虎の姿のまま学園から放されても、もしかしたら付いていく者がいるかもしれない。それは人の気配を詳しく感じられない私には、なかなか怖いことだ。けれど明日になれば竹谷くんも、そういうものを回避するのも含めて、送るくらいのことは出来るという。ここで一晩虎のまま過ごすのは不安だが、これから協力してもらう彼らの提案は受け入れた方が無難。
「では、よろしくお願いします」
しっかりとお辞儀して、動物もどきになろうと立ち上がる。そして自分で持った靴に気がついた。
「あ、布」
そうだ、燃やしてしまったんだった。
「後先考えずに燃やすからだろう」
「でも頷いた鉢屋も同じじゃない」
すかさず突っ込んできた鉢屋には反論して、呪文を唱えて布の燃えカスを集める。ここまでしっかり燃えてしまっては全ては直らないだろうが、残った灰の分くらいの復元は出来るはずだ。
指を向けて順番を考えながら呪文をつむぐ。しゅるしゅるとうねりながら空中で復元されていく布は大分不気味だが、これで多少は床も汚れずに済むだろう。
呆気に取られている鉢屋を放って、その布を広げる。やはりちょっと小さいか。
「なんかはみ出しそう……」
「泥は俺がどうにかします。それよりそろそろ人が来そうです」
今の私には聞こえないが、竹谷くんたちには分かる。その言葉に動物もどきになり、完全に虎になったところで学園長が近づいてきた。
「これは身体全体がそう変わっているのか」
質問に答えられない私に代わって竹谷くんが答える。
「はい。人であるという記憶を持ったまま動物そのものに変化するのが、動物もどきという魔法だそうです」
「……わしも撫でられるかの」
学園長の言葉に、シナ先生が小さく吹き出した。
「確かに、触ってみたくなる毛皮ですものね」
まあ虎なんて触る機会もないから、こういう状況は貴重なのだろう。でも元が人間と知っても、捕食者への恐怖というのは本能で持っているはずだ。とくにこちらは爪も牙も持っているし。
そろそろと触れてくる二人にごろごろしていると、遠くから騒がしい音が近づいてきた。それはこの部屋にいる誰もが承知しているようで、リアクションはない。ならばこれはこちらも過剰に反応しないほうがいいのだろう。
「入門表にサインおねがいし」
すぱーんと開けられた襖の外にいたのは、必死の形相の……名前忘れた。
「ま!!!きゃー!!!!!」
ボードを差し出してきたと思ったら、突然悲鳴を上げて後ずさる。襖を開けたら突然の虎。驚いて悲鳴は致し方ない。
「小松田くん、襖が壊れるじゃろう」
「うえ、え、あ、が、学園長先生が食べられ」
「食べてませんよ!!」
小松田くん。そうだ、そんな名前だった。
悲鳴を上げて慌てる小松田くんに、竹谷くんが少し食い気味に否定する。
「え、あ、そ、そう?じゃあ入門表にサインしてもらってもいい?」
そして虎のことよりサインの方が大事なようだ。とっさに抱えたらしいボードを、こちらを伺いつつ竹谷くんに差し出す。彼はサインすると鉢屋に渡し、それから不破くんへ繋がれる。
そうして小松田くんに返されるとばかり思っていた入門表のボードは、何故か私へ差し出された。
(???)
不破くんに向かって首を傾げると、彼も困ったように微笑む。鉢屋と同じ顔なのに、その表情は雲泥の差だ。
「小松田さんは、シロさんにもしてもらいたいと思いますよ」
(え、)
「が、学園内に入ったなら、サインお願いしま〜す」
(どうやってだ!!)
全力で突っ込みたいが、声なんか出るはずがない。
「そのまま足跡を付けてしまえば十分でしょう。ね、小松田くん」
困った私を見かねて助け舟を出してくれたのはシナ先生だった。どうやらそれに小松田くんも頷いたようで、こちらは躊躇いなく汚れたままの足を入門表へ押し付けた。
すかさずそれをずれないように押さえてくれたのは不破くんで、私は少しだけびっくりする。ずっと一定の距離を保つようにしていたから、怖がっているのかと思っていた。
「えっと、八左ヱ門を助けてくれて、本当にありがとう。三郎に無茶振りされなかった?」
あ、この子可愛い。
「雷蔵、どうしてそれを気に掛けるんだ」
私も不破くんも鉢屋の言葉はスルーして、入門表に足跡がついたか確認する。大丈夫。ばっちりついた。多少不破くんの名前に被っているが見られる見られる。
「はい、小松田さん」
「う、うん。……噛まないの?」
返却された入門表をしっかり持ちながら、小松田くんはとても不思議そうに尋ねてくる。これからこの反応を色んな人からもらうわけだ。うーん、先が長い。
「噛みませんよ。七松先輩からお聞きにならなかったんですか?」
「うん、言ってはいたけど、本当にいるなんて信じられなくって……噛まないの?」
もう一度同じ質問に、信じられないという心情がありありと見えてしまう。
「ふむ、ならば既に学園内に広まっておろう。泊まる場所は追々考えるとして、おぬし等はそろそろ怪我の治療へ向かわんと、……保健委員が焦れているじゃろうからな」
「はい」
生徒である三人がそれぞれ返事をして、私はようやく、彼らが怪我をしたままだと思い出す。自分のことに精一杯になって、そちらを全く気に出来なかった。
「虎殿も一緒に行くと良い。その方がお互い安心じゃろう。善法寺伊作は?」
「知ってはますが、……騒ぎになりませんか」
「忍とはいつ何時も冷静でなくてはいかん。いつ何時でも、な」
にやにやする学園長に、その場にいた私たちの心は恐らく一致したと思う。
あ、やな笑顔。


...end

天井裏の(人払いしているのに突っ走った小松田くんを追いかけてきた)先生は、冷静でいられなくなっている
「と、虎?え、虎!?」二度見。みたいな
20130731
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -