「ふーん、マフィアって以外と色んな事すんのね」

 中也の愛車にて移動の最中、私は先程立ち寄ったカフェで買ったミルクティーを飲みながらそんな話しを切り出した。

「まぁな、って云っても手前みたいな下級構成員は対した仕事はねぇよ」

 それも今だけだろうが、と片手運転中の中也は私の言葉に意味深な言葉を付け加えてそう返した。

 それを不思議と恐ろしさを微塵も感じずに聞いている自分に驚いた。如何やら私は肝が座っているらしい。



episode 6...Tenderness that does not suit



「矢っ張り、人殺したりするの?」
「・・ああ、襲撃なんて日常茶飯事だ」
「ふーん」

 私の問いに少し間を置いて応える中也に疑問を浮かべながらも余り気にせずに窓の縁に頬杖を吐いて外の景色を眺めた。

「手前に出来るのか」

 ボソッと中也が呟く。視線を移さなかったから彼がどんな表情でそれを聞いて来たかは判らない。だけど心配している様な声質だな、と何故か思った。

「その時になんなきゃ判らないよ」
「・・そうか」
「私が人を殺せなかったら如何する?」

 ふとそんな疑問を頭に浮かべていないにも関わらずそんな言葉が口から出た。疑問と云うより興味だ。マフィアになり切れない者の末路に。

「別に、如何もしねぇよ」
「マフィアなのに?」
「そう云う奴が昔うちにも一人居たと聞いた事がある」
「へぇ」

 そこでようやく中也を見た。その横顔は前を見据えながら遠い過去を見ている様な気がした。何か、心に引っ掛かっている過去を。

「その人は?」
「とっくに死んだ」
「・・そう」

 そう云ってまた窓の外に視線をやった。

「私は平気だよ」
「あ?」

 ふと囁く様に呟いた言葉に中也が一瞬此方に視線をやる気配がした。だが私は流れる景色に目をやったまま僅かに顔を顰めた。目の前には高いビルの隙間から海が見えた。だが頭に浮かんだ光景や感情は、そんな昔では無い私の過去の物だった。

「私は多分、殺せる」

 その呟きに中也は何も云わない。

「孤児院の先生達が私が異能力者だと知ったのは、今から半年くらい前の話し」

 私はその浮かべた感情と光景をまるで他人事の様に話しをし始めた。隠す必要は無い。だって屹度彼は・・そう思ったが話す事を一つに絞る様に思考もあの時の出来事一つに絞り込んだ。

 そう、半年前。悪さをした子供に鞭を振り続けた一人の先生。私は必死に止めた。もう充分だ。此の侭じゃ死んでしまう。もう止めて。だがその先生は一向にそれを止めない。寧ろ私がそう云っている事に腹が立って歯止めが効かなくなっている様にさえ思えた。

「止めていた時にね、少し私にその鞭が当たったの」

 激痛だった。激しくしなったそれが僅かに腕に当たっただけだったが、刃物で斬り付けられたかの様な高電圧が身体に走った様な痛みを感じた。

 ハッとした。痛みに俯いた顔を上げたら叱られていた子はもう泣き叫ぶ事も出来なくなってしまっていたから。

「私は殺す気でその先生の腕に触れた」

 私の異能力は電磁力の操作って話しはしたと思う。だが具体的に、尚且つ簡単に云えば磁石のN極S極を操れると云った方が解り易いか。自分がN極だとすれば触れた物をS極へと変えればくっ付き、触れた物をN極に変えれば反発する。そのくっ付く力、引力と反発する力、斥力の威力の調整まで出来る。

 私は今まで私生活で異能力を便利道具扱いしかして来なかった。触った事のある遠くの物を引き寄せたりとかそんな事位。だがら正直斥力の方は使った事が無いに等しかった。

「でも私はその時使った。先生はトラックにでも撥ねられた様に飛んで行ったよ」

 でも驚かなかった。だって殺す気だったから。結果は全身複雑骨折の嵐に脳挫傷。右半身に僅かな後遺症が残ったらしい。その人が二度と孤児院に来る事は無かった。

「正直、その内警察が来るだろうって思ってた」

 だが来たのは私の横の彼、中也。そう、ポートマフィアだ。あの孤児院の先生達は私を警察では無くマフィアに追い遣ろうと思ったのだろう。若しくは警察に行く前にマフィアが揉み消したかだ。詰まりはこの勧誘話しに私の拒否権は最初から無かったのだ。

「首領は怖いねぇ、選択肢なんて無かったくせに敢えて私に選択肢を与えた」
「気付いてたのか」

 中也の言葉に「まぁね」と一言漏らした。彼は屹度"報告書"に依って私のこんな話しはとっくに知っていただろう。それでも話したのはその時の事が不意の出来事ではない事を伝えたかったのだ。

