あれから一度車を置き中也行きつけのやたら小洒落た店へ連れて行ってもらった。人が入って居るにも関わらず騒がしさはなく皆雰囲気を楽しみながら食事をしている様な店だった。店内は程よく暗く淡い光の中で食べる食事はどれを食べても美味しかった。

 流石は幹部様。ファミレスが厭だと云うのも納得がいった。彼は好物らしい葡萄酒を飲んで、私も綺麗な色のカクテルを飲んだ。それは疲れた身体に染み込んであっという間に私の背中に羽を生やした様に脚取りを軽くした。

 今なら飛べそう、と冗談半分でそう云えば、中也は「俺も飛ぶ羽目になるからやめろ」と拒否し、私は頬を膨らませながら歩く帰り道だった。



episode 8...It is like just like boy cartoon



 帰宅し風呂に入った。昨日と同様に扉に腕を挟ませて交互に入る。その時中也の目はトロンとして瞼が重そうだった。持って来た荷物を片付け様かとも思ったが既に中也が限界の様で直ぐにベッドへと潜り込んだ。

 すると目を閉じたと思ったら寝息が聞こえて来た。任務の末に子供達に揉みくちゃにされて疲れたのだろう。思えば朝も自分より早く起きていた様だった。もしかしたら寝れていなかったのかも知れない。

 斯く云う私は逆に寝れずにベッドの頭に背を預けてカーテンの隙間から見える月を見上げていた。静かで不思議な時間だった。

 隣に誰かが、しかも手を繋いで寝ている。父は幼い頃死別したから母としかそんな記憶はない。でも母と寝ていた時とは全然違う気持ちだ。当然と云えば当然なのだけれど、比べる相手が母しか居ないのだから仕方がない。それも少し寂しいが。

「変な感じ」

 思わずそう呟いた。繋がれた手を見ると笑ってしまうのだ。彼の温もりを直接感じて心の奥が暖かくなる。初日こそ煩わしくて仕方無かった筈なのに、手を繋ぐと云う行為は可笑しなものだ。だってずっと前からこうしていた様な気にさせるのだから。

「ん、」

 仰向けに寝ていた中也がそう云って寝返りをうつ。手を繋いでいる為自然と此方側へと身体を向けた。目付きが悪いとばかり思っていたその寝顔は宛ら子供の様で、それでも整った西端な顔立ちに少し驚く。こんな顔をしていたのか、と。

 寝返りを打った事に依って顔に髪が掛かる。そっと避けて遣ればフワッとしている髪は柔らかく意外にもさらっと指を通り抜けた。

 まるで孤児院の子供達みたいだ。否、それともまた違うのかも知れない。だって胸からトクンと小さな音が鳴ったから。こんな事は今まで一度だって有りはしなかった。

 それに孤児院でケントがちゃんと守れよ、なんて云った時、そのケントの言葉にだって驚いたのにその後の中也の言葉には更に驚いた。不敵に笑ってあんな事云われたら驚かずには居られない。頬を染めずになんか・・いられないよ。

「・・寝よ」

 何か色々考えていたら眠れなくなりそうだったから無理やりその身体を布団の中へと沈めた。一旦目元まで掛け布団を被って、チラリと隣の寝顔を盗み見る。中也の唇が目に入って胸が一際大きく音を立てた。

−−ああもう、落ち着け私!
 そう思って頭まで布団を被った。心臓が煩くて仕方無い。私は一体どうしちゃったのだろうか。そんな問いを浮かべても、答えなんて一向に出る訳もなかった。





 朝、眠りが浅かった様で初日同様カーテンから漏れる光に目が覚めた。・・なんか、重い。そんな寝苦しさを感じて目を開けた。

「!?」

 そして目の前に入って来た光景に私の頭は瞬時に覚醒した。そんな事今まであっただろうか。毎朝起きるのが辛くて目を覚ましたとしても五分十分十五分、否、三十分位うんうん云っている事が多い私が、だ。まぁしかし光景と云っても人の首と胸板だ。少し大き目のTシャツの襟元からは綺麗な鎖骨が見えているに過ぎない。だが要はそれが問題なのだ。

