お昼にうどんを食べている最中だった。
「こんにちは、あやめサン!」
手を上げながら私の向かいの席に座ってきたのは、竹谷くんだ。いつものように眩しいくらいの笑顔を見せて、全身から元気を振りまいているような姿。
丁度三口目のうどんをすすり終えて、私はにっこり笑って箸を置く。そして最近絶対欠かさなくなった合言葉を一つ。
「私が思う世界最強の蛇の名前は?」
「……は、」
質問を言い終えた瞬間、竹谷くんの表情が歪んだ。答えが分からないのと、質問自体が理解できないという顔。ああ、こいつはまた。
「鉢屋クン、剥いた上での吊るし上げと水攻めと恐怖の空中遊泳。どれか選ばせてあげる。ちなみにおすすめは空中遊泳ね」
「……どれも物騒だな」
竹谷くんの声ではなくなった。鉢屋は取り繕うこともなく、一瞬で姿を元のものに変えてみせる。動作なんてほとんどないから、他のお客さんも特に気が付いていないようだった。
「何の用?」
「おや、随分冷たい。今友人たちと遊びに来ていてな。折角八左ヱ門を呼んでやろうと思ったのに……まあ、お呼びでないなら帰るとするか」
ワザとらしく肩を竦めて見せる鉢屋に、思わず顔をしかめた。だが竹谷くんがいるのならば、それはなんというか、引き止めておきたい。会えるチャンスは逃さないようにしないと。色々決めなければならないこともあるし。ほら、きり丸くんとの約束とか。
誰にしているのか分からないような言い訳で自分自身を納得させ、立ち上がろうとする鉢屋の足をとっさに踏みつけた。逃さないように、ぎゅっと。
まさかそういくとは思ってもみなかったのだろう。鉢屋は立ち上がりきれずに、情けない感じで椅子に逆戻りする。
「いてっ何すんだよ」
「いやあ、随分引き止めて欲しそうだったからさあ」
「引き止めるったって方法があるだろう、方法が!!」
「鉢屋クンに一番相応しい方法だったと思う」
とても真面目な顔を作ってそう言えば、鉢屋はひどく微妙な表情で舌を出した。
「その鉢屋クンってのやめてもらえます?嫌味っぽいのと気持ち悪い……」
「きもちわるいって……随分失礼な」
「嫌味っぽいってのは否定しないんですね」
お互い少しの間見詰め合って、そうして結論を出す。
「じゃあ鉢屋もサンつけなくていいや。敬語もどっか嫌味っぽいから止めて欲しい」
「私も何とでも呼んでもらって結構。一応目上らしいから敬っていたんだが、上辺だけの遠慮はいらないってことでことでいいのか?」
「鉢屋はその話し方のほうがいいね。敬語だとどっか気取った感じ」
「突っ込みどころを全部スルーしやがった……」
口惜しそうにする鉢屋を放って、私はうどんを食べるのを再開する。冷めたものより熱い方がおいしいからね。
黙って箸をすすめていると、鉢屋は少し回りを気にして、再び私を見た。
「八左ヱ門からあの後のことは聞いたか?」
あの後。恐らく虎の忍術学園脱出のことだと思う。私は竹谷くんと別れた後、彼に会っていない。元々手紙のやり取りもしていなかったから、竹谷くんがこの町へ来て、私を見つけてくれないと会えないのだ。
鉢屋の問いに否定の意を込めて首を横へと振る。
「そうか。ハチはこういうことをお前には言わないだろうから、私から伝えておく。あの虎、中在家先輩が本当に気に入ってしまったようでな」
「え、七松じゃなくて?」
鉢屋は神妙に頷いた。
「ああ、そっちじゃなくて。勿論七松先輩の方も厄介なんだが、それ以上に中在家先輩は……だからもうやめた方がいい。もしくは生徒に見つかるな。次は確実に捕獲されるぞ」
その視線はふざけたものではない。というかまさか中在家さんが。特にそんなに懐いた覚えはないんだけどな。
「普通あんな大きな獣は、人には懐かない」
「……そっか、うーん、覚えておく」