「私はもう、既に人を殺してる様なモンだよ」

 そう云って自嘲するかの様な笑いを零した。だがそれも直ぐに普通の笑みに変わった。それは隣でやたら深刻そうな顔をする中也の表情から来る笑いだった。そんな彼に私は、だから−−そう心で呟いて左手で中也の頬を摘んだ。

「・・何してんだよ」

 そんな私の行動に中也は眉間にシワを寄せて横目で見て来る。それに「別にっ」と云って笑った。

 あんたがそんな顔する必要ないんだよ。難しい顔をした中也にそんな事を思った。変な奴だ。マフィアの幹部の癖に優しさを見せるだなんて。

 さっき挨拶をした人達だってそうだ。私の中でマフィアのイメージが物凄い疾さで塗り替えられて行く。確かにこれから悪業を目の当たりにする日は近いのだろう。だけど、それでも矢張り彼等も人なのだと当たり前の事を思った。

「なら、如何して一度断った」

 あの時は「死んだな」と彼は脳内で私を勝手に殺したらしい。なんて奴だ。

「まぁ、賭けに近かったかな」

 一度断ったのは孤児院が気掛かりだったのも勿論ある。入らずに済むならそれでも良し。だが私はその後の首領の言葉を待っていたのだ。何か自分にマフィアに加入する事へとメリットを提示する筈だと踏んでいたから。

 そんな私の言葉に中也は驚き「恐ろしい奴だ」と呟いた。自分でもそう思う。あの首領の雰囲気の禍々しさに足が竦んだのは紛れも無い事実だったから。

「ま、悪役は孤児院でもよくやってたしねー」
「どうせ雑魚キャラだろ」
「ううん、世界征服を企む女王」
「そりゃ怖えな」

 私の言葉に中也はようやくフッと笑った。それに僅かに安堵して、私は空いている左手を子供達と遊んでいた時の様に振り回し当時を再現してみせた。

「こう正義の味方をバッサバッサ薙ぎ倒して行くの。あれは快感だったなぁ」
「・・手前は子供向きじゃねぇな、明らかに」
「えーそう?跪け!塵ども!とか云うと歓声が上がったよ」
「そうかよ」

 うっとり目を輝かせ、更には戦隊モノ宛らの台詞を平然と云う私に中也は呆れながらも笑っていた。

「そういや次の任務地はまだ着かないの?」

 次で最後だ、と車に乗り込んでから結構な時間が経った。話し込んでいたから何処を通って来たかも判らない。

「もう直ぐだ」

 中也が意味深に笑う。そして外の景色を見て、私は「あ」と声を上げた。

「もしかして」
「・・ほら、着いたぞ」

 私が気付いたと同時に車が止まる。助手席からだったから気付くのが遅くなったが、運転席側の窓を見れば見慣れた建物があった。

「孤児院!」

 私の言葉に中也はフッと笑って私の手を引く。私はサイドブレーキを乗り越え運転席から外へと出た。

「最低限の荷物は必要だろ」
「そゆことね」

 もう既に時刻は夕刻。皆室内で遊んでいる時間帯だ。私は昨日まで此処に居たにも関わらず、もう何ヶ月も来ていないかの様な錯覚を起こしていた。それ程自分の環境は変わった。もう元には戻れない程に。

「ねぇ中也」
「・・少しだけだぞ」

 驚いた。名前を呼んだだけなのに彼には私のその先の言葉が判った様だ。−−子供達に会いたい。そんな私の心の声が。

「実は昨日より前から私の事知ってた?」
「書面上はな」
「否、影でこっそり見張ってたとか」
「そんな暇じゃねぇ」

 そんな問いをしてしまいたくなる程だった。私のこの衝撃は。目を瞬かせる私に、中也は「顔に書いてあんだよ」とぶっきら棒に云う。何だが少し照れてるみたいだ。それに思わず笑って私は走り出した。

「中也に皆を紹介してあげる!」
「はぁ!?俺は餓鬼は好きじゃ、」
「早く早くー!」
「・・ったく、」

 背後から諦めた様にそう云う声が聞こえた。だが語尾が少し笑っていた様な気がして私は頬を綻ばせた。よく判らないけど嬉しかった。足取りが軽くてなんだか身体の中心に暖かい何かが芽生えた気がした。繋がれた手も彼となら悪くないと思った。

 昨日は此処で拳を交えていた相手に何を思っているのだろうか。でもそれさえも最早遠い過去の様にさえ思えた。それが何故かなんて、まだ判りはしなかった。