これが夢だとすれば、私は非常にリアルなものを見ていると思う。

目の前には壮大な、水平線しかない海。
空はどこまでも続いていて、真っ白い雲が気持ち良さそうに泳いでいる。

上を見たままくるりと周りを見渡せば、私が立っているのは船のようだ。
木製の船。
大きな帆には何やら、ドクロが十字の骨を背負っていたりして。


……あれ?



世界を跨げ



ぱちぱちと瞬きして固まる。
頭は今視界に入ったものを理解する処理に忙しいのか、他のことを考えてはくれない。

だがそれも長くはなかった。
ドクロを旗に掲げるなんて、海の上を漂う例の集団しか思いつかない。

「ジャックとウィルかよ」

某ネズミ映画の彼らの名前をつぶやいて、ふと、あることに気がついた。
風を、感じるのだ。

「……いや、ない。絶対ない」

一瞬頭をよぎった最悪の展開を自分で否定し、これは夢だと言い聞かせる。
ついでにぎゅっと目も瞑り、起きろ起きろと念じることにした。

しかしそう一生懸命念じても、目を開ければそこには壮大な海と以下略。

「いやいや、ないない。絶対ない」

今度は自分の頬を抓ってみることにする。
痛い、馬鹿みたいに痛い。

「いやいやいや、ないないない。絶対ない」

ちょっと血の気が引いている気がするが、まあそれも錯覚か何かだろう。

潮の含まれた風が妙に目に染みる。
最近の夢って、なんてリアルなんだろう!

「何がないんだ?」

「夢じゃないわけが……!?」

突然隣りから聞こえてきた声に、私は心臓が飛び出ると思うくらいに驚いた。
そちらへ身体を向ける前に、どう考えても転ばないだろう場所で足を滑らせる。

どたん、と見事に尻餅を付いてしまった。
はたから見れば相当間抜けだが、それだけ驚いたのだ。

「悪い悪い。驚かせたな……だっはっはっ」

最終的に笑うなら、見なかったふりをしてくれればいいのにと思った。
転んだことが恥ずかしくて、顔を上げるのが遅れる。
というか、このまま穴でも掘って目の前の人から姿を隠したい。
けれどどう考えてもそんなことは不可能で。

尻餅をついたまま固まった私に気を使ったのか、驚かせてきた男(声で分かった)は手を伸ばしてきた。
いや、マジで放っておいてくれた方が嬉しい。

……そうは思っても、その手を無視するなんてことは、勿論できなかった。
ありがとうございますと、小さくお礼を言いながらその手を掴む。

「わっ!」

掴んだ瞬間とても強い力で引き上げられて、またバランスを崩してしまった。
けれどそこは転ぶ訳にはいかない。
ここでの二度目の転倒など、断固阻止である。

「お、悪い悪い」

軽く発せられた言葉は、絶対にそうは感じてないだろうと私は思う。
けれど手を貸してくれたことは事実。
お礼は言うべきだろう。

「ありが」

そこでようやく、私は男の顔を見ることになる。
そしてお礼の言葉は止まってしまった。

目の前にいた男は、到底日本人とは思えない容姿だった。

濃い、けれど燃えるような赤い髪。
意思の強そうな強い瞳と三本の傷跡。
バランスのとれた身体つき。

そして腰に差されているサーベル。

「……サーベル!?」

とっさにその男の手を振り払い、逃げるように後退る。
やはり始めの方に見た海賊旗が、余計に嫌な方向へ思考を持って行っているのかもしれない。

だがとっさと言うだけあって、私はあっさり再びバランスを崩した。
転倒は断固阻止!と考えていたはずなのに、二度目の尻餅をついてしまう。
正直、かなり恥ずかしい。
けれど私は、決して男から視線を外さなかった。

もし、この男が海を漂う例の集団だったら。
もし、この男の持つサーベルが本物だったら。

もし、これが夢ではなかったら。

恐ろしい。
最後が一番恐ろしい。
というか、夢でさえあれば前の二つはどうってことないわけだが。

「これ、嫌か?」

私の考えていることなど知ってか知らずか、男は腰のサーベルを軽く叩く。
勿論ですとばかりに首を縦に振ると、彼は何の戸惑いもなくそれを外す。
そして少しはなれた所へとサーベルを滑らせた。

「……へ?」

「女の子を怯えさせる趣味はねぇからなぁ」

男はにっと笑って見せると、私の視線と合わせるようにあぐらをかいて座り込んだ。

「オレはシャンクス。あんたは?」

シャンクス。

名前だってどう考えても日本人ではないのに、日本語だ。

「わ、私は、☆☆」

「☆☆、ね。いい名前だ」

シャンクスと名乗った男は、どこかキラキラしていた。
いや、ワクワクと表現してもそう違いはないかもしれない。

「☆☆」

名前を呼ばれると、何だか背筋が伸びる気がする。
ぴっと緊張したように体勢を直した私に、彼はとんでもないことを言い出した。

「数日は陸につかねぇから、当分の間よろしくな」

「……?」

「少なくとも、オレは夢じゃないと思うぞ」

理解が、出来ない。
……違う。理解なんてしたくない、だ。




壮大な水平線しかない海。
空はどこまでも続いていて、真っ白い雲が気持ち良さそうに泳いでいる。

目の前には燃えるような赤い髪の男、シャンクス。

そして私の立つこの船は、広い海の真ん中。
……倒れていいだろうか。




fin...


落ち着き過ぎるシャンクスと、慌てる☆☆。
20080930
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