そして薄桜学園、同じ日取りで文化祭が行われる島原女学園共に日に日にその校舎内装共に華やかさを増し、開催が秒読みになっていた。

最終調整、各クラスの準備の進行率共に大きな遅れもトラブルもなく最後の大詰めに両学園は活気に沸いていた。

文化祭委員からの報告を纏め、ナマエは風間に報告をする。

「どうやら粗方仕事を終えた様だな」

ナマエから受け取った書類に目を通し、風間はそう言った。その言葉に僅かにホッとして、それでもナマエはその引き締まった表情を崩さなかった。

「二日間の学園の見回り、三日目の最終準備が残ってる」
「ああ、そうだな」

風間はそう言って掛けていた眼鏡を外し、背もたれにその背を預けた。

「いよいよ明日か」

椅子を回転させ、その窓から見える校庭を眺めて風間はそう呟いた。

そう、文化祭はいよいよ明日へと迫っていた。息つく暇もなく駆け抜けた二カ月がようやく終わる。

そう思うとまだ終わってない事があると分かっていても、ナマエの胸に達成感が生まれた。

当初彼に抱いていた僅かな懸念もこの頃にはすっかりなくなっていて、思わず口元だけで笑った。

「明日には天霧もこちらへ戻るそうだ」
「そう」

それは朗報だ、とナマエは思う。書類仕事はしても、校内の見回りなど流石に風間がやるとは思えなかったからだ。

でもそのくらいならいいか、と思えてしまう辺り、随分自分も彼に気を許したものだ、と思う。

「会長、ありがとう」
「・・なんだ急に」

椅子を翻してナマエを見る風間は怪訝そうだ。それでもナマエはそんな彼を真っ直ぐ見つめた。

「ここに、私を置いてくれて」
「ふん、ただの気まぐれだと前にも言っただろう」

そう言ってナマエの淹れた紅茶に彼は口を付ける。

確かに彼との出会いは最悪極まりなかった。彼の言葉で過去の柵さえも呼び起こされた。だけどそれで良かったとナマエは思う。

それが無ければ、その後総司にその感情をぶつける事もなかった。それが無ければきっと自分の中にはまだあの記憶が渦巻いていただろう。

でももう、自分の中にそれない。偶然の積み重ねだが、ナマエは彼に感謝していた。ほんの、少しだけ。

「・・あの時は済まなかったな」

ふと風間が視線を逸らしてそう呟いた。ナマエは珍しくしおらしくなる彼に首を傾げた。

「お前と、初めて会った時だ」

理解していないナマエに、風間はそう言葉を付け加えた。

『女の分際で刀を握るか』

彼には些細な嫌味程度だったが、彼女にはそうではなかった。風間が言いたい事が分かったのか、ナマエは「ああ、」と小さく声を漏らした。

「もう、平気」
「・・そうか」

そう言って僅かに笑うナマエに、風間もフッと笑ってそう言った。

「今日の仕事は終わった。お前も教室へ戻るといい」

風間の言葉にナマエは頷いてそこを後にした。

「・・・」

風間はナマエの淹れた紅茶に映る自分の姿を見つめ、背もたれへと寄りかかった。

「・・悪くない」

フッと笑って、窓の外を見つめた。そこには果てしなく綺麗な青空が広がり、明日の成功を予感させた。

そしていよいよ当日、生徒会長である風間の挨拶でその火蓋は開かれた。

「二年の教室は問題ない」
「そうですか」

ナマエは校内の見回りを共にする風紀委員である斎藤の報告を得てそう呟く。

「だが、当日だと言うのに忙しい様だな」

少しは楽しめているか、と言う斎藤にナマエは 仕事だからと、言葉を返した。

「それは、クラスの衣装か」

ふと斎藤がナマエの格好を見てそう呟く。ナマエの姿はメイド服に腕には生徒会の腕章、そして肩には竹刀をぶら下げていた。

「皆が、作ってくれました」

服を見つめながらそう嬉しそうに言うナマエに斎藤も思わず微笑んだ。

「似合っている」

とても、と言葉を付け加える斎藤に、ナマエは微笑んでお礼を言った。

「では、俺は体育館を見てくる」

そこでは部活の出し物、そして女装コンテストが行われる予定だ。残念ながら部長の斎藤も風紀委員で忙しい剣道部はその出し物を辞退したのだが、その他殆んどの部活がそれに参加していた。

