「こんにちは。桐野と申します」
守りたいと考えたとはいえ、進んで関わる気のなかった忍術学園の扉を叩いているのには訳がある。
「はーい。あ、こんにちは。入門表にサインお願いしまーす」
小松田さんからサインを受け取り、以前よりはずっと慣れた筆で自分の名前を認める。そうしてボードを返せば、小松田さんは満足そうに笑った。
「ありがとうございます。お帰りの際は出門表に忘れずにサインしていってくださいね」
「はい。あの、ところで山本シナ先生はどちらにいらっしゃいますか?」
実は山本シナ先生に、自作の簪や小物を売って欲しいと頼まれたのだ。そういえば随分前に学園長にも同じようなことを言われていた気もするが、色々あって頭からすっかり抜けていた。
「山本先生なら……あ、じゃあ呼んできましょうか?」
「お願いします」
小松田くんは少し考えると、面倒くさがることなくはりきって走って行ってくれた。うん。癒し系だ。
その後姿を少しだけ眺めて、それから自分はどうしようかと身の置き場を考える。このまま突っ立っているのは微妙だが、人を呼んでもらっているのにここから移動するわけにもいかない。けれどここに立っていると、ちょっと視線が気になる。いや、ちょっとじゃない。かなり気になる。
小さな男の子たちが、こちらを見ながらこそこそ話しているのが分かるのだ。素人の私にも思いっきり分かるから、多分一年生なんじゃないだろうか。あ、そういえば忍者服の色と柄が一年生だ。
そしてよくよく見てみれば、その一年生は知らない顔ではなかった。
「あ、本当だ。あやめさん!」
そして駆け寄ってきたのはきり丸くんだった。どうやらこの短時間で呼ばれたらしい。
「きり丸くんこんにちは。どうしたの?」
「どうしたのじゃないっすよ。あやめさんこそどうしてここに?」
ぱっとにこやかに話しかけてくれたのは、物凄く助かる。誰?みたいに見られるより、誰かの知り合いかと納得してもらったほうが視線には晒されないだろう。
「いやあ。実は山本シナ先生に商売の話をね」
「銭!?」
「違うから」
目をお金の形にしたきり丸くんを嗜めて、改めて向き合う。
「久しぶり。この頃なかなか会わないもんね」
「オレも向こうに行く機会がなくって……。あ、竹谷先輩から話、聞いてます?」
「うん。聞いてる。でもどういうことになってるの?バイトなら決まった日にちがあるでしょ」
「いえ、決まってないんです。期日みたいのはありますけど、特に指定はなくて……手紙を届けるだけのバイトですから」
割りがいいんすよ、なんて嬉しそうに言うのはいいが、それって大丈夫なの?なんだか裏バイト的な匂いがするんだけど。
けれど頑張っているきり丸くんにそんな下手なことはいえない。もしかしたら彼の人脈で請け負えた本当にいいバイトなのかもしれないし。それにきり丸くんにはあの土井先生が付いているのだ。危ないことは絶対にさせないだろう。
「でもここ数日、竹谷先輩も忙しいらしくって。なかなか姿を見かけないんです」
「ほんと?もしかして今日もいない?」
「うーん。確か庄ちゃんが委員会がないって言ってたから、五年生全体がいないのかもしれない」
「そっか、」
そうか、竹谷くんたちいないのか。一応竹谷くんと不破くんにお土産らしきものを持ってきたのだが、いないなら仕方がない。日持ちしないものではないが、直接渡せないなら止めた方が無難だろう。
少し考えて、こちらを見上げるきり丸くんを見る。うん、こうした方がいいな。
「えっとね、これ」
普段なら持ち歩かないような荷物の中から、少し大きめの袋を差し出す。差し出された手の上に乗せてあげた。
「なんすか、これ」
「お菓子。少ししかないけど友だちと分けるくらいは入ってると思うから、みんなで食べてね」
「えっ、でもそれって先輩方に持ってきたんじゃ、」
すまなそうに返そうとするきり丸くんに笑ってしまう。こういうところはとっても真面目だ。バイトや自分の生活では、これでもかというくらいにドけちで守りに入るのに。
「いないなら仕方ないでしょ。名前が書いてあるわけじゃないし、問題ないって」
「……なら、遠慮なく頂きます。乱太郎たちにもあげていいんですよね」
「うん。楽しんで食べてね」
「?」
袋の中に入っているのは小さな飴だ。舐めている時間によって味がランダムに変わる、魔法使いの飴。どちらかというと魔法使いがマグル向けへの商売にと作ったものだから、味にしろ仕掛けにしろそんなに変わったものではない。だから持ってきたのだ。
あ、そうだ。鉢屋には今度会ったら蛙チョコレート渡そう。
「じゃあ、あやめさん。帰るときはオレんとこ来てください。バイトのこととか、話したいこともあるんで!」
「分かった」
「絶対っすよ!!」
そう言いながら走り去るきり丸くんに手を振る。可愛いなあ。そのままさっきまで此方を伺っていた集団に突っ込んで、わいわい始まった。
「あら、一年生とも仲がいいのね」
「ひえっ」
突然声を掛けられて、飛び上がってしまった。急いで後ろを向けば、そこには美しく微笑むシナ先生。いや、私の先生ではないんだけど、なんか先生って呼びたくなるじゃない。
「お、驚かさないでください……」
「ごめんなさいね。ところで、品物の方は持ってきてくださった?」
今度は可愛らしい少女のように笑う。竹谷くんが真剣な顔で「くのいちに年齢なんてないんですよ」と言っていたけど、シナ先生を見ていると本気でそう思えてくる。若いなあ。
「はい。一応作ったものは一通り、」
「ああ、待って。ここで出さなくてもいいの」
箱が入っている袋に手をかけた瞬間、それを止められる。細い指が私の手首に触れて、思わず固まるしかなかった。
「今日はね、くのいち教室の生徒達に会って欲しくて。お客としてもそうだけど……私たちなら色の組み合わせとか、そういうものにも協力できると思うのよ」
「えーっと、え?」
「くのいち教室に招待するわ、あやめさん」
言われている意味が分からないです。山本シナ先生。


...end

生徒に関わらせて、絡め捕る作戦
20130829
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