人間ついているようでも、都合の悪いことがセットで付いてくることがある。
だからこそ反対に、悪いことがあってもほんの少し救われることがあるというか……。

ちなみに現在起こった出来事は悪いことではない。
ただ少し、ほんの少し気まずいだけである。



隣り合わせ



クジとは運だ。
だからこれはたまたま。

動かした机の先にいる三橋を眺めながら、私は心の中でそう繰り返す。
それに席の場所は文句なしに素晴らしい位置。
一番後ろの窓側なんて、なかなか引けるものではないだろう。

けれどその席の隣りは何の陰謀か三橋。
きっと彼もそう思っているに違いない。
だって視線が全く合わない。
こちらが見ているのは本人にも伝わっているはずだ。
けれど彼の目線は忙しなく彷徨って、こちらを向く気配はこれっぽちもなかった。

ちょっと、へこむ。

「……三橋、隣りに机、移動させていい?」

無言でどけるわけにもいかないため、返事がないのは覚悟の上で問い掛ける。
すると嬉しい予想外。

「う、うん、田中さん。あの、よ、よろしく」

通りやすいよう少し机をずらしてそう言ってくれた。
やはり視線は合うことはなかったが、こちらとしては十分である。
スムーズな会話とはいかなくとも、これはこれでいい。

反応を貰えたことが嬉しくて頬が緩む。
自分は単純だ。

「こっちこそよろしくね」

出来るだけ、にやけが出ないように微笑む。
すると三橋は彷徨わせていた視線を、ほんの少しの間だけこちらへ向けた。
勿論、視線が合ったのなんて一秒程度という短い時間だが。

私は机を該当部分に移動させ、またにやり。
他の人に気がつかれないうちに、にやけた顔に気合を入れる。

以前ここに座っていた人が窓を開けたままにしたのだろう。
風が頬を撫でていく。
夏の初めの、冷たくも暑くもない風。

その開いた窓からちらりと校庭を見る。
特に変わったものは何も見ることは出来なかったが、心が浮かれているのは分かった。

それはそうだろう。
今まで一番前にいた人間が、突然後ろの特等席を宛がわれたのだ。
浮かれない方がどうかしている。

その浮かれた気分のまま視線を教室へ戻すと、少し離れた場所から泉が寄ってくるのが見えた。
今回彼は廊下側の真ん中らしい。
微妙な位置だ。

「お前、地獄から一気に天国だなー」

心なしか羨ましそうだ。
いいだろうとばかりに胸を張ると、泉は口元を引きつらせる。
そしてすぐさま三橋の方へと向き直り、言った。

「三橋、こいつが授業中寝たりしたら、遠慮なく起こしてやれよ」

「え、え?」

突然振られた内容に三橋は付いていけないのか、眼をぱちぱちさせるばかり。

「ちょっとー、私、寝てないよ。三橋に変なこと吹き込まないで」

「どの口がんなこと言えんだよ。朝、後ろだったら絶対に居眠りしてやるって言ってたのは誰……」

「あれは、あれは言葉の綾!」

噛み付くように言えば、隣りで三橋が小さく笑った。
驚いて泉から視線を離すと、彼は笑ったことを怒られるとでも思ったのか、ひっと口を手で覆う。

なんか、凄く可愛い。

私は三橋から視線をそらさず、三橋は私を伺うような体勢のまま動かない。
泉はそんな状況にどう反応してやればいいか分からないのだろう。

「何この空気」

だがその泉のつぶやきは、私を動かすには十分だった。

「三橋ってさ、何か、表現しにくいんだけど、ホント、」

三橋は口を押さえたまま。
私はそんな彼から視線を外して、泉に言った。

「可愛い系?」

その瞬間、それを聞いた泉は見事に吹き出した。

私は至って真剣だ。
そんな様子に怒られてはいないと感じたのか、三橋がほっとしたように肩から力を抜く。
だがまだ口は押さえたままだ。

「田中、突然何言うかと思ったらそれかよ!」

「えー、でもそんな感じがしたんだもん!きっ」

「三橋ー、泉ー」

私が力説した瞬間、割り込んできたのは田島だった。
元気良く野球部である二人の名を呼び駆け寄ってくる。

「田中、こんな良い席なのかー。三橋もくじ運いいんだな。オレ、結構前の方」

大きなバックを肩に掛けながら羨ましいとつぶやく田島に、私は日頃の行いがどうのと説明してやる。
やはりそこで日頃の行いって何だよ、などの泉から反論を頂いたが。

「オレも田中も行いは同じレベルだと思うんだけど……あ、」

「今こいつ凄く失礼なこと言ったよね、言ったよね!」

田島の言葉に思わず身を乗り出すと、ほんの少しの差で逃げられる。
素早い。

「っと、そういや部活部活。遅れるとモモカンに怒られる!」

「あ、逃げた!」

ひょいひょいと机の間を縫って出入り口へ向かう田島は、途中で振り返って軽く手を振る。
これは多分、私へ向けてのものだろう。
泉たちはまだ部活があるのだから。

それに渋々といった風に手を振り返してやると、田島はそのまま教室を飛び出した。
泉はそれを見届けてから、三橋へ声を掛ける。

「オレらも行くか」

「う、うん」

言って早々と席へと帰っていく泉に、慌てて鞄の用意をする三橋。

「部活頑張れー」

私はやる気のない声援を送るのみだ。
けれど三橋は、そんな私に驚いたような視線を向けた。

「……え、あ、やる気なさ過ぎた?」

「う、ううん、ち、ちがくて……、それ、オ、オレ、にも?」

泉は用意が出来たようで、教室の出入り口でこちらを見ている。
三橋はそれに気が付いていないのか、私を見つめたままだ。

「うん、当たり前じゃん。三橋にだよ」

「……うひ」

「三橋ー、行くぞー」

泉が身体を半分廊下へ出しながら三橋を呼ぶ。

「あ、あのね、田中さん」

意識は多分、名前を呼んだ泉の方へ向いている。
けれど彼、三橋は、私をしっかりと見据えたまま言った。

「オ、オレ、部活、頑張ってくる、よ。また明日、ね!」




fin...


初、会話らしい会話
20080217
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