「ほら、次は三郎だよ」
竹谷くんが治療を終え、次は三郎らしい。確かに頭を怪我したとかなんとか言っていた気がする。
「先に雷蔵がしてもらえって。私は最後で大丈夫だ」
「怪我は三郎の方が酷かったんだから、」
「血も止まっているし問題ないさ」
「でも、」
不毛な譲り合いにどうしようかと不破くんが悩み始めた瞬間、医務室の善法寺くんが優しく微笑みながらひとこと。
「鉢屋、さっさとここにくる」
まさに鶴の一声とはこのことをさすのだと、その声を聞いた一同の心は一つになった。と思う。
随分素直になった鉢屋を心の中で笑いながら、治療が終わったと言われた竹谷くんがこちらへ来る。伏せていた身体を起こして、大丈夫?とジェスチャーして見せた。
「……大丈夫です。三郎に嫌がらせされませんでしたか?」
包帯をつけた腕が、優しく首の辺りを撫でていく。それにこちらから擦り寄れば、竹谷くんの表情がようやく緩んだ。
竹谷くんが優しく思いっきり構ってくれるので、こちらは人間であることを忘れないようにするので大変だ。人に飛び掛らないよう自制をかける。
「もうすっかり虎使いだね」
善法寺くんが手際よく包帯を巻きながらそう言って、少し大袈裟にため息をついた。
「もうそのせいか、小平太が物凄く張り切っているよ。文次郎に直談判だー!!なんて走り出すんだもの」
勝負事に発展して怪我しなけりゃいいけど、と憂う善法寺くんは随分大人びて見える。そして七松は先走りすぎていると思う。まさかこんな大きなものを飼えるなんて、本気で考えているのだろうか。
「中在家先輩はそれをお止めにならなかったんですか?」
不破くんは七松のストッパーでもある中在家について尋ねている。確かに彼ならば暴走は止めてくれそうである。何もしなかったとは考えにくい。
「それがどうも、長次は反対ではないみたいなんだよ。だから余計に小平太が乗り気で。……シロは長次と仲良かったもんね」
「……ああ、確かに」
こちらへ向けられた複数の視線は、なんとも言えないものだった。これはあれかな。七松の暴走の原因は、私にもあるということだろうか。重要なストッパーを無効化するイベントを回収してしまった、みたいな。
「正直、長次や小平太が何の躊躇いもなく近づくのにはぎょっとした。一瞬噛まれるんじゃないかと構えたよ……ところで鉢屋、ヘアピースが治療の邪魔なんだけど」
「すみません、できる範囲でいいんで」
「これ以上酷い怪我してきたら、その時は無理にでも引き剥がすからね。他にもそのシロに触ったことのある生徒はどれくらいいるの?」
さらりと鉢屋を脅した善法寺くんはそう続けた。
「小平太が言うには体育委員は知っているみたいじゃないか。でもさすがに、全員が全員触れられるって訳ではないだろう?」
「そうですね。生物委員では伊賀崎が仲良いです。体育委員の他は……触れるのは限られているんじゃないでしょうか」
大きいですから。問いに答えた竹谷くんは、私に伏せるように促した。こちらはそれを素直に聞き入れる。
「興味本位で見に来るのも多いだろうし、気をつけてやるんだよ。大人しいからってちょっかいを出されるのは、虎だって嫌だろうから」
善法寺くんの言葉は、どちらかといえば虎自身を心配するような意味を持っていた。それに少し驚いて彼を見れば、にっこりと微笑み返される。
「長次と小平太から、人の言葉を理解するって聞いてるからね。こちらに敵意がないことを、今のうちに理解してもらわなきゃ。……よし、鉢屋は終わり。最後は不破だね……痛む箇所は?」
「えっと、腕と……」
治療の終わった鉢屋が、先ほどと同じように伏せる私の背中を背凭れ代わりにする。それどころか思いっきり寄りかかって、恐らく立ったままの竹谷くんを見上げた。
「ま、あれだけ先輩方が気に入っているんだ。そう悪戯するやつは居ないにしても、一匹にはしない方がいいだろう」
「そうだな。俺は三郎が一番心配だけどな」
「……私は何もしないぞ」
「……」
「何だその疑いの眼は」
(あれだけ人のこと蹴ったり引っ張っておいてよく言うわー)
「虎までそんな眼で私を見るのか!らい」
「僕も三郎が一番心配かな」
助けを呼ばれる前に言い切った不破くんは笑顔だ。聞いていた善法寺くんは肩を震わせている。
「もしかして、竹谷と仲がいい人には結構好意的なの?」
「善法寺先輩はこれが好意的に見えるんですか!?」
「見える見える。存外楽しそうじゃないか」
鉢屋はそれきり黙ってしまった。どんな表情をしているかは分からないが、善法寺くんと不破くんが苦笑しているところを見ると、いじけているんじゃないだろうか。
竹谷くんも鉢屋と同じように私の身体を背凭れにして座り込む。人間サンドだ。知っている人に左右を固められて、少し安心する。上げていた頭を下げて、眼を閉じた。
竹谷くんが呼吸しているのが伝わってくる。本当に、助けられて良かった。万が一これが原因で魔法についてトラブルがあったとしても、後悔はしないでいられる。自信はある。
そう考えると、知らせに来てくれた鉢屋にも一応感謝するべきなんだろう。彼がいなければ、私は竹谷くんのピンチも知ることなく過ごしていただろうから。……まあ、気が向いたらってことで。


...end

ほのぼの
20130802
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