私は人の気配を詳しく感じ取ることは出来ない。虎の姿なら多少は分かるが、やはりそれは信憑性にかけるし、慣れていないから集中していないと絶対に無理だ。けれど今、周りが少しざわざわしているのは分かる。
「まあ、当然の反応だよな」
鉢屋が何でもないというように言って、私の隣を歩く竹谷くんを見た。
「一応首輪もどきで攻撃はされないだろうが……不用意な行動はとるんじゃないぞ」
「シロが取るわけないだろう。三郎じゃないんだから」
「……八左ヱ門、お前なんか怒ってないか?」
「怒ってない」
「いや、少なくとも不機嫌ではあるぞ」
「不機嫌でもない!」
何故か軽い言い合いに発展してしまった二人に、口を出すことが出来ない私は不破くんに助けを求めた。後ろからの頭突きも軽い猫(虎)パンチでも危ないから、少し離れて並んで彼らに視線を送る。
「ああ、放っておいてかまわないですよ。掴み合ってるわけでもないですし」
ちらりと見て、それから肩を竦めた。
「生きていてこそ出来るぶつかり合いです。大事になってきたら、僕が止めますから安心してください」
でも正直、竹谷くんの隣が一番安心できるんだけどな。とは言えない。声が出ないから。
「……あの、もう少し近づいても大丈夫ですよ」
恐る恐るといった風に投げかけられた言葉は、意外なものだった。
「その、一番初めのときはすみませんでした。八左ヱ門を助けるっていうのに怖がったりして」
不破くんの反応はごく普通である。いきなり順応した鉢屋がおかしいのだ。
「勿論まだ少し怖いですけど、でも、隣を歩くくらいなら僕にも出来ると思うんです」
ちらりと周りに向けられた視線に、意図が察知できない私は首を傾げるしかない。鋭くなくて本当に申し訳ない!!
「僕でも隣を歩いていれば、少なくとも、人に慣れているんじゃないかっていうのは伝わるでしょう?」
獣に対して緊張が残っているにしても、花が綻ぶように笑うとはこういうことを言うのだと納得してしまいそうになった。ちょっと待って不破くんは男の子だぞ。
うっかり立ちかけたフラグを叩き折り、心を落ち着けてから少しずつ寄ってみる。私はちょっとでも前を行ったほうが不破くんは安心するだろう。後ろに獣がいたらいつ襲われるか気が気でないだろうが、前なら振り向くにも猶予がある。少し手を伸ばせば触れる位置を歩く。
しかし今日はあまり生徒を見かけない。姿が見えないのだ。一年生に鉢合わせたら泣かれる自信があるから好都合だが、一体どうしてだろう。時間的にもこちらの人は行動を起こしているはずなのだが。あ、授業中とか?
「シロさん、過ぎてますよ」
考え事をしていたからか、医務室の入り口をばっちりスルーしてしまった。いつの間にか言い合いを終えていた鉢屋がこちらに聞こえるように笑う。
「ぷっ」
(!!)
反論も反撃も出来ないのに、恐らく分かってやっているであろうところが余計にイラっとくる。代わりに竹谷くんが口を開いてくれるが、そこは無視してもらおう。
「三郎、って、おわっ」
鼻先でぐいぐいと医務室へ押し込んで、不破くんが入っていくのを見送る。そうして私は、鉢屋が入ろうとする前に入り口へ鎮座した。通せんぼである。子どもっぽいのは知っているが、どうせ彼ら以外は虎があやめと繋がらないのだ。
「……お前ってやつは」
鉢屋は私の意図が理解できたようで、苦虫を噛み潰したような表情をしている。
「雷蔵とは随分打ち解けたように見えるのに、私は拒否か」
(当然の反応だと思います)
「私だって一応治療をしなけりゃならない怪我人なんだぞ」
(竹谷くんが先です)
「本当に八左ヱ門が好きだな……」
「……あの三郎?シロが話してるわけじゃないよね?何にも聞こえてないよね??」
不破くんが私と鉢屋を交互に見る。微妙に会話は繋がっているようだが、それでも話は出来ないのだから偶然だろう。
「こいつの考えていることなんておおよそ分かるさ。八左ヱ門に関してなら特に」
医務室の入り口に伏せたまま、尻尾を振り回して鉢屋の相手をする。彼も室内へ入れないのを特に気にしていないようで、あろうことか伏せている私の背中に寄りかかった。
「確かに怪我は八左ヱ門のほうが酷いからな。それまで私の背凭れに立候補するなんて、なんて人間に従順な獣だっいて!あだっ」
そんなことを言われて大人しくしている私ではない。頭を振ったり身体を少し起こしたりすれば、寄りかかっていた鉢屋は色々ぶつけたようだった。
「三郎、それは自業自得ってもんだよ」
様子を見ていた不破くんがそう笑っている。開けっ放しの医務室を覗けば、治療されている竹谷くんと目が合った。虎が学校内に入っているのをしっていたらしい善法寺くんは、こちらなど気にせずに薬を選んでいる。
竹谷くんの表情はほんの少し硬かった。怪我が痛むのだろうか。それとも「私」がここにいることが不安なのだろうか。その両方かもしれない。何故か執拗に構ってくる鉢屋に最終的に猫(虎)パンチを食らわせながら、そんなことを考えた。


...end

「雷蔵、こいつ今攻撃してきた!」
「……僕だったら爪で引っかいてるかもしれないなあ」
「えっ」
20130801
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