「こほ、こほっ」

巡察の時間、今日は一番組がその担当だ。そしてその先頭から渇いた咳が聞こえて来た。

「君が風邪なんて珍しいね、お腹出して寝たのかな」

一番組組長沖田総司は隣にいる一番組副組長であるナマエにそう言う。ナマエは総司のそんな言葉にキッと睨み付けた。

「"布団は肩から足先まできっちり入って寝る派"」
「そう言う意味じゃないんだけどな」

ナマエの返しに総司は笑う。心なしか顔が赤く、息も苦しそうだ。

「ほら、戻りなよ」

ナマエは首を横に振る。この位大丈夫だ、と。

「僕に介抱しながら巡察しろって言うの?正直邪魔だよ」

そんな総司の言葉に明らかに肩を落としてナマエは弱々しく紙を見せた。

「"すみません、部屋に戻ります"」
「そうしなよ」
「"せめて見送りだけでも"」
「だーめ」

悪足掻きを見せるナマエに総司は頭をくしゃくしゃと撫で、背中を押した。

「ちゃんと寝てなきゃ斬っちゃうよ」

総司はそう言って片手を上げて歩いて行ってしまった。

ナマエは少しだけその背中を見つめて、朦朧とする頭で部屋へ戻って行った。

「おい、ナマエはどうした」

夕食時、席が一つ空いている事に気付いた土方が声を上げる。

「本当だ、あいつ真っ先に来てるのにな」
「よっぽど千鶴ちゃんの料理が気に入ったんだな」

それに平助と新八が続く。

「ナマエが早く来ているのは料理を早く食べたいからではなく、雪村の手伝いをしているからだ」

それに言葉を返したのは斎藤だった。

「そうなんです、最近はお料理も手伝ってくれて・・でも今日は見えませんでした」

しゅんとする千鶴に誰か知らないのか、と土方は問う。

「ナマエちゃんなら、風邪引いて寝てるよ」

ガラッと部屋に入って来た総司が中の会話が聞こえていたかの様にそう言った。

「あいつが風邪か、悪いのか」
「僕が看病してあげてるんだから直ぐ治りますよ」

土方の言葉に総司はそう言って自席に着く。

「お前が看病、」
「あ!じゃあ俺も俺も!」

総司の言葉に土方は感慨深く呟き、平助は箸を持ったままそう言って手を上げた。

「なに?土方さんも平助も、僕が看病してたんじゃ不満なの?」

僅かな殺気を放ち、笑いながら総司は言う。それに平助は黙り土方はため息をついた。

「そうじゃねぇ、お前看病なんざした事あんのか」
「やだな土方さん、その位ありますよ」

だから大丈夫、と言う総司に土方は ほう、とだけ呟く。

「あ、あの!じゃあ私お薬とお粥作って来ますね」

千鶴がそう言って立ち上がる。彼女は父と同じ様に僅かではあるが蘭方医の知識があった。

「ありがとう、千鶴ちゃん」
「いえ、ナマエさんにはお世話になってますから」

そう言って千鶴は部屋を後にした。

「ナマエはよく千鶴といるのか」
「ええ、ちょっと目を離すと彼女の所にいますよ」

だから見つけるのも簡単だ、と総司は味噌汁を啜りながら言った。

千鶴に近付いたのはナマエが最初だった。皆やはり変若水の製造者の娘な上に、羅刹を知ってしまった一般人と言ういつ殺されてもおかしくない立場にある程度遠巻きにしていた。

ナマエもそれは重々承知していただろう、だがそれでもナマエは彼女に近付いた。初めは少し離れた所から。だが千鶴の人柄に当てられたのもあるのかも知れない。

二人が並んで歩くのを隊士たちはよく見かけた。

「あー、俺も彼女欲しいー」
「言うな平助、俺もだ」
「まだ言ってんのかお前ら」

そしてよし、今日は島原だ、なんて言いながらご飯を食べている。

「ごちそうさま」
「早いな総司、食事はよく噛んで」
「噛んだし残してないでしょ、お母さんみたいな事言わないでよ」

総司の言葉にぐっ、と言葉にならない音を発する斎藤。そして総司は部屋を後にしようとする。

「ナマエの所に行くのか」

扉を開けると土方がそう問いかけた。総司は首だけ動かし土方に向いた。

「部下の面倒見るのも仕事だって、土方さん言ってたでしょ」

その返答に僅かに目を見開いて、そしてフッと笑った。

「その通りだ」

その言葉を聞き届けて総司は部屋を後にする。

「俺も看病したかったなぁ」
「なんだ平助、その気があんのか?」
「ち、ちげーよ!俺はただナマエが心配で!」

ぎゃあぎゃあと騒がしい部屋。それとは打って変わってナマエの部屋は苦しそうな息遣いが部屋に響いていた。

「!」
「起こしちゃったかな」

部屋の襖を開けると、僅かにナマエの瞳が開いた。

そんな総司の言葉にナマエは首を横に振り、起き上がろうとする。

「寝てなきゃダメだよ」

だが総司に肩を掴まれてそれは叶わなかった。そして触れた所の熱さに総司は僅かに目を顰めた。

「"移る"」

短く書かれた言葉に総司は笑う。

「大丈夫だよ、僕は君みたいに弱くないからね」

その言葉にナマエは僅かにしゅんとした。

「"すみません"」
「別に謝る事なんて何もないよ」

これも、僕が好きでやってるだけだしね、と総司は桶に入った水に手を入れ手拭いを絞りナマエの額に置く。

するとその冷たさにスッと表情が緩んだ。

「気持ちいい?」

総司の言葉にナマエは頷く。それに総司はフッと笑ってナマエの髪を掻き上げた。

「"初めて"」

そしてナマエの書き出した言葉に総司は首を傾げる。

「"看病してもらった"」
「!」
「"組長が風邪引いたら、僕が看病してあげる"」

それだけ書いてナマエは目を閉じた。

「本当、バカだよ君は」

汗ばんでへばり付く髪を撫で、空いてる左手でナマエの手を握った。

「でも、少し風邪引くのが楽しみになったよ」

フッと笑った表情はとても穏やかで、僅かに差し込む月明かりがその横顔を照らしていた。