

くのいちこわい
20130831
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