「……ご馳走様です」
尾浜くんがそう言って、ぐったりとテーブルの上に突っ伏した。鉢屋もそれに習ったのか、食べ終えたうどんの丼を避けて倒れた。何なのこいつら。
「いちゃいちゃって問題じゃないぞー」
「お前ら何なの夫婦にでもなるの?」
二人は倒れた順番にそんなことを吐き出して、それから黙り込んだ。夫婦って、夫婦ってお前らな。
「あはは、でも僕も、ちょっとそう思ったかも」
不破くんが照れたように頬に手をやるものだから、私は慌てて否定する。これでは本末転倒だ。
「だから、そういうことじゃなくって!」
「あやめさんは言うこと男前だからなあ」
「八左ヱ門くん、そこじゃないでしょ!?」
もうシリアスな雰囲気が台無しである。
「俺は桐野さんの言うこと分からないでもないですよ」
久々知くんは唯一、落ち着いた表情でこちらを見ていた。
「要するに桐野さんは、ハチ自身だけじゃなくて、それを作ったものも環境も、全部揃えておきたいんですよね。……分かります、」
長い睫毛が伏せられて、視線が外される。
「豆腐だって一つでも欠ければ、それはもう豆腐にならないんですから」
「ちょっと待って久々知くんが一番訳わかんない」
どうしてここで豆腐なんて単語が出てくるの。前半の意見には普通に頷けていたのに、後半は何を言い出した。
「え、でも結局そういうことなんじゃないですか?ハチが今こうやって存在するのは学園あってのことだし、あなたが関わることでの変化もある。それのどれが欠けてもそれはハチじゃないし、余計なものを足しても違う」
「う、うん。大体合ってると思う。でもね、何でそこで豆腐が出てくるかっていうのが理解できないのであって」
「ああ、俺は豆腐が好きなので」
「……ああ、そう……」
ふざけた様子もなくあくまでも真剣に話す久々知くんへの理解を、私は諦めることにした。軽く頷いて視線を逸らす。久々知くんの中で豆腐と同列にされた竹谷くんは呆れたように笑っていた。つわものである。
「兵助は豆腐が好きなんですよ。好きが高じて自分で作ったりもするんです」
「へ、へー」
「あとはほら、さっきも勘右衛門に高野豆腐を突っ込んでいたでしょう?持ち歩いてもいます」
ちょっと思い返すと、確かにそんなことがあった気がする。
「忍者って、こう、何でもありだね」
「ちょっとそれは聞き捨てならないな」
「そこでどうしてそんな感想が出てくるんだお前は!」
素直な感想を口にしたら、尾浜くんと鉢屋に順番に突っ込まれた。別にあんたたちのことを言ってるわけじゃないよ。


もうとっくに食べ終わっていたので、私たちはお店を出ることになった。これ以上頼まないのに居座るのも迷惑だ。
ずっと竹谷くんと繋がれていた手は、もう離れている。私と繋いでいた彼の手は、今は久々知くんで遊ぶことに忙しそうだ。
しかし。しかしまさかあんなことを言われるとは思ってもみなかった。本来なら竹谷くんと友人の意見が割れたことに責任を感じなければならないのに、そんなこと気に出来ないほど、浮かれている。
私の味方でいてくれる。そう言ってくれたのだ。こんなに心強い話はない。
ICレコーダーとかで録音できたら良かったのに。気持ち悪いかもしれないが、わりと本気でそう思う。
「おい、にやけてるぞ」
「鉢屋うるさい黙れ今記憶の中でもう一回再生してるところなの」
「それはさすがに引く」
じろりと鉢屋を睨むと、彼はさっと両手を上げた。降参のポーズだろうか。
「ま、庇ってやれなくて悪かったな。今回あんたを巻き込んだのは私なのに」
「別に構わないよ。尾浜くんの言いたいことも分かるし、それに、なんていうのかな」
笑顔であんなことを言われたのは少し怖かったし、やはりショックだった。きっとこれが初対面なら、軽くトラウマになっていただろう。でも私は初めて会ったわけではない。一度彼らの仲間内だけの顔を見ているのだ。
「素の二人を知ってるっていうの?」
「……ああ、あー、そうか。あんた学園で二人と接触してたな。確かに」
「そうそう。だからこう、心配なんだなっていうのが伝わって、改めて、学校っていいなあと」
「しみじみすんな。年寄りくさいぞ。おっと」
失礼なことを言われたので足を出したのに、華麗に避けられた。避けた鉢屋はにやにやしながらこちらを見ている。あああああ悔しい!!
「避けるな!」
「無茶言うな。そんなおっそい蹴りなんざ、何も考えなくても避けられるわ。むしろ反射だ、反射」
「っ、不破くん!鉢屋が暴言を吐いてくるので助けてください!!」
「三郎!またなにかしたの!?」
「あやめお前どうして言うのが雷蔵なんだ!そして雷蔵はどうしてこいつの言うことを信じるんだ!!」
鉢屋の言葉に何故かその場の全員が顔を見合わせた。勿論尾浜くんと久々知くんもだ。
それに嫌な予感がしたらしい。はっとして腕でばってんを作り出す。
「いい、やっぱり言わなくていい!!」
だが、止めることは叶わない。
「三郎は人をからかうの好きじゃないか」
「日頃の行いなのだ」
「三郎ならやりそう」
「おほー、俺も兵助と同意見」
不破くん、久々知くん、尾浜くんに続いて最後は竹谷くん。
「……ドンマイ」
思わず私がそんな鉢屋寄りの言葉をかけてしまうくらいには、言い切られた。
「お、お前らなんて嫌いだーー!!」
言い出したのは私だが、まあ何と言うか。ご愁傷様です。


...end

鉢屋は完全に残りの二人に会話を聞かせに掛かっている。こいつ本当に油断ならないな
20130827
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