「お久しぶりです」
突然掛けられた声にびっくりしてお団子を落とす。お団子は地面には向かわずに、持っていたお皿に着地してくれた。危ない。駄目になるところだった。視線を甘味から外し、声のしたほうを見てみればそこには。
以前助けた竹谷くんが、袴姿でそこにいた。
「お礼に来ました」
「ほんとに来たんかい」



「まだこの町にいてくれて、本当に良かったです。見つけるのも簡単だったし」
私の隣の席で、竹谷くんは大変いい笑顔でこちらを見ています。ちなみに今は茶屋にいます。しかし、どうしてこんなに嬉しそうなんだ君は。
どこかキラキラした彼に少し違和感を抱きつつ、それでも私は最後のお団子を口に放り込む。ここのお店のお団子はおいしい。この町に着てから一週間、すでにここの常連になりそうな勢いだ。
そう、一週間。すでにこの場所に着てから一週間が経っている。いまだ私は帰れないし、それどころか宿の女将さんとは馴染んできてしまっているレベルだ。
だが目の前の彼に関しては、まだ一週間という表現で正しいはずである。私は医者ではないが、竹谷くんが負っていた怪我がそう簡単に治るはずのものでないこと位は分かった。しかしそんな怪我を負っていたはずの竹谷くんは、今、私の横でにこにこしている。お前はサイボーグか。
「怪我は治ったの?というかあれは一週間かそこらで治るものなの?君は不死身のターミネーターなの?というかまさか本当にお礼に来るとは思わなかった」
おっと、ターミネーターは不死身ではなかったか。
「怪我は、厳密に言えば治ってないです。一週間あれば走れるくらいにはなりますよ」
私の時代錯誤な単語は見事にスルーして、竹谷くんは律儀に答えてくれた。さらりと言うが、あの怪我がこの短期間で走れるくらいになるとかおかしい。いやでも、あの怪我でも走っていた気がするから、もう竹谷くんは身体的な部分では私の理解を超えるところにいるのだろう。
そう結論付けて、ため息をついた。
「そこは完治するまで大人しくしていようよ」
「ずっと寝ていると身体が訛りますし、何より桐野さんがこの町にいるうちに来たかったんです」
「……それはまあ、なんと言うか真面目だね」
「傷を見てくれたせん、人が、初期の応急処置が良かったんだろうと言っていました。随分動いたはずなのに傷がそこまで開いてないって、首を傾げてましたよ」
だから改めて御礼を、と。そう続ける竹谷くんは、怪我していた箇所をそろりと撫でていた。その手の下には、まだ傷が残っているのだろう。苦手でも効果が薄くても、癒しの呪文を掛けておいて良かった。
「でもそんな急がなくて良かったのに。私はきっと、当分ここにいることになるだろうから」
急いで来てくれた竹谷くんには悪いが、ここ一週間で出た答えがこれだった。
この町に来て数日、違和感は色々なところにあった。横文字が普通に使われていたり、時代的にあってはならないものが転がっていたり。何よりこの町の周辺の城の名前が明らかにおかしいのだ。勿論私は城に詳しいわけではないが、それでも変だと感じるくらいに有り得ない名前ばかりなのである。
そこでそれを踏まえて出てきた結論が、ここは時間を遡った過去ではなく、次元が違う異世界ではないのかということ。
時間が関係ないとすれば気持ちの面では多少気が楽だが、助けを待つ身とすればこれほど絶望的なことはない。これは私がどうにかして帰る方法を見つけて、自分自身で帰るというフラグにならない。異世界とかなんだ。学校でも習ったことないぞ。
「当分、ですか」
「そう。なんかね、思ってたより事態は深刻みたいで……自分で帰るとか異世界とか、ほんと、これ、どうしたらいいんだろう」
思わず頭を抱えたくなる。しかし、こうやって訳の分からないことを話しているのに、竹谷くんは特に何も言わずに聞いてくれる。普通なら、いや、私でもドン引きするレベルのことを話してるつもりだ。だって異世界とか、理解の範疇を限界突破している。魔法を使う私だってこの状態なのだ。魔法のまの字も知らない竹谷くんなら、逃げ出して二度と関わりを持たなくても仕方ないと思う。
