「えええ、うわ、えええええ!?」
「本物……?本物……??」
「お前ら落ち着け」
例の友人二人に冷静な突っ込みを入れたのは、風呂から戻ってきた鉢屋だった。竹谷くんは着替えや汚れを落とすために、今は席を外している。
というか鉢屋は結局お風呂に入ったのか。後で善法寺くんに絞られても知らないよ。
さすがにこの四人という人数と虎が部屋に一緒にいることは出来ないため、今は廊下のような場所にいる。右を見れば竹谷くんの部屋。左を見れば庭。庭って言うのかな、これ。
「これを落ち着いて見ろって、結構難易度高いから!なんで三郎はそんなに寛いでんの?食われたいの??」
「………………白いのだ」
「兵助、それはたっぷり溜めて言うこと?」
この不思議な髪型の男の子は、驚きと突っ込みに忙しそうだ。隣の色白の可愛い男の子は、こちらを穴が開くんじゃないかと思うほど見つめてくる。ちょっと怖い。
「ええ、でも、えええええ……」
「衝撃的なのは分からないでもないが、食われるようなことはないってのはこの私が保障してやる。でもうっかり爪や牙に当たったら、それは保障の範囲外だ」
「……本当に保障する気、ある?」
「シロ、向こうの良く喋っているのが尾浜勘右ヱ門。こっちガン見してんのが久々知兵助。この二人はしっかり覚えておけよ」
「無視はいけないことだと思います!!」
多分尾浜くんは、聞きたいことがありすぎてどれにしようか迷っているんじゃないかな。それを鉢屋は分かった上で掻きまわしてそうだ。
友人と言っていたからには、きっとこの事態に相当ヤキモキしていただろう。友人が危険で、でもすぐには助けに行けない。考えただけで恐ろしい。
「別に無視はしてない。とりあえず下手に説明すると後が面倒だから、必要最低限だけ分かってればいいんだよ」
「えー、じゃあその必要最低限って?」
「この虎は安全」
「それ必要なの?」
「じゃあ八左ヱ門の大事な虎」
「さすが生物委員委員長代理」
「それで納得すんな」
尾浜くんと鉢屋のコントは無視して、じっと見つめてくる久々知くんに視線をやった。隣で騒がれているのに全く問題ないようだ。集中力が怖い。
それを見かねたのか、不破くんが話し掛けた。
「兵助?」
「ん、雷蔵は怪我は平気だったのか?」
視線があっさり逸らされる。それにほっとして、不破くんの答えを待った。いや、竹谷くんいないと下手に動けないし本当に暇なんだってば。
「うん。三郎が庇ってくれたし、殿を務めたのは八左ヱ門だから……」
不破くんの表情が、そこで歪んだ。
「僕、何も出来なかった。逃げる時も応戦した時も、ほとんど足手まといだったと思う」
「雷蔵、」
久々知くんが慰めようとするも、不破くんは小さく首を振るのみ。それが泣く寸前のものに思えて、とっさに立ち上がってオロオロした。だってこんな間近で男の子が泣く場面ってなかなかない。うろたえるのは大目に見て欲しい。
するとその突然の動きに驚いたのだろう。久々知くんと尾浜くんが、言葉の通りに消えた。
不破くんがちょっと呆気に取られた感じで上を見ているので、多分天井に逃げ込んだのだと思う。というか全然見えなかった。忍者凄い。
しかし私はこれ以上不破くんに近づくわけにはいくまい。彼は私を信じるのを戸惑っていたし、触れることもなかった。彼の許可なく不用意に近づけば、きっと怖がられる。
なので、同じように天井を見上げていた鉢屋に頭突きした。
「いって!なにすんだ、こら、おい」
(こっちじゃなくってあっち!向こう!不破くん!!)
先ほどの不破くんの表情を見ていない鉢屋は、私の行動の理由が分からない。突然の攻撃に頭を押さえられる。
「何なんだ突然、八左ヱ門はまだ帰ってこないぞ」
(違う!だから、向こう!不破くんの方!!)
鉢屋の手に負けずにぐいぐい不破くんへ向けさせようとしていると、不破くん本人がそっと近づいてきた。これにはこちらが驚きである。
「……もしかして、心配してくれてるの?」
ぽつりとこぼされた言葉に、私と鉢屋は恐らく同じように目を見開いた。
「こいつが雷蔵を心配?虎が?いてっ!」
(てめーいい加減にしろよ!!)
口の代わりに手が出た。勿論、猫(虎)パンチの方。少しいいところに入ったらしく、腰辺りを押さえて蹲っている。当然の報いだ。
静かになったところで不破くんと向き合う。大丈夫?怖くない?近づいても平気?
尋ねたいことは沢山あるが、私の口は声を発しない。
「触っても、いい?あ、頭の方じゃなくて、その背中とか」
いいよという返事の代わりに、そっと伏せた。鉢屋はその様子を、蹲ったまま見ている。もう特に痛くなんてないだろうに、いつまでそうしているつもりなのか。
そろそろと撫でられる背中が気持ちいい。
「まるで大きな猫だな、……地味に痛い!!」
今度は尻尾で叩いた。鉢屋の言葉は悪意にしか聞こえない。
「三郎、余計なこと言いすぎ。シロさんじゃなかったら、きっととっくに引っかかれてるよ」
「これ八左ヱ門が同じことを言っても、絶対攻撃なんてしないぞ!?」
(当然だ)
「あ、当然って顔してる」
「え、分かるのか?」
(え、分かるの?)
「二人とも、同じようなこと考えてるでしょ」
不破くんが優しく笑った。鉢屋は膝辺りを払いながら立ち上がり、私を見る。
「こいつと同じ思考回路なのは気に食わん」
偉そうに言い放つ鉢屋にほんの少し唸ってみせる。ちらりと見えた牙に不破くんの手が少し止まったが、それも本当に少しの間だった。
「三郎には僕から言っておくから、あんまり怒らないであげてください。多分だけど、三郎も照れてるんだと思う」
「な、それはない。絶対にない。これっぽちもない!!」
「素直じゃないんです」
笑顔で言い切る不破くんに、黙り込んでしまう鉢屋。どうやら力関係は不破くんの方が上のようだ。大変いいことを教えてもらえた。
七松には中在家さん。鉢屋には不破くんね。
「ほ、本当に大丈夫なわけ?」
いつの間にか戻ってきていた尾浜くんが、不破くんの肩越しから覗き込む。その後ろには普通に立ってこちらを見ている久々知くん。
「うん、大丈夫。詳しくは八左ヱ門に聞いたほうがいいと思う。聞いたらきっと、普通に触れるようになるかもね」
「ふーん、そんなもん?」
「そんなもん、かなあ」
不破くんが少しこちらに顔を寄せた。怖いだろうから、あまりそちら側に顔を向けないようにする。
「ありがとうございました。本当に。本当に、助かりました……」
小さくつむがれた言葉に、私は返事をするように喉を鳴らした。


...end

「餌付けしたら仲良くなれるのかな。三郎、虎って豆腐食べる?」
「兵助、お前それ本気で言っているのか」
「……ちょっとだけ」
20130808
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