学園には一応、こちらの体力が尽きる前に到着してくれた。でもちょっと、いや、相当きつかった。これで塀を登るとかどんな苦行だろうか。
「……大丈夫ですか?俺は降りますよ?」
ぜーぜーしているのがばれたのか初めからそのつもりだったのか、竹谷くんはその言葉と共に背中から降りてしまった。怪我をしていてもこの程度の塀へ飛び乗るのは簡単らしい。
しかしこの程度といっても、私には十分な高さに思える。
中在家さんと七松は、何の戸惑いもなく塀へと上がる。その飛び移り方が軽すぎて、人間なのか疑わしくなるレベルだ。竹谷くんが木々を飛び移っていたのを目の当たりにした時点で、そういうことを考えるのはやめていたはずなのだが。改めて考えると、身体能力に雲泥の差が有りすぎて、自分自身に情けなくなるというかなんというか。
しかしこの塀を越えるのは決定事項らしいので、一応挑戦はしてみることにする。元は普通の人間だし、失敗しても竹谷くんに笑われなければいい。
その場で少しぐるぐる回って、息を整える。そうして自分のタイミングで走りだした。助走は少しはつけたほうがいい。でもそこまで勢いをつけると上方向へ行かなくなるんだったかな?
正面からは怖いので、側面から入るようにする。足に力を入れて飛び上がった。

結論から言えば、かなり不恰好ではあったが成功はした。虎自体が大きめだったというのと、動物の身体能力は結構頼りになるようだ。ただ何というか、塀に思いっきり崩れた箇所が出来てしまったのは本当に悪いと思っている。恐らく重さと勢いに耐えられなかったのだろう。飛び降りる際に後ろ足で蹴ったのが止めだったのは間違いない。
「あっはっはっ、大丈夫だ気にするな。あの程度なら留三郎が簡単に直してくれるぞ!」
七松は笑っているが、中在家さんは軽く背を叩いてくれる。慰めてくれているのだろうか。
最後に竹谷くんが塀を飛び越えて、学校内へと着地した。きょろきょろと何かを探しているようだが、どうしたのだろう。
「小松田さんが現れませんね」
「そうだな。多分もしかしたら、別のことで手が放せないのかもしれん。例えば他の侵入者とか」
何でもないように七松は答えるが、侵入者なんて既に言葉自体が穏やかではない。けれど他の二人が頷いているということは、それ自体は日常茶飯事なのかもしれなかった。
「竹谷。応急処置は伊作にしてもらっているとはいえ、そのままはつらいだろう」
「あ、いえ、このまま報告に行きます。シロのこともありますし、もしかしたら先に帰ってるはずの三郎が……っと、」
軽く頭を竹谷くんにぶつける。治療を先にしてもらった方がいい。そういう意味を込めて。けれど竹谷くんは少し微笑んで、首を横に振った。そうしてしゃがんで視線を合わせる。
「これは俺のわがままです。正直シロを放って治療なんかしたら、気が気でないというか……全部終わったら、それから医務室へ行きますから」
優しく首の辺りを撫でられて、自然と喉が鳴る。ぐるぐるしていると七松が唐突に歩き出した。
「早く学園長のところへ行こう。シロのことも、話が済んでからになるだろ?」
はっとして七松について歩こうとする竹谷くんを慌てて引きとめる。背中に乗らないのかとまとわりついてみせれば、近くで見ていた中在家さんが小さく笑った。
「本当に竹谷が好きなんだな」
「えっ」
その言葉に驚いたのは私ではなかった。こちらとしてはそれに大きく頷きたいところだが、竹谷くんは動揺したようだ。なでる手も止まって、目を丸くして中在家さんを見ている。
「……どうした?」
「あ、いえ、ま、まあ、シロとはそこそこの付き合いになりますし」
「……?」
「おーい、人が来ないうちに行くんじゃなかったのかー?」
七松の声かけで私たちも歩き始め、竹谷くんは結局私の背には乗らなかった。


少し歩けば学園長がいる庵に到着する。その襖の前に仁王立ちしているのは、恐らく鉢屋だろう。
「お、どうした鉢屋」
「ああ、先輩方、報告は我々のを先に行うそうです。先輩方はそちらが終わってから、ということになりましたので」
読めない表情でそう言う彼に、こちらは少しひやりとする。こんなにあからさまに人払いなんてしたら、不審に思われたりしないのだろうか。
だが七松、中在家さんはそうかのひとことで踵を返した。後から教えてもらったのだが、これは任務も伴う話だったからこれで済んだらしい。任務の内容は同じ学校の生徒でも話してはいけないそうだ。
「……三郎、」
「八左ヱ門、怪我のほうは?」
「問題ない。早く終わらせれば済む話だ」
「ああ。もう学園長にはおおよそ説明してある。信じがたい話だから、この証拠がないことにはこれ以上進まないが」
この証拠、のところで鉢屋は私を見た。
「あんたも話すのに覚悟を決めてくれよ。私のことは別に信用しなくていいが、八左ヱ門のことは信じてやってくれ」
「雷蔵は?」
「中にいる」
「先生は、学園長先生一人ってわけじゃないだろう?」
竹谷くんの問いに鉢屋の答えが一瞬止まる。
「……まあ一人ではないが、秘密は守る方だ。それくらいはかまわないよな?」
聞いていないことだが、事情をおおよそ話しているならば、それも仕方のないことだろう。学園長先生はこの学校でのトップだ。ならば危険かもしれないものに、何の護衛もつかせず会うなんて有り得ない。
軽く頷けば、鉢屋は襖を開け放った。


...end

虎姿でのご対面
20130721
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