「こんな所にいたの」
「先輩、」

冬を終え、最近では日向では暖かい日も増えて来た。

−−終業式。入学式の日に出会った彼らの、一年が終わった。

「もう少しだね」

ナマエの見つめる先を、総司も横に並んで見上げそう呟いた。それはまだ蕾のまま、僅かに顔を出しているだけだった。

「あの日、」

ふとナマエが遠くを見つめる様な瞳で、それを見ながら口を開いた。

「この桜に呼ばれた気がした」

それはまさに入学式の事だ。目を前をひらりと舞った一枚の花びら。あれが無ければきっと、この場所に腰を掛ける事はなかった、とナマエは言う。

「僕もだよ」

総司もナマエと同じ様に桜を見つめながらも、ふと脳裏に鮮明に浮かぶあの日を見ている様だった。

「そう言えば、」

ナマエが徐ろにそう言って視線を総司へと移した。

「私を知ってたの」

前世としてではなく、と言葉を付け加えるナマエに、総司はフッと笑って彼もナマエを見つめた。

それは文化祭に来た母と彼との会話の時に思った事だ。忙しくて聞くのをずっと忘れていた。

「知ってたよ」

もう、ずっと前から。目を細めて笑う総司を、ナマエは黙ったまま見つめていた。

「君のお母さんが言ってたでしょ」

以前、ナマエが通っていた道場に、遠くから来た子達がいた、と。

「そこに、僕らはいた」
「僕ら・・?」

総司の言葉にナマエは首を傾げた。

「そう、あの時は近藤さんも土方先生も平助もはじめくんもいた」

その言葉にナマエは思わず目を見開いた。自分の知らない所で、そんなに多くの人に会ってたなんて思いもよらなかった。

「僕は正直面倒だったよ、あんな所まで剣道しに行くなんてさ」

それでも近藤が行くと言うから着いて行っただけだった、と総司はその日を思い出す様に言葉を紡いでいった。

「早く終わらせて、その辺観光しましょうよ」

数年前の話しだ。彼は道場に着いたばかりにも関わらず、そう言ってため息を吐いた。

「まあ、観光するところがあれば、だけど」

そう言って道場の外を見つめる。−−田舎。その景色は良くも悪くもその言葉がぴったりだった。

「総司、もう少しまともに剣道を学べ」

腕はあるのだから、と共に来ていた斎藤は総司を嗜める。

「はいはい」

そう言って道場の中に目を向けた。周りを見れば確かに強そうな人が大勢いたが、彼の興味は湧かなかった。

「ん、」

ふと道場の隅に、一回り以上小さな子と打ち込みをする一人の姿に初めてその視線が止まった。

「あの者は強いぞ」

その視線に気付いた斎藤が、横からそう言葉を掛けた。

「へぇ、」

彼の口角が少し上がり、斎藤はその場を去る。だが総司はそのままその人物を見つめ続けた。

打ち込みの力強さ、速さ、キレ、全てが他の生徒とは別物だ。だがその中に荒々しさと、美しさがその一振りにはあった。彼となら、試合をしてもいい。そう思えるほどだった。

「!」

だが打ち込みを終え面を取った彼に総司は目を見開いた。彼だと思っていた人物は、彼女だったからだ。

しかもそれは、物心ついた時から見ていた夢の人物と、瓜二つだった。

「ナマエちゃーん!」

ふとその彼女に一人の女性がタオルを持って駆け寄った。恐らく母親だろう。

「ナマエちゃん、ね」

彼の口元は驚くほど楽しそうに笑っていた。

「総司、そろそろ行くぞ」
「なんだ、折角楽しくなって来たと思ったのに」

そんな総司に斎藤は首を傾げた。

「まぁいいや」

そう言って彼は歩き出した。

「また会おうね、ナマエ」

それが、本当の二人の始まり。





「全然、知らない」

話しを聞き終えたナマエは、感想としてそう呟いた。そんなナマエに総司は「だろうね、」と返した。

「ここで君の後ろ姿を見た時、自分でもびっくりしたよ」

僅かに見えた木に寄りかかった後ろ姿。それを一目見ただけで、あの日の君だと分かったから。

「だから言ったんだ、また会えたねって」

君は眠ってたけどね、と総司は笑う。そんな総司の言葉を、ナマエは終始目を瞬かせながら聞いていた。自分の知らない所で、そんな風に思われていたなんて、と。

「でもどうして」

言ってくれなかったのか、とナマエは言う。そんなナマエの言葉に、総司は笑った。

「言えないよ」
「なんで、」

だって、そう言って総司はナマエを見つめた。

「初めて会った君に恋してた、なんてさ」

ね?と笑う総司の全てに、ナマエの胸が大きく音を立てた。

「・・っばか」

そう言ってナマエは思わず腕で口元を隠した。

「なーに、照れてるの」
「違、!」

覗き込まれた顔に否定しようとしたけれど、やっぱり無理だった。

「ん・・っ」

腕を掴まれて、露わになった唇が奪われた。

「可愛い」
「・・っ」

唇を離して不敵に笑う彼にナマエは思う。彼がそんな前から自分を想っていてくれた事が嬉しいなんて、絶対言ってやらない、と。

「っ、」

ふと、少し強い風が二人の間を駆け抜けていった。

「あ、」

そしてナマエは小さく声を漏らした。鞄に付いていた彼女の髪飾りが、解けて空を舞ったから。

「「!」」

だがそれが桜の木に触れた瞬間、それは風に溶ける様に消えていった。目の前で起こった俄かには信じがたい現象に、二人は思わず目を見開いた。

「消え、た」

伸ばした腕が行く手を見失って、少し寂しげだった。

「きっと、」

そんな宙に浮かんだままの手を、総司はそっと握って口を開いた。

「彼女の元へ、帰ったんじゃないかな」
「・・っ」

そんな総司の言葉に、ナマエはグッと唇を噛み締めた。

「ナマエ、」

握った手を下ろして、そのまま二人で向かい合った。俯いたナマエを、総司はそっと呼んだ。

「寂しい・・っ」

ふと漏れた言葉に、総司は優しく そうだね、と返す。初めの頃は、彼女が自分の中にいる事が嫌だった。彼女と自分を重ねられるのが嫌だった。

自分の事ではないのに、切なくて悲しくて愛おしくて、そんな自分の知らない感情を彼女伝いに感じる感覚が嫌だった。

だってそんな感情を感じたら、涙を流さずにはいられなかったから。でも彼女が前世の彼とようやく会えて、彼女が嬉しそうに笑うから、それで良かった。それは、紛れもない本心だった。

でも何処かで、彼女はまだ近くにいる気がしていた。自分を見守ってくれている気がした。

それがなぜか、今やっと気付いた。あれは、あの結い紐は、彼女の一部だった。だから文化祭のコンテストであんな言葉が出た。切なさも愛おしさも、新選組一番組副組長の名も。

そして、だからこそ彼女は自分の目の前に現れた。彼へ伝えるべく言葉を、教えてくれた。

でもそれが、本当に自分の元から去ってしまった。胸にポッカリと穴が空いた気がした。それはきっと、そこに彼女がいた証。

「ナマエ、」

ギュッと目を閉じたまま涙を流すナマエの頬を包んで、総司はナマエの瞳に口付けを落とす。

「ナマエ、」
「・・っ」

何度も名前を呼んで、何度も口付けを繰り返す。

「ナマエ、」
「先、輩・・っ」

ふとようやく目を開ければ、眩しいくらい優しく微笑んだ彼がいて、また頬を涙が伝った。

「僕が、ずっと傍にいるよ」

泣いたっていい。悲しんだっていい。だってその傍に必ず僕がいるから。

「君の、全てが好きだよ」

僕の全てを受け入れてくれた君が。

「私、も・・っ」

ナマエもそう言って総司の頬を優しく包み込んだ。

「貴方が好き・・っ」

今こうして貴方に気持ちを伝えられるのは、貴方と、彼女のおかげだ。

あの日彼が道場に来て私を見つけてくれなければ、彼女が私の前世でなければ、きっとこの瞬間はなかっただろう。

そう思えば、この気持ちは奇跡の塊だ。何も知らずにいた私には過ぎた物な気がするけれど、それでももう、忘れる事なんて出来ない。離れる事なんて、出来やしない。

「・・呼んで」

名前を。そう言うナマエに、総司はやっぱり優しく笑って、口付けを落としていった。

「ナマエ、」
「・・っ」

知らなかった。彼にもう何度も何十回も呼ばれて来た自分の名前。

「ナマエ、」

その一つ一つから、こんなに彼の気持ちを感じる事が出来るなんて。

「・・総司、」

だから私も彼の名前を呼ぼう。この気持ちが、少しでも貴方に伝わる様にと、願いながら。

「総司、」
「・・っそれ、反則」

彼がしてくれた様に、頬に、額に、そして唇に口付けを落とす。

「大好きっ」

だから、ずっと一緒にいよう。消えてしまった彼らの様に、例えこの身が風に消えようとも−−永遠に。

この奇跡を、手放したりなんか絶対しない。




その日、彼らはいつまでもその場所で愛を囁き合っていた。















fin...

ご愛読ありがとうございました!