「シロさん!!」
それはもう嬉しそうな声に、その場にいる全員が顔をそちらへ向けた。その視線の先にいたのは、頬をほんのりと染めた伊賀崎くんが一人。
自分の耳が動くのが分かった。
「シロさん!!」
しかしその例の名前を、何故彼が知っているのだろう。それを決めたのは竹谷くんと鉢屋。竹谷くんに会ったのだろうか。
「シロさん!!」
だが三度呼ばれてしまえば、それをスルーすることなんて出来ない。手の止まった不破くんをそのままに、私は軽やかに庭へと飛び降りる。すると伊賀崎くんも駆け寄ってきた。しかも両手を広げると言うオプション付きだ。
がしっみたいな効果音でも付きそうな抱擁だったと思う。
「お久しぶりです、会いたかった……!」
頭を抱え込むような形に、むしろこちらが気後れする。けれど伊賀崎くんは放すことなんてしない。元々私が人間だってこと、本気で忘れているんじゃないだろうか。
これ鉢屋辺りはドン引きしていそうだ。
「相変わらずふかふかですね。ジュンコが会いたがっていましたよ。ついでに三之助も」
人の名前がついでになっている。伊賀崎くんも相変わらずのようだ。しかし三之助って誰。全然思い浮かばない。
こちらが首を傾げたのが分かったのだろう。伊賀崎くんは一度離れて私と目を合わせる。それから教えてくれた。
「ほら、迷子の体育委員です」
ああ、あの傍迷惑な無自覚迷子の次屋くん。一回目は体育委員会遭遇、二回目も実習遭遇の原因の一つだった。口にはしなかったもののこちらの心情は伺えたのようだ。伊賀崎くんは少し笑って、やっぱりもう一度抱きついてきた。
「竹谷八左ヱ門先輩にいるって聞いて、急いで来たんです。多分不安だろうからって」
あやめと虎が同じだと知っているのは、今のところ先生を含めて六人。この学校に何人いるか全く知らないが、それでもその人数が圧倒的少数だというのは良く分かる。
この姿が人を怖がらせると言うのもよく理解しているつもりだ。だから私は自分の事情を知っている人から離れるつもりも、予定もなかった。
「少しでも仲がいい人がいたほうが、両方安心しますから」
触れていれば、仲良くしていれば、過剰に反応するものもいなくなるだろうという竹谷くんの判断か。現に尾浜くんと久々知くんは感心したように伊賀崎くんを見ている。
「一応シロさんを知っている三之助にも声は掛けておきました。七松先輩の姿が見えないので少し心配ですけど、」
「七松先輩なら、潮江先輩に直談判しに行ったぞ」
足音も立てずに横に立った鉢屋を見て少しぎょっとする。驚かさないで欲しい。
「鉢屋先輩。気配も音もなく近づくと、引っかかれます」
その気持ちを代弁してくれた伊賀崎くん。本当に気が付く子で、私はとても嬉しい。というかまさか、伊賀崎くんは私の心が読めているわけではあるまいな。
「そう簡単には引っかかれないから安心しろ。七松先輩のことだがな、八左ヱ門からは聞いたか?」
「いえ、詳しくは。でも七松先輩がシロさんを非常に気に入っているのは知ってます」
「生物委員委員長代理を置いてきぼりにする勢いだから、学園長先生が先手を打ってくれているとは思うが……」
その鉢屋の言い方が非常に引っかかる。不安になるようなことを言わないで欲しい。それでなくとも苦手なのに。
「ま、気に入られてるってのは悪いことではないから安心しろ。特にあのぼ、七松先輩がっていうのは、この学園では大きいからなあ」
お前今暴君って言いかけただろう。でもそこには同意する。
「しかも中在家先輩が好きなようにやらせてるっていうんだから、それも凄いことだよね」
尾浜くんがこちらを見ながら言う。やはり中在家さんは、七松のストッパーの役割をしているようだ。だってほとんど人の話を聞きそうにない人が、普通に耳を傾けてたものなあ。あ、もしかして一度静かにさせるために、あんな風に小声で話しているんだろうか。
「さて、そろそろ人が集まってくる頃合だ。雷蔵はどうする?私は一応八左ヱ門が帰ってくるまで一緒にいるが、そう人数はいらないだろう」
「僕はそばにいます」
鉢屋の提案に伊賀崎くんは一拍も置かなかった。嬉しいような、なんというか。複雑である。
不破くんは鉢屋を見て、私を見て、そうして唸り始めてしまった。それを尾浜くんと久々知くんは苦笑しながら話しかけている。
「不破先輩の迷い癖が出ましたね」
「多分あれは、慣れてきたからもう少し一緒にいてみたいってのと、でも部屋が狭くなるんじゃないかって辺りで悩んでるな」
(なら不破くんが監督して、鉢屋が部屋の外にいればいいんじゃないの?)
「おい、今私に物凄く失礼なことを考えなかったか?」
(あれ、何で分かったんだろう)
「本当にお前は、私に対しての扱いがひどいよな」
そう?と首を傾げてやれば、鉢屋は諦めたようだった。君が私に対して比較的風当たりが強かったのと同じだよ。そう言いたくはあるが、今は心の中にしまっておこうと思う。
「……鉢屋先輩、シロさんが考えていることがお分かりになるんですか?」
伊賀崎くんの感心したような言葉に、鉢屋は小さく首振った。
「全く分からん。でも私と八左ヱ門への好感度の差は恐ろしく実感している」
「ああ、」
「伊賀崎も納得するなよ」
あ、不破くんの首がかくんと落ちた。隣の二人は笑って起こしてあげようとしているようだ。……え、寝てたの?
「雷蔵は迷い癖が出ると、最終的に寝るんだ」
衝撃の癖である。それって日常生活に支障が出るんじゃないだろうか。いや、割とマジで。


...end

これで竹谷が戻れば最強の布陣
20130809
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