その訳の分からない感情を自覚したのは、水谷の一言。
オレはそれまで彼女にそうすることが当たり前で、しなければ違和感を覚えるほどだった。

けれどそれを何故、と尋ねられてしまえば、何も答えることは出来ない。



庇護欲促進



「花井ってさー、田中さんのことどう思ってんの?」

とても興味深々に尋ねてくる水谷へ、オレは訝しげな視線をやる。

時は昼休み。
クラスメイトたちは各々楽しげに弁当箱を広げ、或いは購買へと向かっていた。
かくいうオレも、普段どおりに机を動かし、阿部や水谷と固まって昼を過ごすはずだった。

こいつが、こんなことを言いさえしなければ。

「……どうってどんな意味だよ」

水谷の質問の意図が分からない。
弁当を広げながら何となく名の出た田中の方に目をやって、それから固まった。

田中は前の席の友達と話に夢中になっている。
いや、それはいい。
でも自分の肘の位置をもっと考慮して欲しいと思うのは、オレだけではないはずだ。
あのままだと、机の上に出された弁当が肘にぶつかって床に落ちてしまう。

「田中、弁当落ちるぞ!」

彼女の名前を呼んで注意すると、話していた友達の方が先に状況に気が付いたようだ。
腕を伸ばして田中の弁当を持ち上げている。
それまで全く気が付いていなかったらしい田中は、目をぱちぱちさせて友達の行動を見ていた。

弁当ぶちまけたらどうするつもりだったんだ、あいつ。

すると注意を促したのがオレだということにようやく思い至った田中はこちらに満面の笑みを向けた。

「花井、ありがと!」

「頼むからもう少し周りを見ろ」

そう忠告して視線を戻せば、そこにはにんまりした水谷。
阿部は既に食べ始めている。

「……何だよ、その気持ちわりー笑顔は」

「気持ち悪いってひどっ、まあ、田中さんの笑顔の後じゃそう思うのも仕方ないかー」

「はあ?」

よく分からないことを言いながら一人納得しようとする水谷に、オレは眉間にしわを寄せた。
するとそれを聞いていた阿部が、何のことは無いとばかりに足りない部分を補足してくれる。

「この馬鹿、花井は田中が好きかって言いたいんじゃねぇか?」

「……はあ?」

その予想もしていなかった考えと、突飛も無い水谷の思考に声を上げる。
阿部に馬鹿とかひどい!と言い返していた水谷が、心底不思議そうにそんなオレを見た。

「え、だってそうじゃねーの?」

「どこをどう見たらそう思えるんだよ」

思わず呆れてしまう。

田中とは入学して最初に隣の席になった。
普通に軽く自己紹介して、少し話す程度の仲。

ただのクラスの、隣の席の女の子になるはずだったのだ。
それを簡単にぶち壊したのは彼女の方である。

まず教科書を忘れる常習犯。
よく物を無くしては探しているし、今だこの校内で迷子になることすらあるらしい。
見ているこっちは苛々ドキドキだ。

そして一度手を貸してしまうと放っておけなくなる。
初めは確か、教科書だった。
英語の教科書を忘れて借りられなかったという田中に、見せてやったのが最初。
それから頻繁に話すようになって、目が届く範囲で手助けもするようにしている。
だって危なっかしくてこっちの身が持たないからだ。

ある意味田島よりも厄介だと思う。
今の弁当に関しての事だって、普通は注意してやるだろうに。

「えー、でも花井、田中さんのこと結構気にするじゃん」

気にするのは当たり前だ。
目を離したら何をするか分からない。

「ならお前は、女の友達がよそ見してて、その進行方向に電柱があったらどうする?」

「……注意するけど」

「それと一緒。放っておけないだろ?」

な、普通だろと付け足してやっても、水谷は納得いかないようだった。
けれどこれ以上は付き合わない、放置決定。



今日はミーティングのみで、一週間のうちに唯一早く帰宅できる日だ。
オレは教室に忘れ物をしたから取りに向かう。

するとその教室までの廊下の途中で、一人奮闘している田中を見つけてしまった。

……何やってんだ、あの馬鹿。

相手はまだこちらに気が付いていないようで、一生懸命に何かをしている。
溜め息混じりに近づいて、出来るだけ驚かせることの無いように声を掛けた。

「田中」

「わあ、花井!いた、いたた、抜ける!」

驚かせないように控えめに呼んだにも関わらず、過剰な反応と悲鳴。
本当に何やってんだ。

「どうした?」

「よ、良かった。花井、これ取って!」

取って!と言われた部分を良く見てやる。
どうやら鞄の止め金具に髪を引っ掛けたらしい。
どうやったらこんなとこに引っ掛けるんだよ。

絡まっている以外の髪を手で避けてやると、それはもうばっちり絡まった髪と止め金具。

「どどど、どうですか?取れそう?」

「……すげー絡まってる。いったい何やってりゃこうなるんだ?」

複雑にくるくるしている髪に手を添えながら尋ねると、田中は困ったように口を開く。

「鞄振り回してたら、頭に当たって……、あ、いつもはこんな風にならないんだよ!?」

「それ以前に鞄を振り回すな。ついでに動くなよ、取ってやるから」

一度鞄を床に置いて、また田中の髪に触れる。

必然的にオレは見下ろす形になって、どきりとした。
何に、と聞かれても答えられないだろう。
とにかく何かがオレの心臓に作用したのは確かなのだ。

昼休みに水谷があんなことを言ったから、意識してしまったのかもしれない。

「……にしても取れねーな」

「花井ー、ハサミあるなら切っちゃってもいいよ」

「馬鹿言え、解けるならそっちの方がいいって」

少しずつ、緩んでいく絡み。

今まで血の繋がらない女の子の髪に触るなんてこと、全くといっていいほど無かったからか、緊張しているらしい。
妹たちのを見る時はもっと早いはずなのに。

「ごめんね、何かいっつも迷惑掛けちゃって」

焦っているのが伝わったのだろうか。
田中は突然そんなことを言い出した。
驚いて手を止めると、彼女は同じ体勢のまま窓から校庭を見ている。

「今更だろ」

「んー」

「それに、これはオレが好きでして、いること、だから……いい……」

いや待て、好きでしてるって何だ。

自分の口が発した言葉に自分で驚く。
オレは確かに田中に手を貸しているが、それはそうしないと田中が大変なことになりそうだからだ。
だから特別な感情なんてあったつもりはない。
これからだってそうだ。

なのに、一度変な意識をすると、頭は異常な思考を始める。
触れていた手の中にある髪を、触れてはならないと思うような。

「……そっか、ん、ありがと」

解け切った髪を放す。
逃げていく髪。
一瞬追おうとして、自制した。

また先ほどと同じように、心臓がどきりとする。
一体何が作用している?

「花井?」

下から覗き込んでくる田中に、見られないよう顔を隠す。

「どうしたの、顔赤いよー」

「ばっ、何でもねーよ!」

なんでもなくない。
明らかになんでもなくない。



まさかオレ、田中が好きなのか?




fin...?


それを訝しげに見つめる田中と、ぐるぐるする花井。
20071005
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