「でも、結構下らないものもあるんだよ」
「は?」
おかしくなった空気を変えようと、私は突然話題の方向を変更した。
「嫌がらせレベルの呪文とか、絶対に使い道がないものとか。私が鳥肌立つほどぞっとしたのは、」
そこで溜める。鉢屋は先ほどの空気の名残だろうか。少し身体を硬くした。
「ナメクジを吐き続ける呪文」
「……え、」
別の意味で石化する。
「その呪文に掛かると、そうだなあ。私の中指くらいの大きさのナメクジが、胃からせり上がるようにして口から飛び出てくるっていう」
「や、ヤメロー!そんな話を食事前にするんじゃありません!!」
「食べ終わったもーん」
「もんとか言うな!それに私はまだだ!!」
ぎゃんぎゃん騒いでいるうちに、鉢屋の分のうどんがやってきた。それを持ってきたお姉さんはにこにこしながらそれを置いて、仲が良いですね、なんて言う。それを二人で否定してから、私は何となく肘を付いた。
「ま、だからさ、いいんだよ。私には何の問題もなかったし、もしあっても、優先順位は八左ヱ門くんだから。それに逃げ出す時に、協力してもらったからね」
「ほんと、一番初めに会ったのが、ハチでよかったな」
「それは私も思ってる。運命だね、これは」
もしも悪意のある人間だったら、こんな風に関係は築けなかった。私はその人の記憶を消していただろうし、今頃はもっと荒んだ生活をしていただろう。自分で物を売って、その場で生活していくなんて何も分からない人間には難しい。
「……それは本人に聞かせてやった方が喜ぶんじゃないか?ほら、後ろ後ろ」
鉢屋の言葉に振り返れば、そこには肩を怒らせた竹谷くんがいた。
「八左ヱ門くん」
「こんにちは、あやめさん」
それでも挨拶は欠かさない。そんな私たちを尻目に、鉢屋はうどんを食べ始めた。
「さ、ぶ、ろ、う!」
そんな彼に、竹谷くんは呻くように名を呼んだ。
「なんだハチ。私は今ちょうどうどんを食べているんだが」
「なんだ、じゃねーだろ。一体何やってんだ!しかもあやめさんのところで!」
行儀悪く箸をくわえた鉢屋の頭が、竹谷くんに容赦なく叩かれる。避けるつもりがなかったのか、それとも攻撃されるとは思っていなかったのか。とにかく鉢屋はそれを大人しく享受していた。
「あ、いて!お前の馬鹿力で叩くなよ!!」
「グーでやられなかっただけマシだと思え」ぐっと突き出した握りこぶしに、竹谷くんはそれだけ怒っているようだ。それにようやく気が付いた鉢屋は、箸を置いて尋ねる。
「なんでそんなに怒ってるんだ」
「当然だ。お前自分があやめさんにしたこと忘れてるわけじゃないよな」
何となく険悪な雰囲気になりそうな予感がした。それが他の客にも分かったようだ。少し注目され始めている。
「八左ヱ門くん、ちょっと座ろうか」
突き出した握りこぶしをやんわりと掴んで、強引に自分の隣に座らせた。竹谷くんは大層驚いたらしく、私にされるがまま席へとつく。
「大丈夫だよ。鉢屋は相変わらず生意気でカワイクナイけど、迷惑は掛けられてないから」
「そ、そうですか……」
「カワイクナイってあんた」
「でもあやめさん。もしかしたら今度は三郎に変装する奴が出てくるかもしれないので、その辺りは気をつけてください」
「そっか。鉢屋じゃ合言葉使えないもんね」
「おい。その言い方だと私が合言葉一つ覚えられない人間みたいじゃないか訂正しろ」
私は鉢屋の言葉を意図的に無視しているが、竹谷くんは本気で聞こえていないようだ。というよりも、聞かないようにしている?
「それにあやめ、あんた私とハチとの態度が雲泥の差だ!猫を被るのも限度があるだろう、限度が」
「鉢屋黙って。一日中ナメクジ吐き出したいの?」
じろりと睨みつければ、鉢屋はすぐに口を閉じてうどんを食べるのを再開した。これはもしかして、とても効果の高い脅し文句なんだろうか。
「……あやめさん」
「ん?」
「随分、その、三郎と打ち解けたんですね」
言いづらそうに視線をそらされて、なんとなく竹谷くんが気まずいような表情をしているのが分かった。そのままじっと見つめていると、今度は照れたように片手で顔を隠し始める。
「す、すみません。こんなこと俺が言うことじゃないですよね!」
あ、これ可愛い。
だってこれは、嫉妬というやつではないだろうか。それはそうだ。友人たちが自分の知らないところで親睦を深めているなんて、仲間外れにされた気分になるだろう。
「別にいいよ。それにこれは打ち解けたっていうより、遠慮がなくなったって表現するべきだと思うの」
「そうですか」
「……人の前でいちゃいちゃするのはやめてくれませんかねー」
鉢屋は半眼でこちらを見ていた。竹谷くんはそれを手で払って、彼に食事を再開させる。
「そういえば、八左ヱ門くんはどうして町に?怪我だって完全に治ったわけではないでしょ?」
「あ、ああ、それは、その、友人たちと遊びに来ていまして」
遊びに来ていたのに、今の竹谷くんは一人だ。
「途中で三郎が消えたので、ちょっと探していたんです。ここはあやめさんのいる町だし、また何か迷惑掛けてるんじゃないかって」
そこで抗議しようと口を開いた鉢屋を竹谷くんが一瞥する。その視線に続きがあることを悟ったのだろう。
「雷蔵が」
そのひとことの効果は絶大だった。鉢屋は大袈裟に箸を落とすと、ひどくショックを受けた表情をしてその場に突っ伏した。ただしうどんはしっかり避けていたので、そんなにダメージは受けていないのかもしれない。
「雷蔵は長年連れ添ってきた私より、こいつを心配するのか……!」
「おかしなこと言わないでくれる?」
突っ伏した鉢屋に冷静な突込みを入れたのは、困ったような笑顔の不破くんだった。いつの間にここにいたのだろう。全然気が付かなかった。


...end

竹谷の矢印に対して、あやめが鈍いんじゃない。その可能性を初めから完全に排除しているからこその思考回路。生きてきた世界が違うからこそ、お互い恋愛として好きになるはずがないと思っている。
20130819
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