そして二日目が始まった。一般開放と言う事もあり、始まった途端校内は人に溢れていた。

そして人が溢れれば溢れただけトラブルも出て来る。それは一般客に浮き足立つ在校生も変わらなかった。

この日、あちらこちらで竹刀を掲げるメイドが目撃され、またナマエの伝説が一つ増えた。

「また今日は一段と忙しそうだね」

ナマエは悪さをしていたクラスメイトの首根っこを掴みながら教室へと戻って来た。

「先輩、」

客席に座った総司がそう言ってナマエを迎える。

うう、と涙ぐむクラスメイトを開放して、ナマエは竹刀をしまった。

「自分のクラスは」

言葉短くナマエがそう問い掛ける。彼のクラスだって何か出し物をしているはずだ。なのに彼は昨日といい今日といい、それを手伝っている様子は伺えない。

「ああ、僕はいいの。だって」

総司がそこまで言って、校内放送が始まるチャイムが鳴り響いた。

「只今より、体育館にてイケメンコンテストを行います。出場者の方は体育館にお集まり下さい」

その放送にナマエはもうそんな時間か、と思う。

イケメンコンテスト、それはただの人気投票ではない。先日の女装コンテストとは違い、各クラス一、二名の代表者を出し競い合う。謂わばクラス対抗の種目だ。

そしてその優勝クラスには学食券が進呈されると言う。そこでナマエはふと思った。そう言えばうちのクラスは誰が出るのか、と。

この件を決めていた時、ちょうど風間に呼ばれそのまますっかり忘れてしまっていた。

「代表者は早く体育館へ」

ナマエがそうクラスメイトに声を掛ける。だが返事をする者は誰もいない。不思議に思い、いつの間にか集まっていた千鶴、平助、龍之介へと視線を移した。

「ごめんね、ナマエちゃん」
「?」

千鶴は目の前で手を合わせそう言う。意味が分からず教室を見渡せば、千鶴以外の皆がナマエを見てニヤけていた。

「なんで私が・・」

強制的に体育館の裏へと押し込まれたナマエは思わずそう声を漏らした。

「お前ならイケるって!」
「そうだ!女って事でインパクトもあるしな!」

そんなナマエに平助と龍之介が握り拳を作りながらナマエに詰め寄った。

「学食券は、お前の手に掛かってる!」

龍之介の言葉にそう言うことか、とナマエは心で呟いた。祭り事が好きな平助がこうなっているのは理解出来たが、龍之介のテンションの高さには違和感を感じていた。

彼はどちらかと言えば面倒とか、どうでも、とか言いそうだったからだ。だが年中無休で金欠の彼からしたら、賞金の学食券は喉から手が出る程欲しいと言う訳だ。

そんな二人にナマエは思わずため息を吐いた。

「ごめんね、ナマエちゃん」

私じゃ止められなかった、と千鶴は再びナマエにそう言って謝った。

「・・大丈夫」

そんな千鶴にまぁ仕方ない、とナマエは微笑んだ。

「・・にしても、これは」

ナマエは用意された衣装を着て思わず首を傾げた。やたら身体にしっくり来る袴と、浅葱色の羽織。そして模造品の刀。

「泣く子も黙る、新選組だぜ!」

平助は楽しそうにそう言った。これもやはりクラスの衣装係の力作らしく、ナマエは どうりで、と声を漏らした。

「あとこれ、台詞な」
「・・用意がいいな」

こんな時だけ、龍之介に手渡されたそれを受け取って、ナマエは思わずそう呟いた。

そしてナマエはさっとそれに目を通し、懐にしまった。

「では、イケメンコンテストを始めます!」

司会の声がステージから聞こえた。そしてその合図にほぼ男子校とは思えない程黄色い声が飛び交った。

「一年一組代表、沖田ナマエ!」

そう呼ばれて、三人が声を上げる。ナマエはスッと目付きを変えた。

「ナマエ、ちゃん・・」

その瞳に千鶴は思わず魅入ってしまった。

「行ってくる」

そう微笑まれて、千鶴は頬を赤く染めた。

「なんで千鶴が赤くなってんだよ」
「だ、だってナマエちゃん・・」

凄くカッコいい・・、と千鶴は自分の頬を抑えずにはいられなかった。

そしてナマエがステージに現れると、その会場がシン、と静まり返った。

その中心で足を止め前を向く。そして俯いていた顔をゆっくりと上げた。途端、息を呑むような音にならない声で会場が騒つく。

見れば体育館を埋め尽くしていたのは殆ど女の子だった。様々な制服の女子生徒が体育館に座り、在校生の勝負の行方を見に来た者は殆どが立ち見か外から中の様子を伺っていた。

このコンテストは薄桜学園の一つの伝統行事の様なものだった。これを目当てに来場した者も少なくないだろう。

そしてナマエはスッと息を吸い込み、先ほど龍之介に渡された紙に書かれていた台詞を口にした。

「時代の流れは残酷だ。我々の様な刀を振るう事しか出来ぬ者に、その居場所は最早ないだろう」

そしてスッと腰に携われた刀に手を掛けた。

「だが私は戦う。例えこの先に滅びしかなかったとしても」

抜いた刀を天へと翳した。それは模造品とは思えない程怪しい光を放っていた。

「いい感じだな」
「徹夜で考えただけあったな」
「ナマエちゃんカッコいい・・」

裏方の三人がステージの横からその姿を見守っていた。

「私、は・・」

途端、ナマエの雰囲気が変わった。それに気付いた三人は思わず顔を見合わせる。

(なんだ、この感情は)

ナマエは脈打つ自分の心臓に戸惑っていた。哀しくないのに泣きたくて、痛くないのに苦しくて、胸がギュッと締め付けられた。

「私は・・誠の旗の下、戦い抜くと誓った」

それは龍之介から貰った紙には書かれていない言葉だった。

「仲間の道を、彼の道を・・切り開くと誓った」

その感情のこもった言葉たちに、会場はナマエに釘付けだった。

「この命が尽きようとも、ただ、貴方の帰る場所を護りたかった・・」

ナマエの脳裏に、色々な情景が駆け巡っていった。それは、ここではない何処か。ずっと昔の、誰かの記憶。

「!」

ふと、ステージ上にもう一人の人物が現れた。

「なんで、」

ナマエは思わず目を見開いた。ナマエと同じ浅葱色の羽織を靡かせた彼から、目が離せなかった。

「先、輩・・」

そんなナマエに総司はフッと笑って、ナマエと面と向かい合った。

「なら僕も、君の帰る場所を護りたい」
「!」

それは先ほどのナマエの言葉の続きの様で、ナマエはそのあまりにも優しい微笑みに涙が出そうになった。

「一緒に行こう、どこまでも」

総司がそう言ってナマエの頬に触れれば、会場から掠れる様な悲鳴が聞こえた。

「・・約束するよ」

総司のその言葉に、ナマエは僅かに目を見開いた。

「もう君を、一人にしないって」

それは、いつの日か見ていた夢の再現の様だった。

「・・っ」

ナマエは思わず涙を溢した。それを優しく拭って、総司は不敵な笑みを浮かべた。

そして模造品の刀を抜き、会場に顔を向けた。

「僕の背中、君が護ってくれるんでしょ」
「・・当然」

総司がそう目配せをして、ナマエはその涙を乱暴に拭いながらそう言った。

そして会場を向きながら二人で背中を合わせ、刀を構えた。

「新選組一番組組長、沖田総司」
「新選組一番組副組長、沖田ナマエ」

そう言って二人で視線を合わせて笑った。

「参る!」

ナマエがそう言って紹介を終えた途端、耳を塞ぎたくなるほどの黄色い声が体育館を包んだ。

それは体育館に止まらず、校舎にも響き渡っていた。

「・・・」

ナマエは思わず呆然と立ち尽くしていた。鳴り止まない歓声のせい?いや、違う。

「ナマエ、」

ふと優しく名前を呼ばれて、ナマエは隣の総司を見つめた。

「行こう」
「・・うん」

微笑んで差し出された手を、ギュッと握った。

「っ、」

途端、風が吹いた。思わず目を閉じて、そしてゆっくりと開いた。

「!」

ふと、目の前に舞う自分と瓜二つのその姿に、ナマエは息を忘れた。

「大好き、」
「・・っ」

それは優しくナマエを抱き締めて、そう言った。まるで彼女が探している言葉を、導く様に。

「ナマエ、」

総司の声にハッとした。気付けば先ほどの影はなく、総司の顔が間近に迫っていた。

「ぼーっとしてると、ここでキスしちゃうよ」

皆も望んでるみたいだし、と言う彼の言葉に会場を見れば、観客が目を輝かせて食い入る様に自分たちを見つめていた。

「・・っするか」
「ああ、していいんだね」
「!?」

違うと否定しようとしたが、それは言葉にならなかった。腰を引き寄せられ、その唇が当てられる。

途端、先ほどと比にならない悲鳴の様な歓声が響き渡った。

「・・っばか!」
「していいって言ったじゃない」

言ってない!と珍しく声を上げるナマエに、総司は楽しそうに笑った。