 その上なんか重いと思いきや繋がれていない目の前の人物の右手が何故か私の背中に回されている。人間抱き枕状態だ。ナンテコッタ。今直ぐ叩き起こして遣りたいが何故かそれが出来ない自分がいてヤキモキする。もう、本当何なんだ。

 どうしよう、どうする。どうするべきなんだ!朝から私の頭はフル回転だ。だが察しの通り完全に空回っている。考えるだけ考えて導き出される応えも応えに辿り着こうとする思考も今の私にはない。

「っ!」

 そして中也がもぞもぞと動き出す。起きるか?と淡い期待を抱いたのは一瞬で、背中にあった中也の右手が私の後頭部へと周りその細いながらも力強い腕に更に引き寄せられた。

 正直よく叫ばなかったな、と自分で思う。初日の私だったら絶叫を上げていた。否、昨日も上げたけれども。

「・・っ」

 中也の寝息が、と云うかもう唇が額に当たっている。その状態で彼はまた動かなくなったのだ。終いには引き寄せられた時に空いた自分の左手が咄嗟に中也の服越しの胸板へと触れてしまった。密着している為その手も動かせない。本当、どうしようか。

 触れた手の平から中也の鼓動が伝わって来て思わず目を細めた。なんだ、このままでも悪くないかも。なんて私は本当に如何かしてしまったのだろうか。

「う、ん・・ん?」
「・・やっと起きたの」
「な、・・あ!?」

 そんな言葉を掛ければその人物はドシンと派手に音を立てて片腕を除いて私の視界から消えた。そう云えばこの台詞は昨日私が云われたんだっけ。

「莫迦なの?」
「・・煩え」

 頭を掻き毟りながら上体を起こす中也にそう声を掛ければ、罰の悪そうに赤い顔をして中也は視線を逸らした。

「さて、コーヒーでも作りますか」

 ベッドを降りて其の手を引けば、それに導かれる様に中也も立ち上がる。彼の顔はまだ赤い。それに気付かない振りをして台所へと足を運び昨日と同じ様に共同作業が始まった。

「私ミルクたっぷりね」
「ンなもんねぇよ」
「えー」
「今日帰りに買えばいいだろ」

 中也の言葉に「仕方無いな」と言葉を漏らす。そんな会話をする頃には彼から赤みは消えていた。

「あんた料理とかするの?」
「偶に程度だな」
「ふーん」

 思えば彼について知らない事ばかりだ。生活する中で自ずと見えて来るのだろうけれど、少し興味が湧いた。

「手前はするのか?」
「うーん、孤児院に居た時は昼と夜は出たから朝食程度しか作ってなかったな」

 大体は簡単に出来るトーストだった。焼いてる内に支度が出来るし食べながら髪を梳かす事も出来る。行儀がいいとは云えないが一秒でも長く寝る為には効率良くやる必要があった。

「外で手繋ぎながら食べるのも視線が痛いしねー」
「確かにな」

 それは丸二日外食をする中で感じた事の一つだ。自分達は仕方無いと云う概念があるが周りはそうでは無い。かと云って一人一人に「異能力の所為なんです」と云って回る訳にもいかない。

「なるべく家で食うか」
「そうねー」

 大分面倒だが選択肢は無さそうだ。私達は頭の中の買い物リストに"夕飯"を書き加えて出社の支度をした。





「ちょっっっとおおおお!?」

 私は今風になっている。否、そんなメルヘンちっくなものではない。これは安全バーのない絶叫マシンだ。命綱のないバンジージャンプだ。

「待っ!て、わ!ぎゃあ!!」
「チッ」
「舌打ちすんな!」

 任務だ。戦闘だ。初めての荒事だ。私は生身の人間が醸し出すものとは思えない疾さを生身で体感している。それを生身の身体でやってのける彼は化け物か何かかと思わずには居られなかった。

「ぎゃああ!銃向けられてますけど!?」
「あんなもん当たりゃしねぇよ」
「あんたはね!!」

 ポートマフィアの島を荒らす輩退治だと移動中に聞かされた。其の時は「遂にこの時が」なんて少しわくわくした自分を激しく後悔した。

 初めて聞く銃声は煩いなんてものでは無い。鼓膜に、脳に響く音は不愉快以外の何物でも無い。音だけで心臓に穴が開いたかと思う程だ。火薬の匂いも焦げ臭くて鼻に付く。何よりそれを目の前にしてぶっ放された日には思わず絶叫してしまうのが普通だろう。

