部屋に入るかどうするか、と話している最中だった。怪我をして安静にしていなければならないはずの竹谷くんが、上から降ってきた。一瞬ぎょっとしたが、その焦った表情にただごとではないと姿勢を正す。
「竹谷先輩、どうしたんですか」
「八左ヱ門、保健委員に怒られるぞ」
しかし二人の問いにすぐ答えることなく竹谷くんは辺りを見渡して、少し声を落とした。
「山本シナ先生から指示を頂きました。これからシロを脱出させます」
「は?」
「えっ」
(え、またどうして)
この時の三人は、恐らく同じことを考えていたと思う。それくらい唐突だった。
「いえ、思っていた以上に話が広がっているようで。しかも七松先輩と中在家先輩が手を組んで、事情の知らない先生を説得に掛かっているらしくて」
「いや、訳が分からない。そもそもシロのことは、学園長先生と山本シナ先生にしか……」
鉢屋がそこで一度黙った。そうしてがしがしと頭を掻き、私を恨めしげに見つめる。
「七松先輩の留め金を外すどころか、中在家先輩までその気にさせてどーすんだよ」
(え、え??)
竹谷くんは私が混乱しているのを良く分かっているのだろう。落ち着かせるように頭に手をやり、撫で付ける。
「中在家先輩は、反対を見越して外堀から埋めてみようと考えているんだと思います。話を広めて、多数をその気にさせてしまえば、切り捨てることは難しいってね」
「勿論学園長先生が駄目だって言えば済むことは済むが……。正直今までのあの方は、面白いことに首を突っ込まなかった試しがない」
鉢屋の言葉を、竹谷くんが続けた。
「人に慣れた賢い、しかも珍しい虎を飼わない、なんて言ったら、それこそ学園長先生がおかしくなったと思われるってことです」
全員で一度黙り込む。けれどすぐに鉢屋は頭を切り替えたようだった。
「疲れてはいるが、任務ってわけだ。ハハハ、ウデガナルナ」
私でも分かるような棒読みだ。
「孫兵は戻ったほうがいい。こっからは俺たちがなんとかするから」
竹谷くんは伊賀崎くんの背を軽く叩いた。叩かれた伊賀崎くんも状況が分かったのだろう。何も言わずに頷いてくれた。
「シロもすみません。本当なら一晩はゆっくり休んでいただきたかったんですけど」
そんなことない。そう言いたかった。本来なら私が謝るところだ。だってこんな状態の竹谷くんに無理させるなんて。
「で、どうすんだ」
「ああ、一度くのたまの敷地内に入ることになってる。それからすぐに学園長が"思いつき"をなさるから、その混乱に乗じて脱出しろって」
「……くのたま、マジか」
鉢屋がおもむろに固まった。
「正規の許可証をもらっているから問題ない。それにシナ先生が一時的に罠を外す場所を教えてくださってる。シロに怪我させるわけにはいかないからって」
聞いていると、これは相当いろいろな人に迷惑を掛けているんじゃないだろうか。
「……分かった。外に出る人数は?」
「知っている者ならいくらでも。但し、決して気がつかれるな」
鉢屋が思い立ったようにこちらの様子を伺っていた三人(不破くん、尾浜くん、久々知くん)へ向かう。そうして少し何かを話して、考え込んだ。
そちらへ混じろうとしたらしい竹谷くんを、袖に軽く噛み付いて引き止める。背中に乗って、と先ほどと同じようなジェスチャーすれば、彼は困ったように言った。
「そんな目立つこと、駄目ですよ」
でも竹谷くんは満身創痍だったはずだ。これ以上こんな風に動いていいとは思えない。平気で歩く竹谷くんの足にまとわり付いていれば、思わぬ味方が出来た。
「ああ、八左ヱ門はシロに乗ってけよ」
「はあ!?」
「え、マジで背中に乗れるの!?」
鉢屋の言葉に反応したのは竹谷くんだけではなかった。尾浜くんはこちらを交互に見た後、鉢屋と言葉を交わす。それに首を振られて一瞬むっつりとしたが、すぐに肩を竦めて諦めたようだった。
「あーあ、分かったよ。事情を知らないのが協力できるわけないもんな。先輩方を撹乱させればいいんだろ。でも帰ったら、話せるところまでは話してもらうかんな。もしくは奢れ」
「俺は豆腐定食がいい」
さらりとそれに乗った久々知くんと提案者の尾浜くんは、こちらの事情を聞かずとも協力してくれるようだった。
「八左ヱ門たちを助けてくれたってんなら、協力しないわけにはいかないからね」
「おい勘右ヱ門、大袈裟に撹乱するんじゃないぞ。あくまでさり気なく、だからな」
「はいはい」
彼らは軽く腕を合わせあって、そして散った。鉢屋も同様に、だ。すると竹谷くんは本当に少しだけ考えて、私に言った。
「シロ、背中に乗せてもらってもいいか?」
(大丈夫大丈夫)
「じゃあ僕が先導するね。八左ヱ門、場所はどこ?」
ひらりと軽やかに竹谷くんが背中に乗る。不破くんは竹谷くんに口頭で説明されただけで全て理解したようだった。表情が「うわあマジで」みたいなことになっている。
「俺も初めに言われた時はマジかって思った」
「こんな機会じゃなくっちゃ、絶対に入ることなんてないよね……」
「だからこそ、なんだろうけど……それだけ本気ってことだよなあ」
二人してしみじみしているなか、私は竹谷くんを乗せたままくるりと回った。すると不破くんがふと真剣になって、私の正面に立つ。
「僕が歩いた場所を出来るだけ付いてきて欲しいです。多少罠を解除してもらえているとはいえ、やっぱり危険なことには変わりないから」
それに間髪入れずに頷いて、走り出す。不破くんは気配も探っているらしく、速さはあまりない。でもそれはこちらにも都合が良かった。かって知ったるこの場所で本気で走られたら、付いていけないんじゃないかと思ったからだ。
竹谷くんは私の背中に出来るだけ伏せている。人の温かみが少しくすぐったい。よし、よし、危険がないように運ばないと。


...end

突然の脱出計画
20130811
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -