「・・・」

朝日に目を覚ました。

「おはよう、随分早起きだね」

まだ少し朦朧のしているのか、視界に入った総司をナマエはボーッと見つめていた。

「熱は、下がったみたいだね」

千鶴ちゃんの薬が効いたのかな、なんて言葉を夢心地で聞いていた。額に当てられた手のひらが心地よくて、ゆっくりと瞬きをする。

「まだ寝てなよ」

ほら、そう言って手のひらに温もりを感じた。キュッと握られた圧迫感に安心する。そしてナマエは再び眠りの中に落ちていった。

「−−・・・」

そしてようやく目を覚ました。外からは鳥の声が聞こえて目の前には総司の寝顔がある。

「?」

何故組長がここに?辺りを見渡しても、やはりここは自室に間違いなさそうだ、とナマエは心で思う。

そして手のひらに感じた違和感。自分の手を見える位置まで上げれば、そこに総司の手が付いて来た。

「??」

更に訳がわからなくて再び総司に顔を向ける。すると自分の額から濡れたタオルが落ちた。

そこでようやく気付いた。看病してくれていたのだ、と。

「ん、」

寝ていた総司が僅かに声を漏らし、その瞳をゆっくりと開ける。そして翡翠色の瞳がナマエを捉えて、笑った。

「おはよ」

その言葉に頷くナマエ。そして紙に一言書いた。

「"すみません"」
「んー、違うでしょ」

伸びをして起き上がる総司。それと一緒にナマエも体を起き上がらせ首を傾げた。

「こう言う時は、ありがとう、だよ」
「!」

そう言って笑った総司にナマエは目を見開く。そして紙にその文字を書いた。

「"ありがとう、組長"」
「どういたしまして」

よく出来ましたと言わんばかりに総司はナマエの頭を撫でる。そしてナマエは自分の書いたその紙をじっと見つめた。

「どうしたの?」

余りにも見つめているナマエに総司は問い掛ける。ナマエはハッと顔を上げて、紙を書く。そして少し照れ臭そうに紙を見せた。

「"初めて、言った"」
「!」

その文字に驚きながらも総司は笑う。

「君の初めて、またもらったよ」
「?」

クスクスと笑う総司にナマエは首を傾げる。だが気付かない振りをして総司は立ち上がった。

「ほら、お風呂でも入って来たら?もう直ぐ朝餉の時間だよ」

総司の言葉にナマエは頷いて慌てて支度を始める。

「それに、皆君の事待ってるしね」

ナマエにその言葉の意味は分からなかった。だがそれは直ぐに明らかとなる。

「あ!ナマエ!」
「おー来たな!」
「もう体調はいいのか?」

食事の部屋に入ると真っ先に平助、新八、原田が声を掛けた。それに圧倒されながらもナマエは頷く。

「ほら、昨日の島原のお土産」
「!」

そう言って三人が出したのは島原で美味しいと評価のお菓子。

「お前、甘いの好きだろ」

原田の言葉にナマエは呆然としながらも頷く。

「皆、君を心配してたんだよ」

隣の総司の言葉にナマエは慌てて紙に言葉を書いた。

「"すみま−−"」
「違うでしょ、ナマエちゃん」

だが書いてる途中で手を総司に止められてしまう。少し悩んだ後、ナマエはそれを消して隣に別の言葉を書き直した。

「"ありがとう"」

紙で顔半分を隠しながらナマエは照れたように紙を皆に見せた。その様子に皆が微笑む。

「お、ナマエくん!体調はどうかね」

そして部屋に入って来た近藤が声を掛けた。ナマエはすかさず紙に文字を書いていく。

「"ご迷惑をおかけしました"」
「いやいや、そうだ!君が起きたと言うのを聞いてね、今これを買って来たんだ」

それは瓶に入った色とりどりの金平糖。ナマエはそれに目を輝かせた。

「喜んでくれたみたいで良かった。何が好きか分からなかったから総司が好きなものを買って来たんだ」
「近藤さんらしいです」

近藤の言葉に総司は笑う。そしてそれを受け取り、ナマエは頭を下げた。

「"ありがとうございます"」
「うむ、俺も買って来た甲斐があったな!」

その言葉を聞いてナマエは自席に戻る。これから食事だと言うのにナマエの横にはお菓子が並んでいた。

「あ、ナマエさん!」

そして次に入って来たのは善を持った千鶴だった。千鶴はナマエを見るなり笑い、駆け寄った。