 しかも此方は二人に対して向こうは十人。其の中で唯一の異能力者らしき人物はそんな私達を高みの見物かの様に銃を構えた者達の後ろで笑っている。

 終いにはポートマフィアきっての体術使いらしい化け物染みた彼の動きに振り回されて酔いそうな勢いだ。って云うか既に酔っている。

「やり辛ぇな」
「・・ちょ、本気休憩」
「死んでもいいならな」
「ぎゃあ!!」

 私は今心底母に感謝している。小さい頃から散々やって来た武術のおかげで、受け身も動体視力も体力も其れなりに培って来た。だがそれと自分に置かれた状況を冷静に見るのとは訳が違う。武術をやっていたとしてもこんな命のやり取りはした事が無い。

「避けられンなら黙って避けろよ」
「それと、これとは・・別問題ですけどぉ!?」

 尚も降り注ぐ銃弾。一発でも当たったらと思うとゾッとした。今更ながらとんでも無い処へ来てしまったものだ。

「これじゃ近付けねぇな」
「済みませんね!足手纏いで!」

 柱に隠れ肩で息をし涙ながらにそう叫ぶ。云ってしまえばヤケ糞だ。彼一人だったならば瞬殺なのだろう。だがマフィア生活三日目の私がいる。居るだけならまだしも手が繋がっているのだ。どう動いても付いて回る私が居ては思う様にいかないのは当然の事だった。

「仕方ねぇ」
「なに・・っておい!?説明してからやってよ!?」

 一言呟いた中也に手を引き寄せられた。一瞬にして縮まった距離にドキッとしたのも束の間。中也はそのまま軽々しく私をその肩に担いだ。

「舌噛むンじゃねぇぞ」
「嘘でしょ!?真逆・・っぎゃあああ!」

 私の最悪な予想通り中也はそう云って銃弾の嵐の中へ突っ込んで行く。その異能力を使い跳ぶは壁を駆けるはやりたい放題だ。しかも抱えられている為に前が見えない。これ程怖い事は無いだろうと私は叫び続けた。

 そしてあっという間に銃を構える男達へと辿り着こうとしていた。その瞬間私を支えていた手が少し緩んで、降ろされるのだと察した。中也が足を着いたとほぼ同時に私も地に足を着ける。そしてそのまま直ぐ傍にいた男に勢いそのままに回し蹴りをかました。

 不思議と距離を無くしてしまえばそれ程恐ろしくは無かった。銃を撃たれる前にケリをつけてしまえば良いからだ。バタバタと私達に依って倒れて行く男達。ようやく私にも少し余裕が生まれた。だが其れがいけなかった。

「「 ! 」」

 ピンと張った二人の腕。私達は別の方へと足を進めた事に依って起こった現象だ。思わず背後へと体勢が崩れ厭でも隙が生まれた。そこに降る銃声。−−しまった。お互いがそう思っただろう。

 現に背後によろける私の視界に一直線に向かって来る銃弾が見えた。スローモーションの様だった。駄目だ、避け切れない。そう思った。

「・・っぐわ!」

 痛みにもがく声が上がった。勿論、私のモノではない。

「やりャ出来るじゃねぇか」
「・・どーも」

 肝を冷やした事で息が止まっていた。思わず肩で呼吸を繰り返す。私は向かって来た銃弾に手を翳した。弾道は見えていた。後は勇気だけ、なんて何かのサブタイトルの様な言葉を瞬時に思い浮かべた。

 そして私の手の平に僅かに触れた其れは、私の皮一つ破る事なく来た道を先程よりも倍の疾さで銃の持ち主の肉体へと戻って行った。それは先程、中也が手の平で銃弾を受け止めていたモノを見様見真似でやったに過ぎなかった。

 そんな私を見て中也は満足そうに口角を上げる。そんな中也に私は必死にそう返すのが精一杯だった。・・帰りたい。まだ敵が居るにも関わらずそう思わずには居られなかった。