「……竹谷くんって、神様のような人だね」
「えっ」
「だって私のこんな理解不明な話を、何も言わず聞いてくれるじゃない」
「いや、あれだけのことを目の前で起こされたら、そういうのもあるんじゃないかと」
「?」
「浮いて移動」
そう言った竹谷くんの目は据わっていた。どうやら空飛ぶマットの出来事は、彼の考え方を一転させるものだったらしい。確かにこの世界には飛行機も、気球も、ロケットもない。人が空を飛ぶ、ということ自体有り得ない時代だ。
「正直怖かったですけど、あんな状況でもなければ、もう少し楽しめたんじゃないかと思います」
私も箒で初めて空を飛んだときの感動は、相当なものだった。
私の両親はマグルで、学校に入学するまでは魔法には一切関わりがなかった。だからこそ、人間が箒ひとつで宙に浮けるとは思わない。キキのように飛びたいと考えたことはあっても、出来ないことは理解していた。
だからこそ、あの授業は今でも頭に刻まれている。箒の機嫌が悪くて、空を三十分ほど強制散歩させられたことは。くっそ、思い出したら腹立ってきた。卒業する前に事故と称して燃やしてやればよかったか。焚き木にして芋を焼けば、さぞおいしい焼き芋が出来ることだろう。
「なら、今度機会があったらまた乗せてあげる。減るもんじゃないし、出来る経験はしておくべきだと思うから」
「!」
竹谷くんの表情が見て分かるくらいに輝いた。こう喜んでもらえるなんて、嬉しいことこの上ない。
「あ、で、その、桐野さんは、今どこで宿をとっているんですか?というか、お金は……」
「うん、色々作って売ったりして。髪飾りって結構お金になるよね」
にやりと笑う。トランクの中には、様々なものが入っている。普通の長期休暇なら、絶対に持って帰らないものも。卒業するからこそ、部屋にあった私物を全部詰め込んであったのだ。ある意味では、その状況に感謝するしかない。
「かみかざり……」
「そう。私の居たところでは、パワーストーンとか流行ってて。そーいうのを少し使ってみました」
大げさには使わない。それがどれくらいの価値があるのか分からなかったからだ。余りにやり過ぎて、物取りなんかに狙われるのはお断りである。
「そうだ。竹谷くんって、物の値段って分かる?」
「い、一応は」
「ならこれって、ここではどれくらいの価値がありそう?」
事情と、私の力を知っている竹谷くんになら聞いても良いだろう。というか、聞けるのが彼しかいない。
懐から昨日製作したものを取り出し手渡す。すると竹谷くんはぎょっとした。
「え、ちょ、なんですかこれ」
「ちょっと気合を入れすぎたやつ」
所謂、現代風である。デコる、まではいかないものの、石やビーズでの飾りつけはこちらでは珍しいものだろう。
「ここまでくると、ちょっと分からないです。せ、知り合いになら、こういうの詳しい人がいるんですけど」
「おお、ならそれ預けるから聞いてきてよ」
「はいぃ!?」
竹谷くんがぎょっとした。本日二回目だ。
「な、何言ってるんですか。こんな高価なもの預けるなんて!預けるなんて!!」
「ちょっと気合を入れたって言ったでしょ。それくらいならすぐ作れる。それに私には、それがどれ位の値段で売れるかの方が大事です」
竹谷くんが脱力した。疲れている。
「はあ、分かりました。聞いてみます。桐野さん、色々気をつけてくださいね」
竹谷くんは引きそうにない私の態度に諦めたのか、それをそっと、大事そうに紙に包んで懐に入れた。壊れても直せるのにとは思うが、大事にされて悪い気はしないので黙っておこう。


...end

忍術学園で考えて考えて、やっぱりあやめが悪い人には見えなかったのでお礼を言いに来た竹谷。悪い人どころか物の価値の常識が吹っ飛んでいて、ガチで心配し始めている。
20120424
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -