「数日間は陸に着かねぇから、当分の間よろしくな」
爽やかに笑うシャンクスという男は、言葉で絶望を与えたいらしい。
「少なくともオレは、夢じゃないと思うぞ」
けれど信じることなんてできなかった。
少なくても寝る前まで、私は普通に、家でくつろいでいたのだから。
「わ、私は夢オチがいいッ!」
世界をまたいだ
その後は
泣きそうになりながらそう叫ぶと、遠くでざわりと空気が揺れた。
はっとしてそちらへ視線を向けるも、視界に入る範囲に人は見当たらない。
小さく息を飲んで再び前を向けば、シャンクスと名乗った男はひどく困ったような表情をしていた。
何故そんな顔をするんだ、そう考えて、それが自分の発言が原因だと思い当たる。
「悪いなァ、何か混乱させちまったみたいで」
「い、え……あ、あの、ここってどこなんですか?海……なのは、分かるんですけど」
さっきみたいな表情をさせたくなくて、とりあえず思ったことを聞いてみる。
この混乱だって、自分のいる場所を認識できれば、多少は収まるはずだ。
こんな船に乗っているという時点で浚われた可能性なんかも考慮しなければならないのだろうが、目の前の彼の態度からしてその線は薄いだろう。
「ここか、ここはグランドラインだ」
「……すみません、地図ありますか」
聞いたのはいいが、全く分からないものだった。
この人の説明が大雑把過ぎるのか、私の理解力がないのかの話になっても、この場合は大丈夫。
絶対この人の説明不足だ。
だが、簡単な地図を要求したところでシャンクスさん(年上だろうから、一応)は首を傾けた。
「そりゃこの辺りの海域の地図ってことか?」
「海域……いや、ちがくて、世界地図でも構わないんですけど。でも日本語ってことは、日本の近く?」
「ニホンって、なんだ。☆☆の国か?」
「え、今話してる言語は日本のものじゃ……」
会話が噛み合わなくなってきている上に、いやーな予感しかしない。
そういった予感をとりあえず一度置いておいて、私は最初の請求通りに地図を求める。
「とにかく、地図です。まず地図」
「おう、そうだな」
私の意見に賛成してくれたシャンクスさんは、ちらりと視線を私の後方へやる。
すると足のすぐ横を、大きめな巻物みたいなものが滑っていった。
驚いて飛び上がる。
だがそれは地図であるようで、シャンクスさんはそれを広げ始めた。
広げ始めたのだが、
「あの、これどう考えてもおかしいですよね」
私の知っている世界地図ではなかった。
「どこがおかしいんだ?」
「え、いや、全部おかしいです。何で地球の真ん中に大陸がぐるって周ってるんですか。パンゲア説ぶち壊しですよこれ」
「パ、パン?」
「世界は元々一つの大陸だったっていう話です。今でも日本は移動を続けていて、いつかは……何ですか?」
「おもしろいこと言うな、☆☆」
そう言ったシャンクスさんの表情は、キラキラしていた。いや、本当に光って見えた。
「お、おもしろいことって、な、習いますよ、これくらい」
「へぇ、習うのか」
相変わらず楽しそうにこちらを見るシャンクスさんに、私は居たたまれなくなってきた。
そもそも、この地図がおかしいのだ。
けれど目の前のこの大人は、何の違和感もないらしい。
からかわれているのならこの反応もありだが、今までの会話からしてそれはないだろう。
「……じゃ、じゃあ、今は、この地図のどの辺りなんですか?」
「ん、そうだな、この辺りだ」
ぴ、と指差された場所は、周りに島などない、海のど真ん中。
私、絶句。ついでに現実逃避。
「ないないないないない」
「まあ、この地図だっていい加減なもんだ。グランドラインには、いくつの島があるかなんて、誰も知らないからな」
だっはっはっ。そう笑うシャンクスさんに、めまい。
「じょ、冗談じゃないんですね、この地図……」
「冗談なわけねぇだろ。オレは困っているやつの前じゃ、いつでも真面目だ」
すごくいい笑顔で言い切ってくれたのは頼もしい。
頼もしいのだが、今は嘘だと言ってもらいたい。
「どうした?」
「ど、どうもこうも、私の知ってる世界地図と、この地図、全然違うんです」
「違う?」
「私の知ってる地図は、いくつかの大きな大陸に分かれてて……」
説明を始めれば、興味津々といった風に身を乗り出してきた。
いつの間にか現れた紙とペンで、粗方ではあるが、私の知っている世界地図を描いていく。
質問に答えていくせいか、話は段々と様々な方向へ飛んでいく。
「な、鉄の塊が空を飛ぶのか!」
「飛行機っていいまして、鉄ではあるんですが、中は空洞が多いらしいです」
「この空の向こうにまた別の空間が……」
「宇宙ですね。息できないから行ったら死にますよ」
飛びすぎて修正が利かなくなってきた。
「ちょ、待って。待ってください」
修正の利かなくなりそうな会話を、無理矢理止める。
シャンクスさんは素直に待ってくれた。
「何だ」
「い、色々おかしなことがありすぎて追いつかないんですが、私から一つお尋ねしても?」
質問されるばかりではどうにもならない。
でも、その質問は何より私の知りたいことを物語っている気がした。
「ああ、分かることは出来るだけ答える」
「ありがとうございます。この地図は本物なんですね?」
「多少間違いはあるだろうが、おおよその大陸は本物だ」
お互いに視線は外さない。
シャンクスさんは真剣で、どう考えても嘘をついているようには見えなかった。ということは、私は大変な状況に陥っているということになる。
もう、頭を抱えるしかない。
「どうだ、何か分かったか?」
「……分かりました。多分、ここは私の知らない世界です」
頭がおかしいとしか、思えない答えである。
でもそれ以外に考えられる可能性は無い。
どうしよう。ここで私を知っている人はいないかもしれないのだ。
「行くところがないのか。まあ、ないだろうな。突然現れたんだし」
シャンクスさんはシャンクスさんで、何故か一人で納得していた。
「よし、なら☆☆、帰るまでこの船にいればいい」
「……はい?」
「その違う世界の話ってのもまだ聞いてみたいし、☆☆は住む場所がない。そうだろう?」
その提案は嬉しい。嬉しいが、知らない人のお世話になるのはすごく怖い。しかも、男の人だ。
けれどシャンクスさんの言うとおり、私は今から、どうすればいいのか分からない。
本当に分からないことばかり。
唯一分かっているのは、今の私に選択肢なんて無いということだけである。
fin...
世界の違いを理解せざるを得ない☆☆。
20110516