「生徒が大変世話になった。この通り感謝を申し上げる」
頭を下げた学園長に焦ったのは私だった。この話の流れでこれっておかしくないだろうか。こちらは魔法使いとか世界とか、おおよそわけ分からないことを語っていただけだというのに。
「あ、いや、頭を上げてください」
「そういうわけにもいかんじゃろう。少なくとも今回は、わしの見える範囲で生徒を助けてもらっておる」
でも、こんな得体の知れない力に。
「しかも不破雷蔵から話を聞くに、突然押しかけていったと」
どうしようかとおろおろしていると、ローブの端が引っ張られた。竹谷くんだ。座って大丈夫、とでも言うように、自分の隣を叩く。それに素直に従って正座すると、竹谷くんはほっと息をついた。
「……わ、私にとって竹谷八左ヱ門くんは、こちらで一番初めに出会った人ですし、色々こちらのことを教えてもらいました。竹谷くんは私を恩人だといいますが、それは私も同様です。多分教えてもらえていなかったら、私はこうやって生活できていなかった」
どの町へ行っていいかも、継続的にお金を手に入れる方法も。
「だから、」
だからこそ、この場所から離れ難いのだ。こうやって人に魔法使いであるとばらしてしまうことになっても、竹谷くんたちがいる生活を選べる可能性を探している。
「……お互い様、ということですかな」
学園長の言葉に頷けば、彼もまた少し肩の力を抜いたようだった。
「しかし生徒の命の重さに勝るものはあるまい。こちらも出来る限り、あなたの今後に協力いたしましょう」
「きょうりょく?」
「ええ、シナ先生」
その瞬間、桃色の忍者服を着たおばあちゃんが消えた。ぎょっとして身体を引き気味にさせるが、正座をしているせいか引ききれずに竹谷くんにフォローされる。
「ふふっ、ごめんなさいね。あの姿のほうがあやめさんに警戒されないと思って」
代わりにそこにいたのは、背の高いモデルのようなプロポーションを持つ女性だった。口が開きっぱなしになってしまう。
「え、え?」
大変行儀の悪いことだが、女性に指を向けたまま竹谷くんにヘルプ。
「さっきのおばあちゃん先生と同一人物です」
「…………」
何も言えなくなっていれば、後ろから鉢屋が口を出してきた。
「言っておくが、あやめサンのあの変化の方がはるかに訳が分からないんだからな」
「でもあれは魔法だもの」
「だからその魔法ってのが理解できないんであって」
鉢屋との言い合いをくすくす笑われて固まる。色っぽい唇が言葉をつむぐ。
「こちらは衣食住、それに情報も提供できます。勿論、あの住み慣れた町で暮らしたいというならそれもいいでしょう」
「あっ、その、情報が欲しいんです。人が消えたり、そいういう類の。魔法とは違うものかもしれませんが、それが私たちにとっての魔力による起こる事象かもしれないので」
でもこの学校で暮らすつもりはない。私は一応生活できているし、問題も起こっていないのだ。女将さんたちともうまくやれている。そこをわざわざ離れる必要はなかった。
「魔法はおおっぴらに見せるものではないんです。でも私には生活の一部でもあるから、ここで使わないでいられる自信がない」
「うむ、確かに混乱は生じるでしょう」
学園長も頷いて、軽く膝を叩いた。
「さて、人払いはしてあるが、そう持ちはせん。桐野殿」
呼ばれて背筋が伸びる。
「この界隈であった不可思議なことは、出来る限り報告させてもらおう。その報告には事情を知る竹谷八左ヱ門たちを使うがよろしいか」
「たち……」
「……私を見るな、私を」
うっかり鉢屋の方を向けば嫌な顔をされた。私だって嫌だよ。けれど竹谷くんにだけ負担を掛けるわけにもいくまい。
「はい。こちらも何かあれば、出来る限り協力します。魔法が使えるといっても、私はどちらかというと落ちこぼれの部類なので出来ることは少ないですが」
「……心強いですな。そういった場合は是非」
頭を下げた学園長に慌ててこちらも頭を下げる。
「で、これからどうするつもりですかな」
一応受け入れてはもらえた。あっさりしすぎて逆に不安だが、これ以上はどうしようもない。
「ああ、それなんですけど」
鉢屋が手を上げて見せた。
「なんじゃ」
「あやめサンには純粋に虎のまま学園を出てもらおうと思っています。まあ本人もそのつもりでしょうが」
その言葉に頷けば、でも、と続けられる。
「それには問題が発生しまして」
「え、」
「七松先輩と中在家先輩が虎を気に入っているんです。特に七松先輩が」
力強く繰り返された七松という言葉に、その部屋にいる全員が想像したのか「ああ……」と遠い目をしている。私も同様だ。あの気に入られ方はおかしい。別に懐いてないのに!
「学園に入った時点で飼う気満々ですよ。もしかしたら既に、会計委員会委員長に交渉し始めているかもしれません」
一拍溜められた言葉に、私は頭を抱えたくなってしまう。
「虎の飼育費的なもの」
「それはどう考えてもおかしいでしょう」
虎を飼おうとするなんてどうかしている。確かにそんな発言は多々見受けられたが、誰も本気にしないと思っていた。けれど鉢屋がこんなところで言うということは、それが実現しそうな事柄であると、そういうことだ。
「おかしくない。あんた聞いたとこじゃ、虎のまま迷子も届けたそうじゃないか」
「だって意思の疎通は出来ないし、次屋くんは人気のないほう選んでいくし、ジュンコちゃんがいるでどうしようもなかったんだもの。そもそもあの迷子っぷりは奇跡の域だと思うんだけど」
「その奇跡の迷子をどういう方法かは知らんが届けた。その時点で野生の虎からは十分かけ離れてる。その辺りもう少し虎らしく振舞えばよかったんじゃないか」
「虎らしくって、そりゃあ元は人間ですから?当然困っている人がいたら助けるし、蹴られたりしてもしっかり覚えています」
「あんた随分根に持つな、」
「ごほん!」
咳払いにはっとする。姿勢を正せば、学園長が困ったように言った。
「随分様々な面で世話になっているようじゃのう」
「あー、いえ、それは偶然で、私も暇だったものですから」
シナ先生、と呼ばれていた女の先生がくすりと笑う。
「七松くんには先生から言っておきます。学園長の決定だと言えば、多少は渋るかもしれませんが諦めるでしょう」
「よろしくお願いします」
「でも帰るのは明日の朝がいいと思うわ」
「え、」
どうやら決定事項のようだ。


...end

鉢屋とテンポのいい言い合い
20130728
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