本当に来てしまった。
来るつもりなんて全く無かったのに、何てことだ。

晴れた土曜日の午前中。
私は暇だったから、学校に来ていた。

いや、暇だったんだって。
別に約束とかそんなことじゃないから。

……ほんと、なんて言い訳しよう。



週末の過ごし方



「あっれー!!」

どうしようかと悶々と考えていると、背後から突然大きな声が上がる。
しかもこの声は教室ではとても聞きなれているものだ。

げっと勢い良く振り返ると、そこには予想通り田島が立っていた。
しかも外回りを走ってきた後のようで、少し息が上がっている。

白いユニホームに帽子。
こうやって見ると少し新鮮だ。

「田中じゃーん、どうしたんだよ。忘れもんでもしたの?」

忘れもん?と首を傾げる彼に、私は何も言えない。
野球部見に来たの!なんて言えるはずがない。

私は曖昧に微笑んで、それから田島に勘違いさせたままにしようと考えた。
帰ってしまおう、心臓に悪いドキドキは必要ないと思うのだ。

「ん、まあ、そんな感じ」

それだけ言って身体を自転車置き場へ向ける。
このまま帰ってしまえば泉に会うこともない。
三橋には休み明けにフォローを入れるのを忘れないようにしよう。

「……なー、田中。練習見てかねーの?」

「は!?」

必要以上に大げさに反応を返してしまった。
不審に思われたのではないかと振り返って田島の様子を伺うが、彼は気にした様子はない。
泉や三橋に何か言われていたわけではなさそうだ。

「い、いやいや、邪魔になるだけだろうから」

「んなことねーって、三橋も喜ぶぜ」

私はそれでも首を振る。
それにそこで、何故三橋の名前が出てくるのか。

「それこそないって、じゃあ、私はこれで……」

「あれ、田中」

今度こそ退散しようと足を一歩踏み出した瞬間だ。
一番見つかりたくない人の声。
泉は私の姿を認識してしまったらしく、何やってんのという表情で走ってくる。

どうやら練習試合云々のことは忘れているらしい。
良かった、本当に良かった。

「何でいんの?」

「忘れもんだって」

その泉の質問に答えたのは、私ではなく田島。
そうそうと相槌を打つと、ふーんと興味のなさそうな反応。

それにほっとして肩を落とす。
だが次に放たれた田島の言葉に、また身体が強張った。

「あ、そうだ。田中さぁ、どうせ暇なんだろー」

終わったと思っていた話題は、田島の中ではまだ続いていたようだ。
しつこく部活の見学を進めてくる。

余り拒むと泉に何かしら感づかれそうで、用があるからと断ることにした。
さすがにそう言えば、田島だって諦めるだろう。

「いやあ、私これから用があるんだよね!」

出来るだけ、申し訳なさそうに。
すると読み通り、彼はそっかーと肩を落としてくれた。

「オレも頑張っちゃうのになー」

「ごめんごめ」

「……田中、今日は練習試合じゃないぜ」

心臓がどきんと大きく音を立てた。
今の今まで黙っていた泉がそう言ったのだ。
私の謝罪の言葉を遮って、何でもない風に。

油が足りなくなった機会の如くそちらを向けば、全開の笑顔。

「見て行くよな?」

「……喜んで見に行かせて頂きます。泉様」

従っておかないと、何を言われるか分からない怖さが、泉の笑顔にはあった。





「つーことで、田中が見学すっから!」

純粋キラキラ百パーセントの笑顔で田島が宣言する。

私はすでに帰りたいモードだ。
どうせなら静かに目立たないところでひっそりと見学させてくれれば良かったのに!
まさかこうやって部員の目に晒されてしまうとは思わなかった。

「か、帰りたい……」

藁にも縋る思いで美人監督さんに、部外者はマズイですよね!と進言したのだが、いい笑顔でだいじょーぶ!とお許しをもらってしまった。
というか、この学校の野球部は笑顔の練習でもしているのだろうか。
凄く眩しいんですけど。

「ま、日陰でゆっくり見てれば?」

泉は私の切実な呟きが聞こえていたにも関わらず、何の助け舟も出してくれないらしい。

「そうだね、あっちのベンチで座ってても見学できるよ!」

だがその代わりに、私の元に可愛い女神様が降りてきてくださったらしい。
女の子がにっこり笑って、すぐ隣に来ていた。

「女の子!」

こちらがそれに食い付くと彼女は少し驚いたらしく、びくりと肩を震わせる。

「馬鹿か、マネージャーだっての」

後頭部に泉の一撃が入ってきた。
痛い。そうか、マネージャーか。

「七組の篠岡です」

「あ、私は五組の田中です」

お互いに簡単な自己紹介を済ませて、へらり。
やっぱり一人でも女の子がいると安心する。

監督も女性ではあるが、何か色々私とは違うので例外だ。

「あ、れ、田中、さん!」

ひょこひょこした動きと共に、戸惑ったような声。
そちらに目を向ければ、そこには三橋。

一生懸命練習していたのだろう。ユニフォームは土で汚れている。

「三橋、」

「ど、どうし、て……?」

田島の声が聞こえていなかったらしい。
不思議そうに私と泉の顔を交互に見ている。

パチパチと瞬きする三橋が妙に可愛くて、思わず近くにいた泉をど突いてしまった。
……勿論仕返しは受けた。

「田中がな、練習見て行くって!」

「お、おぉ!田中さん、ほんと、に?」

田島の言葉に嬉しそうな三橋、笑顔キラキラ百パーセント。
まぶしくて倒れそう。今までで一番の破壊力である。

「うん、ほんとほんと」

「オ、オレ、な、投げるよ!」

「うんうん、見てる見てる」

この前の会話を覚えているのだろうか。
楽しいのかと聞いて、投げるのは気持ちよくて楽しいと答えた三橋。

誰かと投げる楽しさを共有したいのだろうか。
それとも私に、その楽しさを教えてくれようとしているのか。

何だか姉にでもなった気分だ。
同い年なのに。

「三橋が女子と普通に話してる……」

ぽつりと、どこからか声がした。
人数がいるので誰がつぶやいたのかは分からないが、確かに聞こえた。
少し、驚いたような。

初期の教室での行動を見るに、極度の人見知りなのは確かだ。
私なんか初め、正直彼には嫌われているのかと思っていた。

けれど、三橋は関わってみれば結構、いや、相当可愛がりたくなる。


……あれ?




fin...


不思議で、少しずれた感情。
20081021
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