「な、七松先輩、あの、何をそんなに食い入るように見ているんですか」
竹谷くんの固い言葉は同時に私の言葉でもある。話すことが出来ないのに、ものの見事にこちらの心情を汲み取ってくれている。さすが竹谷くん!
「だってさー虎がそんな風に人を乗せるなんて思わないだろ?私も背中に乗ってみたい!」
「小平太、無茶を言うな……」
「長次もそう思わないか?あの白い毛皮の虎に乗るんだぞ?」
「…………今は帰還が最優先」
「そうだけどさー」
(あ、乗りたいの否定はしないんだ)
恐らくこの場にいる七松以外が思ったことだ。
中在家さんの言葉通り、私は彼らの帰還に同行することになった。鉢屋が本当に上手く言ったらしい。しかしに七松の強い押しがあったのもかなりの強みだろう。彼は一番初めに会った時から虎を連れて帰りたがっていた。こうなるのも当然と言えば当然だ。
そんなことで、私は先ほどと同じく竹谷くんを乗せて移動している。乗っている人に負担が掛からないように気を使いながらの為に速度はほとんど出ていないが、その辺りは問題ない。
既に鉢屋と不破くん、善法寺くんが先を走り、学校に無事だということを報告しに行くようだ。土井先生はひとことふたこと中在家くんに告げて離脱している。本当に追っ手がないかどうか確かめているらしい。竹谷くんがこっそり教えてくれた。
「でもきっと、学園に帰ったらそれどころじゃなくなるだろ?シロを知ってるのは体育委員と伊賀崎だけなんだもんなあ」
「先に走った伊作たちが上手く言っているだろう。安心しろ」
こちらを向いた中在家さんは優しげに微笑んだ。走りながらこちらに気を配って頂けるのは大変嬉しいのですが、正直障害物にぶつかりやしないかと心配なので前を向いてください、前を!
しかし結構走っているのに、まだ学校に着かないのだろうか。倒れた木の幹を軽く飛び越えてそんなことを考える。そろそろ体力的にも辛くなってきているのだが。これ限界まで走ったら、学園長さんとまともに対峙出来なくなる気がする。
「しかしいくらなんでも正面から入れるわけにはいかないよな。朝も早いし人も少ないだろうが、全くいないというわけにもいかないだろうから」
走っているというより跳んでいるといった方が正しいような移動をしている七松は、次の瞬間私の真横で並走をはじめた。
「シロ、お前はどれくらい高く跳べるんだ?」
私と竹谷くんは七松の質問の意図が分かるはずもなく。いや、竹谷くんは理解して敢えて沈黙しているのかもしれないが。
「塀を越えさせるのか?」
「ああ、人気のない場所にちょうど入れるなら、騒ぎにもならないだろう」
「……それも手だな、」
「ちょ、ちょっと待ってください」
七松の意図が理解できていた中在家さんの、当事者をまるっきり無視した会話に竹谷くんが待ったをかけた。
「学園の塀の高さはそこそこあるんですから、人を乗せたまま越えるのは無理だと思います」
「大丈夫だって!!」
根拠がどこにも存在しない自信である。
「それにどっかの馬借は乗馬したまま飛び込んでくるそうじゃないか」
元から馬である生き物と一緒にしないで欲しい。
「そ、それに爪やら何やらで塀を崩してしまうかもしれませんし!」
「それは留三郎に直してもらえば問題ないだろ」
どうやら七松の中で、その方法は決定事項であるようだ。ストッパーである中在家さんに目をやっても、その意見には賛成らしい彼は止めてはくれなかった。
「まだ何かあるのか?騒ぎにならないなら、それが一番いい。虎は肉食だからな。知らない奴に出会い頭に攻撃なんぞ受けたくないだろう?」
「……朝早くとも小松田さんは絶対にいる。あの人が静かにシロを入れるはずがない」
「正門からだったら絶対に大騒ぎして、一年は組に嗅ぎつけられそうだな!」
「……十分ありえますね」
一応色々理由があったようだ。竹谷くんもそれ以上何も言うこともなく、私にはその決定に逆らうことは出来ない。
「よーし、ならこっちだ!いけいけどんどん!!」
不思議な掛け声と共に七松の速度が上がる。中在家さんはフォローはしてくれるようだが、早さについては注意してくれないらしい。
え、この早さで行ったら必ず途中でばてると思うんですけど!!


...end

どうやら第一の関門は事務員の小松田秀作くん
20130711
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