十月十六日、朝
「田中、オレにプレゼントくれ!」
朝のホームルーム前、田島は私に両手を突き出してそう言った。
突然の言動にこちらは驚いて、ぱちぱちと瞬くしか出来ない。
一体何、と隣りの席の友達に助けを求めても、困ったように微笑まれただけ。
そもそも私と田島はクラスメイトではあるが、ほとんど関わったことが無い。
野球部の試合は応援団長に誘われて見に行った事はあるが、それを彼は知らないだろう。
だから何故、こうやって話し掛けられるかが分からないのだ。
しかもプレゼントって何?
「なっ、いいだろー」
「え、っと」
田島はキラキラした笑顔で迫ってくる。
こちらはろくに状況を把握していないのに、お構いなしだ。
近寄られ過ぎないよう私は田島の肩を押さえ、尋ねるべく口を開く。
「どういうこと?」
「オレさ、今日、誕生日なんだよね!」
得意気に胸を張る田島は、誕生日が嬉しいようだ。
……反対に、私は非常に困った。
だって田島の誕生日なんて、今日初めて聞いたのだ。
彼の言うプレゼントなんて用意などしていなければ、考えてすらいない。
というか、プレゼントをねだる相手がどうして私なのか。
けれどそんなことを考える前に、祝いの言葉をあげていないことを思い出す。
「お、おめでと」
「おう、ありがと。で、プレゼントなんだけど!」
キラキラが眩しい。
すっごく期待されている気がするのだが、逃げてもいいだろうか。
すると私が焦っているのが分かったのかもしれない。
様子を見ていた泉が口を開いてくれた。
「田島、突然んなこと言われても、田中が困るだけだろ。プレゼントなら朝、オレたちがやったじゃねーか」
最近は三橋と田島のまとめ役になりつつある彼。
私はこちらも、ほとんど接点は無いが。
田島は泉の方をぽかんと見つめて、それからほんの少し口を尖らせた。
「オレは、田中からほしーの!」
「はあ?」
「あーもう、だから!オレは田中のケー番とメアドと……あと出来れば、好きなものとか、誕生日も!」
「はあ!?」
まとめ役と言えど、今回の田島の言動はさっぱり分からないらしい。
私も田島の肩を押さえたまま、軽く眉間にしわを寄せる。
「えっと、私がメアドとか教えればいいってこと?」
何て変わった人だろうか。
電話番号やメアドなんて聞けばいいのに。
私だって、クラスメイトに教えるくらいなら普通にする。
教えなさそうに見えたのだろうか。
そうだとすれば大問題だ。
「あー、えっとさ」
けれどどうやら、彼の考えるところは違うらしい。
私が田島を押さえるために伸ばしていた腕を、がしりと掴まれた。
そして、真剣な目で覗き込まれる。
「オレ、田中のトクベツになりてーの」
「……ん?」
突拍子もないことを言われた気がする。
「タイミングとかそーいうの考えてたら、なかなか近付けなくてさ!」
「んん?」
「今日ならオレ誕生日だし!いつもよりうまく行く気するだろ?」
だろーっと元気よく言う田島に、こちらはただ見つめるばかり。
だって彼の意図が分からない。
それ以上に誕生日だからのくだりは、単純としか言い様がないのだが。
「な、だから田中のこと色々教えてよ!」
押さえたはずの肩が、どんどん近付いて。
慌てて力を入れてももう遅い。
教室の隅の方で女の子の面白いです!みたいな悲鳴が上がった。
いやいやいやいや、悲鳴上げる前に助けてください。
こっちは結構必死だ。
「ま、わ、分かった!分かったから!」
近付いてくる田島に恐怖して、慌ててそう言う。
そう言えば彼はようやく押す力を弱めて、にっと笑った。
悪戯が成功した、子供みたいな笑顔。
野球をしている時とはまた別の、どきりとする表情だ。
しかもそれは今、自分の鼻先が触れる程近い。
「うっしゃ!」
田島は掴んだ腕を放さないまま顔だけを離して、ガッツポーズでもするような掛け声を出した。
「これからよろしくな、田中!」
そのよろしくが何に掛かるのかが、ひどく不安である。
しかし私は、どうしてか頷く事しか出来なかった。
fin...
そして田島、何でそれを、よりにもよって朝のホームルーム前に言うわけ!?
何ごとも早め早めにって言うだろ!
泉が頑張れよとばかりに、肩を叩いていきました。
……意味深です。
20071016