「こんにちは、あやめさん」
「不破くんもこんにちは」
相変わらず鉢屋とは違う笑顔で、不破くんが挨拶してくれる。それに対してこちらもにこやかに対応すれば、それに講義してくる人がひとり。
「雷蔵、どうして私よりこいつを心配するようなことを言うんだ!」
「三郎、いい加減にしなよね。心配だって、お世話になったからに決まっているだろ」
文句を言う鉢屋に、不破くんが何でもないように返していく。竹谷くんに目線だけで問えば、いつものことだと教えられた。
確かに改めて見れば、鉢屋は本当に文句があるわけではないようだ。どちらかといえば、このやり取りを楽しんでいる風にも見える。つまり、
「いつまでも子どもみたいにあやめさんに突っかからないの」
「別に突っかかっているわけじゃない。あやめがいちいち私の言うことに、」
「鉢屋って子どもっぽいっていうか、めんどくさいね」
話を遮ったわけではない。竹谷くんに対して、何となく感想を述べてみただけだ。だが私のその言葉はしっかりと鉢屋の耳に届いたようで、彼は口元を盛大に引きつらせた。それにはっとして口を押さえるも、声にしてしまったなら後の祭り。
竹谷くんも不破くんもどこかツボに入ってしまったらしく、顔を背けて必死に笑いを殺していた。隠しきれていないぞ、諸君。
「だーれーがー子どもっぽいって?」
「いやー、うん、私のとこでは鉢屋も十分子どもだから安心していいよ」
そうか。よくよく考えれば、竹谷くんやこの辺りの年齢は、そろそろ大人の仲間入りをするくらいだった気がする。元服とか、十五十六辺り?
「ほーう、そうか。私はまだまだあやめサンには子供か。ならこちらであんたくらいの年齢の女をなんと言うか知っているか?」
「えっと、」
「そろそろ行きおぐっ」
大変失礼なことを言いかけた鉢屋が黙った。というか黙らされた。痛みに悶える鉢屋の背後にいるのは確か、五年生の尾浜くんじゃないだろうか。
「勘右衛門!」
竹谷くんがそう呼べば、尾浜くんはへらりと笑って手を振ってみせた。
「こんなとこでなにやってんのさ。三人突然いなくなっちゃうんだもん。ちょっと探したよ」
そうして今度は私へ向き直り、言葉を続ける。
「そしたら三郎はお姉さんに失礼なこと言おうとしてるし……ほんとすみません。うちの三郎が」
反論しようとした鉢屋を押さえ込み、とてもいい笑顔で謝罪する尾浜くん。一応このあやめの姿では初対面のはずなのだが、随分フレンドリーだ。
「まあ私も先に妙なことを言ってしまったというかなんというか……あの、鉢屋が白旗振ってますけど」
そしてちょっと怖い。鉢屋の頭を押さえる手には相当の力が加わっているはずなのに、それを感じさせないこの笑顔。テーブルを必死に叩いている鉢屋を見るに、多分結構痛いはずだ。うわあ。
「ああ、三郎はこれくらいやっても何の問題もないですから心配ないです。で、」
あ、鉢屋が力尽きた。尾浜くんの丸い目が私をしっかりと捕らえる。
「この人は桐野あやめさん。俺が凄くお世話になった人だよ」
視線が合ったと思った瞬間、そこにさり気なく竹谷くんが割り込んだ。
「へえ、じゃああなたが噂の"あやめさん"?」
「う、噂?」
問い返せば、竹谷くんが私の手をぎゅっと握った。それに突っ込んではいけない内容だったのかと察するけれど、出てしまった言葉は戻ったりはしない。それにまさか聞き返すのが不味いなんて思いもしなかった。
尾浜くんは何でもないように笑顔で口を開こうとした。が、その口の中に何かが突っ込まれた。
「もがっ」
「安心しろ、高野豆腐だ」
尾浜くんの口の中にその「高野豆腐」を突っ込んだのは、久々知くんだった。
「兵助!」
「俺、普通に勘ちゃんの後ろから来てたぞ」
不破くんの呼びかけにそう答えて、不満そうに口をもぐもぐさせている尾浜くんの肩を叩く。
「勘ちゃんは警戒しすぎなのだ。この三人が問題ないって考えていることを、俺たちがどうこう言っても仕方ないだろ」
前回虎の姿で会ったときも感じたが、久々知くんは本当に何を考えているか分からない系男子だ。そしてこちらを気にしなさ過ぎである。目の前で警戒だのなんだの言われるとは。これは聞かなかったことにしておいた方がいいのだろうか。というか、竹谷くんはこの二人に私のことを話していないらしい。話していたなら、「噂」なんて言い方しないだろう。
ちらりと視線を竹谷くんへ向けると、彼は本当にすまなそうにしていた。いや、別に竹谷くんのせいじゃないでしょ。
握られたままの手を軽く握り返すと、はっとしたように背筋を伸ばして、それから少し挙動不審になった。竹谷くんがおかしいのが分かったらしい五年生組(押さえつけられたままの鉢屋除く)が、その様子を見つめる。
「……な、何だよ」
「ハチ、顔に出すぎ」
呆れてる、という声で尾浜くんが言って、それから何故か肩を落とした。
「そーゆーことね」
「なんだよそれ」
「いやーまあ八左ヱ門がいいなら俺は何にも言わないけどさあ」
「い、いいって、だから何が!」
「えー、言っちゃっていいの?」
可愛らしく首を傾げて見せた尾浜くんに、ふと思い当たる。これはもしや、多大なる勘違いをなさっているのではないだろうか。
「ちょっと訂正させてください!」
竹谷くんが握っていないほうの手を上げる。びしっと、垂直に。こんな風に手を上げるなんて、魔法学校に在籍していた時だってなかったと思う。
すると驚いたように瞬きした尾浜くんが、私のこの行動に乗ってくれた。
「じゃあ桐野さん」
「えっと、先に座りませんか?立ったままだと目立つから」
立っていた三人が目配せして、どうやらそれだけで意思の疎通は完了したらしい。尾浜くんが鉢屋の頭からようやく手をどかした。
「どうして誰も私を気にしないんだ……」
頭を擦りながら鉢屋が一度席を立ち、何故か私の横へ座りなおした。……なんで?
「そう嫌がるな。私だって御免だが、他にお前の隣に座らせることができる奴はいない」
「私……不破くんがいいな。優しいし」
「雷蔵をここに座らせたくないから私がここに座るんだ!」
「なら端でいい。隣りが鉢屋とかまた蹴られるんじゃないかとどきどきする!」
「だから、あんたは、いつまでそれを引っ張るんだ!!」
席について騒ぐ私と鉢屋に、いつの間にか向かいに座った尾浜くんがこつんとテーブルを叩いた。
「もー三郎と桐野さんが仲イイのわかったから先に進ませてくれません?」
その言葉に私と鉢屋は顔を見合わせて、そうして揃って座りなおした。鉢屋と同じような括りにされるなんて、屈辱!


...end

久々知、尾浜、不破
鉢屋、あやめ、竹谷の順
20130822
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