隣りで話しかけてくる田島のせいで、気がつけば他の人たちはお弁当を食べ終わっていた。
一緒に話を聞いていたはずの泉も食べ終わっている。
何て早さだ。良く噛んで食べないといけないんだぞ。
「ま、ゆっくり食ってな」
九組の彼らはそう言いながらストレッチをしに行ってしまった。
そうは言っても、やはり私は部外者だ。
こんなところに置いていかれるのは非常に気まずい。
「田中さん、隣り、いい?」
そんな時に声を掛けてくれたのは、マネージャーの篠岡さんである。
捕らえて放さない
お弁当の蓋を私に貸し、割り箸といくつかのおかずをくれた後、まだやることがあるのと消えた彼女がいつの間にか目の前に。
借り物のお弁当箱の蓋を膝の上に置き、どうぞどうぞと隣りを勧める。
「篠岡さん、今までどこに!」
「え?いたよ、そこに」
「え、」
どうやら私は、思ったより話に集中していたらしい。
唯一の女の子に気がつかないなんて、かなりの重症だ。
にこにこしながら隣に座る篠岡さんに、私はほっとした。
「これ、ありがとう。飢えなくてすみました」
「いいよ。手伝ってくれたお礼だと思って……、これだけでごめんね」
「いやいや、十分だから」
二人してくすくす笑いながら、他愛のない話をする。
教室で友達と食べた時みたいな、そんな感じ。
やっぱり、女の子同士の方が気兼ねしない。
「ま、やっぱり田島はクラスでもどこか中心だよ。目立つし、何より行動力が半端ないもん」
「そうなんだ。うちも野球部は大体固まってるかな。阿部くんは一人でもかまわない風だけど」
「あべ?」
「えーっと、三橋くんのバッテリー」
「……」
「捕手ね、ホームで構えてる人」
「あー」
お互い話の種が尽きれば、話題は自然と野球部の話になる。
共通しているものなんて今のところそれくらいだし、それに、少し興味があった。
三橋はあんなに楽しそうなのだ。
気になるのは仕方ないことだろう。
うんうん一人勝手に頷きながらいると、先程からこちらが気になってしようがなかったらしい男の子がやってきた。
どうやら一番最初にストレッチに行った人たちにはおいていかれたようである。
置いていかれた点では、私と一緒だ。
「田中さん、でいいの?」
彼はお弁当は食べ終えているようで、へらりと笑いながら声を掛けてくる。
「うん。九組の田中です」
「あ、オレは七組の水谷です」
頭の中で水谷、と名前を覚える。
一人が大勢の中へ入るのは、なかなか大変だ。
人の名前は特に、一度には覚えにくい。
「田中さんってさ、泉たちと仲良いの?」
どうやらそれが一番聞きたかったことのようで、水谷くんは大変興味深々に身を乗り出してくる。
まあ、野球部員としてその辺りは気になるだろう。
何たって、気がついたら知らない人が見学を、それどころかお昼まで一緒にとっていたのだ。
彼の質問は最もである。
「うん、仲はいいよ。部活見学に誘われるくらいには。特に泉は容赦がないから、こっちも……」
「ふーん」
どうやらこの答えでは不満だったらしい。
つまらなそうに相槌を打たれた。
おいこら、どういう答えがお望みなんだ。
だがその質問タイムはあっさりと終わりを告げた。
こちらに気がついた泉がこちらへやってきたからである。
忠告をする前に、彼の手が水谷の頭を掴む。
「あ、」
「イデッ」
「なーにやってんだ!」
かっと、炎でも見えてきそうな勢いだった。
泉は水谷くんの頭を捕らえたまま、彼を引きずっていく。
彼の体の一体どの辺りにそんな力があるのだろう。
「お前もさっさとしろよー」
「はーい」
篠岡さんと顔を見合わせて、くすくす笑う。
そのまま、食べるペースを上げる。
そうして食べ終わり、一息付く。
やっぱりもらったお茶を飲んで、遠くから野球部員のストレッチの様子を眺める。
……私よりはるかに柔らかいんですね、皆さん。
私そんなに前屈できません。
「スポーツは身体がある程度柔らかくないと、怪我しやすくなっちゃうからね」
篠岡さんがそう教えてくれた。
へーと感心しながら早速(軽い前屈を)実践していると、とことこと三橋が近づいてくる。
「あ、ストレッチ終わったの?」
「う、うん、終わった!」
「三橋は身体柔らかいんだねー、羨ましいなぁ」
「え、あ、そ、そう、かな!」
「……」
「……」
会話が途切れた。
途切れたのだが、三橋はまだ何か言いたそうだ。
きょときょと視線を彷徨わせては、私の方を見る。
それを三度ほど繰り返したあと、彼はようやく口を開いた。
「ご、午後も、いる?」
「うん。適当に帰ろうとは思ってるけど、もうちょっと見てく。頑張ってね!」
「!う、うんっ」
私の言葉に三橋は喜んだようだった。
か、可愛い。小動物に懐かれた気分だ。
きゅんとしながら走って去っていく後姿を見送って、何となく、静かだった篠岡さんを見た。
すると彼女は、すごく微笑んでいた。
え、何で?
「??」
「仲、いいんだね!」
「う、うん」
それから私は、時々篠岡さんの手伝いをしながら彼らの練習風景を見ていた。
やっぱり三橋は楽しそうに投げていたし、時折こっちを見て小さく手を振ってくれたこともあった。
そうして帰ることになったのだが、簡単に帰してもらえないのは何故だろうか。
監督は満面の笑みでマネージャーに勧誘してくるし、泉はひと事だと思って無責任ににやにや笑っていた。
三橋と田島といえば、どこか期待を込めた目で見てくるから断るのに恐ろしく良心が咎めた。
小動物系のお願いは、絶大な効果を発揮するものだ。
野球部見学がこの一度きりでは終わらない気がするのは、私の第六感的なものが誤作動を起こしているからだろうか。
……誤作動であって欲しいものである。
fin...
楽しかったけれど、何か疲れた土曜日。
20100516