可愛いナイト



人間には得手不得手があるものだ。
私が女の子らしいお淑やかな振る舞いが難しいように、三橋もまた、普通に話すのが難しいのだろう。
両者、かなり性格も反映している気もするが。

だからこうやって学校帰りにたまたま遭遇しても、会話が成り立つとは思っていない。
三橋が私の行動一つ一つにおどおどと反応を返してくるのは微妙だが、これは他の人へもこうなので気にしない。
それにこれでも私たちは、結構うまくやれていると思う。

「……三橋は、部活の帰り?」

「う、うん」

「こんなに遅くまで大変だ」

「そ、そうでもない、よ」

だが彼は、私と会話を成り立たせる努力をしてくれるらしい。
こちらはその貴重な時間に、話題を途切らせることなく振っていく。

「野球、楽しい、し。それに、みんな優しい、から」

三橋は私と話すために、わざわざ自転車を降りてくれていた。
本来なら、こんなところで引き止めておくべきではないのだろう。

野球部の練習量の凄まじさと言ったら、聞いているこちらがげっそりしそうなくらいなのだから。

「そっか、良かったね」

「うへへ」

三橋と話していると苛々する人もいるらしいが、私は何だか癒される感じがする。
自分の感情も大きく関係しているのかもしれない。
確かに急いでいる時には少々、いや、かなり厄介だが仕方の無いことだろう。
性格なのだから。

「そ、そう言えば、田中さんは、こんな時間に、ど、どうし……?」

「コンビニのかえ」

答えようとして、視界に入る車。
こんな暗い時間だというのに、こんな狭い道だというのに、結構なスピードで走ってくる。
このままではもしかしたら、三橋に掠ってしまうかもしれない。

「危なっ」

「う、おっ」

とっさに、三橋を自転車ごと引き寄せた。
本当にうまく避けさせたと思う。
三橋が私に掴まってバランスを取るという、微妙な体勢にはなってしまったが。

「ご、ごめ……!」

「……三橋の髪の毛って、結構ふわふわしてるんだねぇ」

役得役得、とここぞとばかりに髪に触れると、三橋はひどくうろたえ始めた。
そのうろたえ加減になんだかこちらが悪いことをしたような気分になって(悪いのは明らかに車である。断じて私ではない)、三橋のバランスを取らせてあげた。
全体重を掛けられていたわけではないから、これは簡単である。

「危ないね」

「う、うん。あ、あり、がと」

「ん、大丈夫大丈夫。いざとなったら、私が盾になってあげるから!」

鼻息も荒くそう宣言する。
すると三橋の表情が、ぽかんとしたものから面白いくらいに歪んだ。
今にも泣き出しそうだ。
今まで阿部が泣かせたのは何度か見たことはあるが、私が原因であろう事は初めて。

これは、結構焦る。

「わ、わ、三橋、どうしたの?」

べそべそと始まった彼に途方にくれた。
これは多分、私の言動が原因だ。
なのに何が彼の泣く要素があったのかがわからない。

「み、三橋ー、今度は私が困っちゃうよぅ」

「う、え、っ田中さんは、悪くない、よ」

思わず三橋のふわふわした頭を撫でるが、彼は一向に泣きやむ気配が無い。
悪くないと言ってはもらったものの、どう考えても他に原因はありそうに無い。

それこそ、思い出し泣きとかそういうのでない限りは。

「何か変なこと言っちゃった?」

「ち、違、う。オ、オレが」

撫でていた手が、三橋に掴まる。
彼の手は涙を拭いていたせいか、ほんの少し湿っていたけれど、そんなことは関係ない。

こっちはそんなことされるなんて思ってもみなかったから、心臓がバクバクである。

「オ、レが、田中さん、を、庇う、から」

「……え?」

話が繋がらない。
私は田島ほどではないが、三橋の言いたいことは大体理解してきていた。
話しの流れでそれを予想するのは簡単で、私自身が三橋を気に入っていたというのもあるだろう。
だが、今のは読めない。

この時ほど、田島の存在を欲したことは無いだろう。

「オレ、頼りない、けど、田中さ、んが、」

私は先ほどの会話を出来るだけ反芻した。
そして、それらしきものを発見する。

「三橋、まさか、さっきの、盾発言が悪かったの?」

「わ、悪いのは、オレ……!」

どうやら当たりらしい。
掴まれた手を握り返し、三橋の顔を上げさせる。

「ごめん、そんなに重い意味で言ったんじゃないんだよ?ほら、私、三橋のこと大好きだから」

彼がどういう意味で捉えてくれるかは分からないが、これも一種の告白だと私は思う。
三橋のことだ。
きっと私もイイ人!で終わってしまうのだろうけど。

すると三橋はもう一度きょとんとして、それからゆっくり私の言ったことを口の中で繰り返す。
一種の羞恥プレイである。

「ほ、ほんと?」

「ほんとほんと。頼りないとかじゃなくて、大好きだからってこと」

「う、うひ」

うひ、と笑った三橋に軽く抱きつかれて驚く。

何だか大きな猫を手なずけた気分。

「オレも、田中さん、大好きだ!」

自覚は無いであろうその不意打ちの言葉に、今度はこちらが泣けてきたのは内緒である。




fin...


田島と田中。
昨夜あったことについて。

「昨日はほんと驚いた」

「そりゃー、三橋はゲンミツにそうなるだろ」

「はあ?」

「だーい好きな子に庇われちゃ、三橋も落ち込むだろってこと!」


今度は田中が慌てる番。
2007-09-30
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -