▽ネタ アズール・アーシェングロット
2020/08/16 01:40



購買部サムの店には、異世界からやってきたオンボロ寮の監督生にとって珍しいものがたくさん置いてある。

文字通りキラキラ発光する石に動く絵、魔法薬学や錬金術で使用する不気味な材料たち。かと思えばごく普通の食材に日用品まで何でも揃っている。価格だってピンからキリまで。
馴染みのあるものから見たことがないもの。行く度物が増えたり減ったりする商品棚は見ているだけで面白い。だから監督生は買い物ついでに商品棚をじっくり見ていくのが好きだった。
だから今回もエースとデュースがお菓子を選んでいる横で、見慣れないワゴンを覗いていたのだ。店内に置かれた少し大きめのワゴンの中には、それこそ様々なものが無造作に置かれている。
古代文字で書かれたラベルの貼られた缶詰。寮長が持っているような杖。魔法石はついてない。海や空や山が再現されている手のひらサイズのガラス玉。普通の万年筆。木彫りの置物。なんかの苗木。檻に入った人形。スライムが袋詰めされているものもある。
物珍しさに監督生がそれらをつついていると、デュースが隣へと並んだ。

「ずいぶん古いな」
「古い?」

監督生には新しいも古いもわからない。でもデュースが言うならそうなのだろう。

「ああ、俺たちが小さい頃のおもちゃだとか、そういうものも混じってる」
「おもちゃ……」
「いたずらグッズも結構……」

デュースは赤いロープを探り当てた。これはなに、と監督生が視線で促すと、彼は手を出せという。

「ん、」

素直に手を出した監督生にデュースは少し心配になりながら、ロープ先端を近づける。その瞬間、出された腕に素早い動きで巻き付いた。

「ギャッ」

驚いたのは監督生だ。巻き付く感触に声と共にほんの少し飛び上がる。

「だ、大丈夫か?」
「ハハ、なんだ今の鳴き声」

デュースの心配する声と、エースのからかう声。

「突然動くんだもの、びっくりするでしょう!」
「単純な悪戯グッズ、近くの熱に反応して対象に巻き付くんだ」

デュースが説明する横でエースがワゴンを漁り始めた。監督生は嫌な予感しかしなくて、事前に二歩ほど下がっておく。

「ちょっと、なんで逃げんのさ」

そう言うエースにデュースは呆れたように指摘した。

「どう考えても普段の行いだろ」「ハァ?普段の行いって何、そもそもオレは……」

いつものやり取りが始まったところで、監督生は再びワゴンへ近づく。エースは驚かせることに興味を失ったようだから、見ておける時に見ておこうという考えだろう。次にこの店へやってきた時も、これがあるかは分からないからだ。
空が閉じ込められているガラス玉を手に取ってみると、そこには小さな鳥が飛んでいるように見える。もしかしてどこかの風景をリアルタイムで映し出しているのだろうか。
割れないようにそれを置いて、今度は少々不気味に見える人形を手に取る。

監督生の片手のより少し大きい程度のサイズの人形には顔がなかった。のっぺりとしていて目もないし口もない。髪だってない。服は付けているが白い服の形をした布だ。

呪いにでも使う人形かと監督生がクルクル回して見ていると、今度はエースが悲鳴みたいに声を上げた。

「ハア!?おま、なにやってんの?!?!」
「なにって、」
「ちょ、サムさぁん!!やべえ奴入ってんだけど!!!」
「やばいの?」
「僕には見覚えがないな」

覗き込んだデュースは知らないらしい。監督生の手にある人形へ触れようとして、エースに腕を掴まれていた。

「むやみにさわんなって」
「え、そういうこと言わないでよ。今持ってるのに!」
「あーー、まあ、簡単に言えば子どものオモチャだよ。性質がちょっと厄介で、あっという間に流通しなくなった」

それはだいぶやばいやつなのでは?監督生とデュースは顔を見合わせる。

「所持者の魔力を取り込んで発動する物だから、魔力のない小鬼ちゃんには特に問題がないものだね」

店の奥から店主がやってきた。そうして監督生の手の中を見ると、困ったように笑う。

「入る商品は把握してるけど、たまにどこからか流通しないものが混じってくる。リストにあれば弾けるんだけどねえ」

本当に混じりこんでいるものは、時折取引先の業者すらあいまいなものがある。危険なものは基本的に無造作には置かないが、この人形に関しては判断が微妙なところなのだろう。

「もともとは子供のおともだちって売り出したんだ」

エースは知っていてデュースは知らない。本当に短い期間だったのだ。

「その子どもの魔力で人形に自分を映すんだ。映しだから好みも遊びの興味も、基本的に同じ。おままごとのいい相手だよな」

でも、エースは続ける。

「思った以上に自我を持った。時間が経つにつれて本人と剥離して、本体である子どものほうが精神的に不安定になってくる」

人形が対象者を元にして別の固体になる。元の子供の恐怖は如何ほどだろう。

「エースはなんでそんなに詳しいわけ?」

使ったことあるの?監督生が冗談で人形をエースに近づければ、彼は避けるように仰け反った。本当に嫌なようだ。

「ホラー系の話にはつきものだし、まあ、エレメンタリースクールの友達がそれ使ったんだよ。しゃべりはしないけど普通に単独行動もするし、魔力の元が大きければ大きいほど人間に近づくし……」

処分されたくないから抵抗だってする。

小さな声で付け加えられたのは、なかなかぞっとする内容だ。それはさぞかし恐ろしいだろうと監督生とデュースは顔を見合わせ、持っていた人形はそっと元の場所に戻された。

「それで、その友達はどうしたの?」

エースはそれ聞くの?!みたいな表情で監督生を見たが、渋々口を開いた。

「子どもで小さかったし、そう魔力自体もなかったしでヤバい目には合わなかったよ。でもオレは絶対自分をもう一人作るなんて御免だね」

聞きたかった答えになってない。監督生はそう思ったがそれ以上追い打ちはかけなかった。

「魔法道具にもいろいろあるんだね」
「そういうヤバイやつは売り出す前にもっとちゃんと確認してくれってオレは思うよ」

溜息と同時に放たれた言葉には妙に重みがある。それだけエースにとっては衝撃的なことで、二度と体験したくないことなのだろう。
監督生とデュースはこの機会に人形のビジュアルを覚えておこうと思った。だって今後うっかり手にしたらぞっとする。監督生には魔力がないので持ったところで問題が起きることはないだろうが。



そして本来ならばもう目にすることはないはずだった。サムさんはそれを回収して廃棄する予定だと言っていたし、元々は販売停止・回収になったオモチャだ。
だから今、監督生の自室の丸テーブルの上にある「知っている人の形」をした人形があるのは妙なことだと考えなければならなかった。

「まって、嘘でしょ……」

監督生は思わず眉間に手を当てた。一瞬見間違えか何かかと思ったからだ。
灰色のコートは肩に掛けられているだけ。ふわふわの銀色の髪に黒い寮服。ハットは白の手袋をした手に持たれている。
顔を近づけて詳細を確認しなくたって分かる。これは、オクタヴィネルの寮長。
アズール・アーシェングロットだ。

「え、うそでしょ」

監督生は二度同じことを言った。だって信じられないし信じたくなかったからだ。一瞬ただの精巧な人形であることに掛けたが、優雅に挨拶するように腰を折られてしまってはどうしようもない。
もしくはなにかこう、魔法的な力で小さいサイズになったご本人という可能性も考えられたが、アズール・アーシェングロットがその身体でオンボロ寮に訪問なんてするはずがなかった。

「え、うそ、ええ……」

監督生はもう嘘でしょ以上の言葉が見つからない。
姿勢の良い立ち姿。少し顎を上げて監督生を伺うように見る様子はサイズのせいか妙に可愛らしい。まるで何か御伺いを立てているようだ。
パクパクと小さな口を一生懸命動かしているのを見るに、言葉を発することはできない。でも確実に何かを訴えている。思考している。

「あの、失礼を承知でお聞きしますが」

監督生は自然に敬語になった。小さくてもアズール・アーシェングロットには違いない為だ。

「あなたはサムさんのショップにいらした人形ですか?」

小さなアズールは一つ呼吸を置いて頷いた。頷いてしまった。
監督生は再び頭を抱える。だってこんなのどうしていいか分からない。

「しかもなんでこんなところに来るんですか……」

サムさんのショップに駆け込むか、何故か分身を作り出してしまったアズールへ届けに行くか。どっちにしたって面倒なことになりそうだ。

「?何ですか?」

口をパクパクと動かすだけでは伝わらないと思ったのだろう。アズールは胸元からマジックペンを取り出し、それを振り上げた。本当に精巧に作られた人形だと監督生は現実逃避する。

(お人好しの貴女なら、僕を匿ってくださると思いましたので)

空中に描かれた青色の文字は、読みやすく美しい。監督生にとっては頭が痛くなるような内容だったがそれで合点が行った。
小さなアズールは逃げてきたのだ。元のアズールの魔力から何らかの事故で映されて、うっかり自我を持ってしまった。そしてこのままではいずれ消えるか消されることを悟って。
元の人格や知識をコピーしたとすればそれは当然のことである。アズールは元々頭の回転が速かったし、物事をずっと先まで考えるのは癖だった。
そして考えて、辿り着いたのがオンボロ寮の監督生。

(まさかこんな”けなげ”で可愛らしい僕を放り出すなんてこと、しませんよね?)

監督生は思わず頬の内側を噛んだ。ちょっと可愛いと思ってしまった自分が悔しかったので。
人形は自我を持つ。本人と剥離して、消えたくないと駄々をこねて抵抗する。小さな子供でそれならば、強かさと実力を持った者がコピーされたならどうなるのだろう。

「わ、私の判断では何とも言えないので……ちょっと前向きに検討させていただいてもよろしいでしょうか……」
(駄目です)

曖昧に断れば却下された。

(今ここで、僕を助けると言ってください)

文字が宙を滑っていく。

(対価ならばお支払い致しましょう。貴女は僕を手助けすることで、学園での生活が楽になることを保障します)

小さなアズールは監督生の様子をよく観察している。視線・瞳孔の動き、呼吸、かすかに動く顔の筋肉。
メッセージを読み終わるであろうと同時に次の文を紡いでいく。

(それで僕は消えなくて済む。勿論これからずっととは申しません。こちらで対処できるようになるまでの期間だけです)

監督生は揺れていた。これは物凄く厄介な事柄だ。本来ならばこの場から回れ右してサムさんのショップに駆け込むか、本物のアズール・アーシェングロットに泣きつくのが正解だろう。どう考えてもその二択だ。
でもそうなれば、この目の前にいる小さなアズールは消えるしかなくなる。
人形がどう処分されるかは聞かなかったが、きっと彼らにとっては方法なんて関係ないだろう。嫌がるのだ。消えたくないのだ。抵抗してでも留まりたいのだ。
監督生が動かなくなったのを見て、小さなアズールはほんの少し笑った。やはり彼女は御しやすい。情に訴えれば容赦なく切り捨てることを躊躇ってしまうのだから。

(お願いです。僕は)
(消えたくない)

他のNRCの生徒なら聞く耳なんて持たれないだろう。元はあのアズール・アーシェングロットだし、厄介なものこの上ない。でも今彼の目の前にいるのは監督生だ。
お人好しで巻き込まれ体質で、優しい女の子。そして彼女が「アズール・アーシェングロット」を憎からず思っているのを知っている。

「……期間って、どれくらいですか」
(引き受けて頂けますか!)
「まって!まだです!期間!期間だけでも!!」

監督生は悪足掻きをした。そう簡単に頷いてはならないと慌てるのは、何より元のアズールが実体験付きで教えたばかりだからだろう。

(期間はひと月です。ひと月で僕はこの状態をどうにかします)
「ど、どうにかなるものなんですか?」
(ええ、身体が小さく、魔力が安定していないだけですからね。その辺りの問題を解決すれば、貴女を頼る必要もなくなるでしょう)
「……よし、」

監督生は気合を入れた。こんな”可愛らしい”アズールを誰かに引き渡すのは気が咎めたし、正直な話、気分は高揚していた。だって小さなアズールは彼女を頼りにしたのだ。力だってそうない魔力なしの彼女を。






「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -