「ごめんってば」
「・・・」
「ナマエーナマエちゃーん」

出場を終え、二人は衣装のまま体育館の外を歩いていた。口を聞かずに先に歩いて行ってしまうご立腹なナマエを、総司は困った顔で追い掛けた。

「でも、頬にしたでしょ」

本当は口が良かったけど、なんて言う総司に、ナマエは持っていた模造品の刀を抜いた。

「だから、ごめんって」

総司は自身も持っていた模造品の刀を抜いてそれを受け止める。そんな総司に ふん、と視線を逸らして、ナマエは刀を鞘にしまって歩き出した。

そんなナマエに少しホッとして、総司はその横に並んで歩き出した。

「でも、驚いたよ」

君も同じ衣装だったんだね、と言う総司にナマエはハッとした。

「出番、あったんじゃ」

そう言うナマエに総司は「まあね、」と笑った。

「だから出し物の手伝いはしなくていいって事だったんだけど」

こりゃ怒られるかな、と総司は苦笑いを浮かべた。そんな総司の言葉にナマエは思わず俯いた。

「別に、君がそんな顔する事ないでしょ」

僕が好きでやった事だし、と言う総司にナマエは複雑な表情を浮かべた。

「まぁ、君とステージに立てたから僕はいいよ」

楽しかったし、と笑う総司にナマエも頷いた。

「不思議な感じだった」

そう言って空を見上げたナマエに、総司も頷いた。

「もしかしたら、僕らの前世は新選組だったのかもね」
「・・うん」

新選組一番組副組長、何故そんな言葉が出て来たのか、今考えてもその答えは出て来ない。それに

『大好き、』

彼女が自分に言った言葉が頭から離れなかった。

「なーに、どうしたの」

彼を横目で見て、そう言葉を溢す総司を思わずジッと見つめた。

(ああ、そう言う事か)

途端変わるナマエの雰囲気に、総司もナマエをジッと見つめた。

「やっと分かった」

ナマエはそう言って、そっと目を閉じた。胸に手を当てて、そこにもう随分前からあった暖かさに触れた。

「ごめん」

ゆっくりと瞳を開いてそう微笑むナマエを、総司は何も言わずに見つめていた。

「貴方は、言ってくれていたのに」

ナマエはずっと言えずにいた。その言葉と感情がずっと重ならずにいたから。長い間バラバラだったそれらは、彼女の言葉と、彼女に抱き締められた時に流れて来た気持ちによって、ようやくナマエの中で一つになった。

「私、」

ナマエが言葉を紡ごうことした、その時だった。

「「!?」」

突然総司に襲い掛かる竹刀。彼はそれを模造品の刀で咄嗟に受け止めた。

「何かな、今いいところ何だけど・・っ」

総司は竹刀を受け止めながら思わずそう呟く。だがその竹刀の重さに思わず顔を顰めた。

「父さん・・!」
「!」

グッと押し込まれそうになった時、ナマエがそう声を上げて、総司は目を見開いた。

そしてその言葉に父さんと呼ばれたナマエの父はスッとその竹刀を引いた。

「・・・」

総司はそっと自分の手の平を見つめれば僅かに痺れていて、そっと口角を上げた。

「俺の一振りを受け止めるとは、中々やるな」
「まぐれですよ」

そう言って口元に笑みを浮かべた総司の目は笑っていなかった。

振り上げられたのが自分ではなかったら確実に病院行きレベルの一振りを目の前のナマエの父はかまして来た。

明らかな敵意に総司はナマエの父と言えども引きはしなかった。

「こんな所で何して、」

ナマエは思わず睨み合う二人の間に入ってそう声を上げた。

「お父さーん!」
「!」

ふと何とも緩い声が三人の耳に入って来た。

「母さんまで・・」

三人の元へ走って来る母さんと呼ばれたナマエの母の姿に総司は思う。スローモーションを見ている様だ、と。

「もう、置いて行くなんてひどいじゃない!」

ナマエの母は三人の元に着くなり父にそう言って頬を膨らませた。

「すまない、ナマエの姿が見えたから」

ついな、と父は頭を掻く。

「父さんに母さんも、何してるの」

そして痺れを切らした様にナマエが口を開いた。

「ナマエちゃん!」
「か、母さん・・!」

突然抱き締められたナマエは思わずそう声を上げた。

「あー会いたかったわー!」

ナマエの話しを聞かずに母はギリっとその首に回した手に力を込めた。音からしてとても感動の再会とは言えなさそうだ。

と言うかこのままだとナマエが逝ってしまいそうな状況に、総司はそっとナマエを締め付けている腕に触れた。

「お母さん、ナマエが」
「あらやだ!またやっちゃったー!」

ゴホゴホとむせ返るナマエに、総司は思う。ナマエの馬鹿力は遺伝もあるのだと。

「貴様、俺の嫁に触れたな」
「やだな、ちょっとだけですよ」

触れた内にも入らない、と言う総司に、父は竹刀を構えた。

「歯を食いしばれ・・!」

そんな父の言葉に総司はため息を吐く。そんなんじゃ防げないでしょ、と。

「あら、あららら」

そんな父を押し退けて、母は総司の顔を見るなりそう声を上げた。

「貴方、ナマエの道場に来た事あるわよね」
「!」

そんな母の言葉に、ナマエは目を見開き、総司はそっと頷いた。

「よく覚えてますね」
「イケメンは一度見たら忘れないのよ!」

力説する母に、ナマエは何の話しをしているのか、と問い掛けた。

「ほら、練習で遠くから来た子たちがいたじゃない!」

イケメン揃いだったからよく覚えている、と母は楽しそうに語った。だが残念ながらナマエにその記憶は全くない。

興味が無かった、と言えば一瞬で話しが終わるが、ナマエはそれよりも総司の言葉に驚いていた。

まるでその時の事を覚えている様な口調。

「まさか、」

そう言葉を漏らすナマエに、総司は困った様に笑った。

「それより!さっきのコンテスト見てたわよ!」

興奮気味に話す母にナマエは顔を赤くし、先ほどの話しは頭から飛んで行った。そして総司は だからか、と納得した。

この父もさっきのコンテストのナマエと総司を見ていた。なら最後の頬への口付けを見ていた訳で、だからこそこんなに自分に敵意を向けているのだと理解した。

「二人ともカッコ良かったわー!」
「そ、そんな事より!」

写真撮っていい?なんて言う母に、ナマエは無理矢理話題を変えようと声を上げた。

「いや、文化祭があるって言うからね」

来ちゃった、と笑う母はここにいる理由をそう説明した。

「どう、学校は楽しい?」

そう優しく母はナマエに問い掛ける。そんな母にナマエは照れくさそうに頷いた。

「彼女は人気者ですよ」

頷くだけのナマエに、総司はフッと笑って口を開いた。そんな総司の言葉に母はパァと表情を明るくした。

「そうなの!?」
「ええ、友達も多いですしね」
「あとは!?」

総司の手を掴みながら促す母に、ナマエは思わずため息を吐いた。

「あとは、生徒会と剣道部に所属しています」
「!」
「先輩・・!」

剣道部、それにナマエの両親が反応して、ナマエが声を上げた。

「僕が誘いました」

だがそれは予想の範囲内だった。そう言う反応が返って来ると分かった上でそう口にした。

「そう、剣道を」
「・・っ」

ふと母がそう言って目を伏せた。それにナマエは自分の手の平をギュッと握った。

「!」

そして、その手をそっと包み込んで総司は両親を見つめた。

「彼女はもう誰も傷付けません」
「先輩・・」

そう真っ直ぐ言う総司に、ナマエは思わず涙が出そうになった。

「だから、彼女から剣道を」

奪わないで欲しい、それはナマエの母の涙によって言葉にならなかった。

「やだ、ごめんなさい」
「母さん、」

そんな母の肩を父がそっと抱いた。

ナマエはそんな母に唇を噛み締めた。やはり自分が剣道をする事、それはこんなにも望まれていないのだと。

「つい、嬉しくて」

だが聞こえた言葉に、ナマエと総司は目を見開いた。

「あんなに好きだった剣道を辞めた時は、何て声を掛けて上げたらいいか分からなかった」

でも、と母は繋がれた手を見て微笑んだ。

「その言葉を、くれた人がいたのね」
「母さん・・」

そんな母にナマエはしっかりと頷いて、総司の手をギュッと握った。

「そう、良かった」

安心して帰れるわ、と母は心底そう言って笑った。

「・・・」
「・・・」

帰る、と母が言った途端、父が総司をジッと見つめていた。総司も何か言う訳でもなく、目を逸らす事なく父を見つめていた。

そんな二人をナマエは心配そうに見つめるが、母は大丈夫だとナマエの手を引いて校門へと足を進めた。

二人が去り、総司と父だけになったそこはシンとしていて、時折吹く風の音が僅かに二人の耳に届いていた。

「・・ナマエは」

ふと父が口を開いた。

「優しい子だ」
「・・知ってます」

そんな父の言葉に総司はそう真っ直ぐに答えた。それは彼が一番理解し、実感している物の一つだったから。

「ナマエが人気者で、生徒会で、剣道部か」

一緒にいた時のナマエからは想像出来ないな、と父は自嘲気味に笑った。

「なぜナマエを剣道部へ誘った」

剣道を辞めた時のナマエはもう二度とやらない、と言っていた。だから安心して、と。

「親ながら情けなくなったよ」

父はそう言って、もう遠い過去を見つめる様に空を見上げた。

「娘の一番好きな物すら、与えてやれないんだからな」

そんな父の言葉を、総司はジッと聞いていた。

「でも君は全て与えてしまったんだな」

こんな一年にも満たない僅かな時間で。それはナマエの表情を見れば明らかだった。きっとここでの暮らしを充実させているのだろうとすぐに分かった。

それほど家を出る前の彼女の表情は作り物だったから。自分たちの顔色ばかり伺って無理矢理笑っていた。

それが分かっていながらも、何も言えなかった。

「それは、違いますよ」

そしてそんな父の言葉に、総司はずっと閉じていた口を遂に開いた。

「確かに僕が剣道部に誘いました」

そして入部させた。半ば無理矢理だったがそれも今では良かったと思える。

「それでも友達も、剣道部や生徒会の仲間も、彼女自身が掴んだものです」

決して、自分でもが与えた訳ではない、と総司は言い張った。

「皆、バカみたいに真面目な彼女が好きなんですよ」
「・・君もか」

そんな父の試す様な言葉に、総司は笑った。

「当たり前じゃないですか」

そんな総司に、父は「そうか、」とだけ呟いた。

「だが、娘はまだやらん」
「硬い事言わないで下さいよ、お父さん」

ふん、と言った父に総司はそう言って口角を上げる。その途端、父は竹刀を振り上げた。

「貴様にお父さんと呼ばれる筋合いはない・・!」
「本当、すぐ竹刀振り回す所そっくりですねお父さん・・!」

父の竹刀を受け止めながら、総司はそう言う。そしてそれは、余りにも遅いと呼びに来た母とナマエに父が怒られる形で終息した。

「君ってお父さん似なんだね」

二人が帰った後、着替えと片付けを粗方終えてからの帰り道、総司が手首を摩りながらそう言った。

「顔は母さんに似てると言われる」
「まぁ、確かに」

でもその他は父似だろうと総司は思う。

「常に竹刀持ち歩いてる所とか」

総司の少しウンザリした様な言葉に、そんなに珍しい事か、とナマエは首を傾げる。

「・・ごめん」

ふとナマエが総司の手首に手を置いた。そんなナマエに総司はフッと笑う。

「大丈夫だよ、それに」

そう言って総司はナマエの頬を撫でた。

「障害物は早目に片付けておきたいしね」

総司の言葉にナマエは何の事だ、と首を傾げた。

「こっちの話し」
「!」

そう言って触れるだけの口付けをする総司に、ナマエは顔を赤く染めた。

「今更そんな赤くならないでよ」
「・・夕日のせい」

そんなナマエに総司は小さく「そう、」と言葉を漏らした。

「なら、そう言う事にしておいてあげる」
「・・っ」

そう言ってもう一度近付く距離に、ナマエは目を細めた。

そして二人は夕日に照らされながら、影を一つにした。