「"昨日手伝えなくてごめんなさい"」

一番にそれを見せたナマエに千鶴は首を振る。

「大丈夫ですよ。そんな事よりお加減どうですか?」

千鶴のその言葉にナマエは大丈夫だと頷く。

「良かった。今日はナマエさんの好きなものを作ったんでいっぱい食べて下さいね」
「だそうだ。よく噛んで食べるんだぞナマエ」

千鶴の後ろからナマエの代わりに手伝いをしていた斎藤が善を置く。それを見てナマエは思わず立ち上がろうとした。

「いいから、君は座ってなよ」
「その通りだ、病み上がりに油断すると命取りになるぞ」

総司に腕を掴まれ、座らされる。そして斎藤の言葉に皆は大袈裟だと笑う。

「"ありがとう"」

その文字を見て千鶴と斎藤はフッと笑う。

「普段お前がしている事に比べれば些細な事だ」

斎藤の言葉にナマエは首を傾げる。そして遅れて土方が部屋に現れた。

「悪い、遅くなった」

そう言って入って来た土方もナマエの姿が目に入り声を掛けた。

「おう、よくなったみてぇだな」

土方のその言葉にナマエは頭を下げる。

「なら後で俺の部屋に来い、いいな」
「やだな、土方さん。僕の部下に何する気ですか」
「ばっ!何もしねぇよ!」

二人のやり取りに皆が声を上げて笑った。そして朝餉を終え、暫くして土方の部屋に向かう。

粗方昨日の事を怒られるのだろうと思いながらその襖を叩いた。

「ナマエか、入れ」

そして中から聞こえて来た声に襖を開ける。

「もう体調は本当にいいのか」

土方の言葉にナマエは頷き筆を走らせる。

「"ご迷惑をおかけしました"」
「いや、まぁ確かに昨日一番組は全く機能しなかったが」

総司も、一日看病してたみてぇだしな、と土方は言う。ナマエはそれに驚いた様だった。

夢だと思っていた。夜中の言葉も、微睡みの中の温もりも。

確かに朝はいたがそれがそんな長時間に及ぶものだとは想像もつかなかった。

「"すみません"」
「気にすんな、それよりほらよ」

スッと差し出された包み。それにナマエは首を傾げる。

「お前が甘味が好きだって聞いてな。まぁ他の奴らも考える事は同じだったみてぇだが」

少し照れた様に机に肘をついて視線を逸らす土方にナマエは目を瞬かせる。

「それ食って、しっかり体調整えろ」
「!」

ナマエは思わず紙を取り出す。

「"てっきり怒られるのかと"」
「なっ!」

その文字に土方は声を上げ、そして頭を抱えてため息をついた。

「お前は俺を何だと思ってやがんだ」
「"すみません"」
「はあ、」

僅かに肩を落とすナマエに土方は立ち上がる。

「!」

そしてポンっとナマエの頭に手を置いた。

「お前が倒れるとうちの連中は仕事にならねぇ、」

土方の真っ直ぐ真剣な瞳に瞬きを忘れた。

「だから、無理はすんじゃねぇよ。副長命令だ」
「!」

フッと笑う土方に、ナマエは少し俯いて、それでも強く頷いた。

「こんな所にいたの」

背後から聞こえた声に、見上げていた空から視線を離して振り向く。

「千鶴ちゃんの所にいないから探しちゃったよ」

総司はそう言ってナマエと並ぶ様に庭先へ降りて来た。

「それ」

そして総司はナマエの手の中にある物に目をやった。それは菓子の包みと、その上にある"ありがとう"と書かれた紙切れ。それを見て総司はフッと笑う。

「土方さんから?」

総司の言葉にナマエは頷く。ナマエの横顔は戸惑っていた。この気持ちは何なのか、どう表現したらいいのか、分からなかったからだ。

「ああ言う人たちなんだよ」

総司の言葉にナマエは見つめていた文字から顔を上げた。すると空を見上げた総司の横顔があった。

「本当、お節介ばっかだよね」
「!」

そう言って総司は笑った。ナマエは再び自身の手元の紙を見つめた。

これが、"ありがとう"。それはとても優しくて、温かい。それはきっと、嬉しいと言う感情。

「"ありがとう"」

そう紙を掲げて笑ったナマエに、総司も微笑んだ。

「今度こそ独り占めだね」
「?」

そう言ってまた空を見上げてしまった総司の横顔を見つめる。でもその言葉の真意も答えも返ってくる気配はなく、ナマエも同じ様に空を見上げた。

そこには綺麗な蒼穹が広がっていた。