大きい身体の魔法生物に慣れてしまっているからか、その辺りの感覚がちょっと思い出せない。こういう時、自分はマグルと違う場所で育ったのだと改めて実感する。
「というか、人の考え読まないでください」
「顔にそのまま出ていただけだ」
お互いに顔をしかめて、それぞれの位置に戻る。私はうどんへ向き合い、鉢屋はお姉さんに何か注文しているようだった。
「ちょっと、八左ヱ門くん呼んでくれるんじゃないの?」
「別に今すぐじゃなくてもいいだろう。それにそのうちハチか雷蔵がここを見つけるよ。ちなみにここは私が奢ってやる」
「はあ?」
「八左ヱ門の前で猫被りすぎ……」
鉢屋の行動が全く理解できない。そもそも友人たちから離れてどうしてわざわざ私のところへ来たのか。ついでにどうして奢られなければならないのか。
「察しろ」
理由を促せば、短く言葉を投げられる。だがそんなことを言われても、分からないものは分からない。
「察せられないっていったら?」
「だーかーらー、この間についての私なりの礼だ!借りを作りっぱなしは死んでも御免だからな!!」
礼。思い当たることが頭の中にとっさに浮かんでこなくて、ゆっくりと首を傾げた。竹谷くんのところへ行くまで背中に乗せてあげたこととか?
私が悩んでいるのが分かったのだろう。鉢屋はこれでもかというほど大きなため息をついて、がっくりと肩を落とした。
「あんた、馬鹿だろ」
「馬鹿じゃないし」
「いーや、馬鹿だ。この流れならどう考えても、あんたがハチを助けたことに決まっている」
それに驚いたのはこちらだ。
「え、別に鉢屋が礼をすることではないよ」
だって私が助けに走ったのは、竹谷くんであって鉢屋ではない。こちらには彼に多大なる恩があるし、何よりこの世界での本当に大事な人なのだ。とりあえず、ばれるとかそういう考えを後回しにするくらいには。
「私はあの状況で、八左ヱ門くんを助けられたことを本当に良かったと思ってる。本来なら関われる件ではなかったもの。その点じゃ、鉢屋が私を頼ったことを、多少なりとも感謝しているんだけど」
「……」
「嫌?」
どうやら感謝されるのが気に入らないようだ。
「あやめサンは、私がどういう考えであんたを頼ったのか、大体検討は付いていたんだろう?」
「まあ、一応。一番早く動けそうなのが私だったんでしょ」
「そうだ。ついでに、あんたならどうなってもいいと思った」
「だろうね。速さが勝負のあの状況では、まともな助けを求めるのは難しい」
土井先生たちの到着なんて待っていられなかっただろう。その間にきっと、竹谷くんは殺されていた。私でギリギリだったのだから、彼らに間に合うはずもない。
けれどもし、ろくに準備もなしにそこへと向かっていたら?もしかしたら間に合ったかもしれないが、その分助けに向かった人の身も危険に晒される。
「どうなってもいいと、そう言ったんだぞ?」
「どうなるつもりもなかったから、いいんじゃない?」
私はうどんを食べ終えて、ごちそうさまと手を合わせる。そして続けた。
「私だって、仲のいい人と知らない人を対等に扱うことなんて出来ない。鉢屋の判断は普通。それがただの人なら相手に恨まれていたかもしれないけど、私は"魔女"だよ?」
私には自信がある。戦うと意思を持った瞬間から、この世界では誰にも負けないであろうことを。
「戦うと決めた"魔女"が、そう簡単にどうにかなるなんて、絶対にない」
呪文一つで自由を奪える。姿を変えられる。命さえも自由にしてしまえる。
「絶対に」


それが、魔法使いだ。


...end

目の前にいるのは戦いに関して全く素人の女なのに、その言葉一つで背筋が凍る鉢屋。有り余る自信が恐ろしい
20130816
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