あんなに見るのを渋っていたのに、三橋が投げ始めると、そんなことは忘れてしまった。
凄く、凄く楽しそうに投げる彼に、こちらもどこか嬉しくなる。

本当に楽しい。表情が、動きが、そう言っているようで。

「……部活って、たのしそー」

「部活、楽しいよ!」

独り言のつもりだったのに、突然聞こえた言葉に肩が震えた。
急いで振り返れば、そこには監督さん。

「田中さんはマネージャーには興味ない?」

無理無理、私には絶対に無理。
一生懸命両手を振って丁寧にお断りさせてもらった。

……でもなんかあの監督さん、諦めてないような気がする。



きみに、あげる



ほんの少し遅いお昼。
私はいつの間にか篠岡さんの手伝いをしていた。
お昼前には帰る予定だったんだけど、どうしてまだここにいるんだろう。

いや、どうしてなんて今更だ。

私の手にはおにぎりとお弁当の蓋に乗った少量のおかず。
ちなみに、お弁当の蓋は篠岡さんのものである。

「何故私はここでお昼を食べているんだろう」

疑問は頭の中だけでは消化しきれなかったらしい。
うっかり声に出してしまった。遠い目もついている。

「ま、当然の流れだろうな」

泉が横で卵焼きをつまみながら肩を竦めていた。
当然って何だ、当然って。

その言葉に憤慨してじろりと睨めば、泉はにんまりと笑う。

「あ、なに、これいらねぇの?」

どうやらそのつまんだ卵焼きは私にくれる予定だったらしい。

「あ、すいません。何でもございません。問題もありません」

「よろしい」

「ありがとうございます泉さん!」

さっと篠岡さんのお弁当の蓋を持ち上げそう言うことによって、泉から無事に卵焼きを頂戴することが出来た。
他の野球部部員から、不思議そうな視線をもらった気がする。

……だって卵焼き、おいしそうじゃないか。
もらえるものならもらっておきたいじゃないか。

心の中で自分だけ納得し、一人頷く。
泉は私の考えていることが予想できたらしく、呆れの溜息をプレゼントしてくれる。

それに抗議の声を上げようとして、私は気づいた。
三橋がひょこひょことこちらに来るではないか。

「田中さん、オ、オレの、も!」

そして、それが第一声。

「へ?」

「オレのおかず、い、一個、あげる……」

一拍の空白。

それは私だけではないようで、隣りの泉もぱちりと目を見開いている。
他の様子を伺っていたらしい部員たちも、然り。

「あ、うん、でも大丈夫?三橋、お腹空かない?」

「だ、だいじょうぶ!」

ほんの少し頬を上気させて、自身あり気に言う三橋。

正直に言おう。可愛い。きゅんってくる。

こちらも頬を緩めて、三橋のお勧めを聞くことにした。
選ばせてくれるらしい。


「……お前オレのは何にもなしに持ってった癖に、三橋にはそれか」

泉は肩を竦めながら言ってくる。
三橋のあげるあげる攻撃にほとんど遠慮して、もらったのは唐揚とミートボール。

私に思う存分恵んでくれた三橋は、今は元の場所に戻って満足そうにお昼を謳歌している。

「え、遠慮もするよ。全種類勧められるんだもん」

「ま、確かにな」

放っておいたら、本当に全種類置きかねないテンションだった。

「にしても、めずらしーのな!」

ぴょん、と泉の背に飛びついたのは田島だ。
どうやら即行で帰宅し、お昼ご飯を頂いてきたらしい。

「飛びつくなってーの」

「何が珍しいの?」

泉の背にしがみついたまま、田島は私の質問に答えてくれた。

「三橋。自分からってのが、めずらしー」

「そうなの?」

「そうだよ」

そこで田島はにっと笑った。

「三橋、結構グルグル考えっから」

「あー確かに。でもそこが、なんかこう、くすぐるよね」

田島に同意して、うんうん頷く。
ついでにぎゅっと拳を作りながら続ければ、田島は笑いながらそれは私だけだと言う。

そうかな。そうでもないと思うんだけど。

「ま、田中は変わってるからなぁ」

「田島に言われたくないし」

「オレから見りゃどっちも変わらねぇよ」

泉は失礼である。

もう少し言葉を考えてくれればいいのに。
三橋にもらった唐揚を口の中に放り込みながら、そう思った。




fin...


何だかんだで捕まっている桜。
20100422
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