「どーしてこう何度教えても分からねーんだよ、馬鹿」

「ばっ……!?浜ちゃん今の聞いた?孝介の言葉聞いた?」

「あーはいはい」

「こいつが西浦入ったのってある意味奇跡じゃん」

「奇跡じゃない、実力。これは苦手なだけだもん」

「あーはいはい」

「気のない返事だな」

「もっと親身に聞いてよ!」

「お前らの痴話喧嘩に付き合える余裕がねーんだよ、オレは!」



テスト数日前



泉と桜は相変わらずこんな調子で、オレは堪らず声を荒げた。

本当、マジでそんな余裕ないんだって。
根性入れて勉強しねーと、また進級が危うくなる。
すると二人は悟ったのか、あ、と口を開けて静かになった。
うむ、良いことだ。
桜は初めからそうだが、泉もいつになく素直でよろしい。

「孝介、浜ちゃんまた留年になったら可哀想だよ」

「そしたらオレら先輩になるな。あんな後輩いらねーから、邪魔しないでおこうぜ」

前言撤回。

誰かこいつらどうにかして。
思わず溜め息もつきたくなるような目の前の二人の会話に、オレは泣くふりをした。
まあ、見てすらいないことは今更だ。

「つーか、試験週間くらい早く帰れよ」

「浜ちゃんだって帰ってないじゃん」

「これと二人で勉強とかごめんだから」

桜は泉の言葉にむっとしたように唇を尖らせる。

「私だってごめんですぅ」

また始まった仲の良い証拠である言い合いに、オレは耳栓が欲しくなった。

こいつらさっさとくっつけばいいのに。
口には出さないが常々そう思っている。
言葉にしないのは泉がその話題に関してはとても怖いからとか、別にそんな理由はない。

いや、桜が絡むと泉はマジこえーんだって。

「なら野球部の勉強会にでも行きゃいーだろ」

二人でやりたくないというならば、大勢いる場所へ飛び込めばいいだけの話だ。
桜は三橋や田島とも仲がいいし、嫌な顔はされないだろう。
すると泉はうんざりしたように首を振った。

「だってそしたらこいつ、意地でもついてくるだろ。めーわく掛けることになる」

「いやだから、三橋と田島は喜びそう……」

そこまで言うとじろりと睨まれた。何だよ、オレは事実を言っただけだ。

泉は睨んだが、桜はどうやらその提案が気に入ったらしい。

「わ、楽しそう!」

と、喜びの声を上げる。
どうやら野球部勉強会の事実を、彼女は知らなかったみたいだ。

「じゃあ、他の人に他の教科とかも教えてもらえるよね!」

「お前物分かりおせーから、匙投げられるな」

どうして泉はこう、余計な一言が付くのだろう。
その発言に対して噛み付こうとする桜を宥める。

「いや、大丈夫だろ。花井とか西広いるし、栄口だって匙投げるような奴じゃ」

そこでオレは、泉から恐ろしいほどの鋭い視線を感じた。
感じたんじゃない、突き刺さったのだ。
肌にザクザク。何これ怖いんだけど。

その眼は余計なこと言うなと如実に物語っている。
眼が口ほど物を言うってのはこれか、これなのか。

「浜ちゃん?」

黙ってしまったオレに対して、心配そうに声を掛けてくれる桜。
彼女には悪いが、こちらは今すぐ勉強道具を回収して逃げ出したい気分。
というかオレ、勉強してないのと一緒じゃないか。

ほとんど進まない試験対策のプリントへ向かって溜め息。
ほとんど空欄だ。
お前ら本当は邪魔しにきてるんだろ。
そう言いたいのを必死に押さえてシャープペンを走らせる。
シンジの逃げちゃだめだ並に心の中で繰り返しながら。
心頭滅却。何も気にしない。

「でも野球部かー。私、三橋と田島くらいしか分からないんだよね」

でも勉強はかどりそうだな、と桜。
泉が面白くなさそうに椅子へ寄り掛かった。
オレへの視線攻撃は収まったようだ。

ただ機嫌は悪いようで、表情はそのまま。
出来る事なら、桜にそれを気がついて欲しいと思う。
爆弾を投下するのはいつも彼女だから。

「でも孝介の友達だし、悪い人はいないよねぇ」

「……お前、参加する気?」

不機嫌な表情のまま咎めるように。
さすがにそれには桜も気がついたらしく、むっとしたように言い返した。

どうでもいいけど、お前らオレに静かに勉強をさせろ。

「何それ、私が出ちゃいけないみたいな」

「オレの都合だってあるんだよ」

「孝介の都合なんか関係ないじゃん。いいよ、田島に頼むから」

「だーかーらー、こっちはお前が誰かを気に入ったらって、気が気じゃねーんだよっ」

一瞬、教室の空気が凍った。
泉は余計なことを口走ったとばかりに表情を歪める。
それを聞いたらしい桜は、ただぽかんと彼を見つめる。

オレはこの場所にいることが、いたたまれなくなってきた。
ついでに恥ずかしくなってくる。
目の前でベッタベタなシチュエーションを繰り広げるのも、遠慮して欲しいものだ。

「な、何よそれー」

桜もそこで聞いてやるなよ。
泉が少し不憫になって、ちょっとそちらへ視線をやった。
案の定、こいつ馬鹿かみたいな表情になっている。

オレはそれを確認しながら、こっそりと筆記用具と教科書をしまい始めた。
逃げるなら今だ。
もう今日は諦めて、明日は図書室にでも行った方がいいのかもしれない。

「お前は全部言わなきゃ分からないのかよ」

「分かんないよ、勘違いとか嫌だしっ」

泉と桜が仲良く痒くなるような言い合いをする中、そろりそろりと出口へ向かった。
開けっ放しにされていたドアを、クラスメイトに感謝しながらくぐる。
さすがにドアを開けたら二人の邪魔になるだろうから。


明日にはこの不毛に近い話題が、終わっていればいいと思う。
最後に出来心で教室の中を振り返れば、まだ騒いでいる二人。


……明日まで続いてたらどうしようか。




fin...


次の日までに変わる関係
20071125
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