そして今日は女装コンテスト、明日はイケメンコンテストが行われる予定だ。それはほぼ男子校ならでは出し物で、毎年盛り上がると言う。

今日は校内の生徒だけと言えど、放置する訳にもいかず、斎藤の言葉にナマエは頷いた。

「お願いします」
「ああ」

そう言って斎藤は体育館へと向かって行った。

「そろそろクラスを手伝わなきゃ」

そしてナマエは自分のクラスへと足を向けた。

「!」

そしてその教室の影が見えて来て、ナマエは思わず目を見開く。見間違いで無ければ、自分のクラスに長蛇の列が出来ていたからだ。

ナマエがそれに近付けば、並んでいた者がナマエに気付き声を上げる。なんだ、と思えば、教室から伸びて来た手に引かれてその身は中へと引きずり込まれた。

「龍、」

ナマエの手を引いたのは龍之介だった。ウエイター姿の彼は疲れた表情でナマエを見た。

「ったく、遅いぞお前」

そんな彼にナマエは小さくごめん、と呟く。

「ま、忙しいのも分かってるけどな」

仕方ないか、と龍之介は言う。

「とにかく、こいつら皆お前ら目当てなんだから気を付けろよ」

そこで気付いた。彼がなぜ引きずる様に自分の手を引いたのか。それは列の波にナマエが飲み込まれない様に、との事だったのだ。

「ありがとう、龍」
「別にいーよ」

大した事してねーし、と龍之介は笑う。そして龍之介は客に呼ばれて注文を取りに行った。

見れば注文を世話しなく取るクラスメイトの中に千鶴がいる。その顔には僅かに疲れが見えていて、ナマエは彼女に近付いて行った。

「千鶴、」
「あ、ナマエちゃん」

お帰りなさい、と笑う彼女にナマエは申し訳なく思った。

校内にたった二人の女子。それを目当てに彼らが来ている事は彼女も知っているだろう。だがナマエは他の仕事もあり教室を開けるともしばしばある。

きっと彼女の性格上、ならばここは自分がやらなければ、と思っただろう。

「代わる、少し休んで」
「で、でも」

千鶴はナマエだって遊んでいた訳ではない事は知っていた。だからこそナマエが休んでいないのに自分が休む事は気が引けた。

「ほら、」

これでも運動部だから体力はある、とナマエは言う。それこそ家から総司と全力で走って来ても息一つ乱さない程度には。

ナマエはそう言って千鶴の背中を押した。それに千鶴は渋々 少しだけ、と言って裏へと消えて行った。

それを見届けて、ナマエは呼ばれた机の注文を取りに、出来た料理を絶え間なく運んだ。

「・・・」

そしてこのメイド喫茶のメイン料理、オムライスを目の前にナマエはケチャップを片手に手に汗を握っていた。

オムライスを頼むと、申告制で店員にケチャップで何かを書いて貰える、と言うシステムがある。

それを現に頼まれた訳だが、自由に書いてくれと言われ今に至る。この前に頼んだ人たちはなぜかハートばかりで、ナマエは僅かに安堵していた。

だが机に座りそれを頼んだ男子生徒たちはナマエのそんな表情をドキドキしながら見つめていた。

「何か書いて欲しいものを言って頂けますか」

困り果てたナマエはオムライスを注文した彼に申し訳ない、とそう呟いた。自分の柔軟性のなさに哀しくなりながら。

「なら スキ、って書いてよ」
「分かりました」

ナマエは内心ホッとしていた。猫とかウサギとか絵を描いてくれと言われたらどうしようかと思っていたからだ。残念ながら不器用な自分に絵心は皆無だった。

だが文字ならいける・・!そう決意してケチャップを両手に握った時だった。

「!」

ふと後ろから手が伸びて、ナマエのケチャップを持つ手に重なった。

「先輩、」

驚いて顔を後ろへと向ければ、そこには黒い笑みを浮かべる総司がいた。そして彼は瞬く間にそこには文字を描いていく。

「ほら、召し上がれ」
「・・あ、はい」

なぜか男子生徒からスミマセン、と声がした。そこには血のりの様に 殺すよ、と一言だけ書かれていた。

そしてナマエは手を引かれ裏にある厨房へと入って行った。

「あ、ナマエちゃん・・と、沖田先輩?」

ナマエの姿に声を上げ、千鶴はその隣にいる人物に首を傾げた。

「こんにちは、千鶴ちゃん」
「こ、こんにちは」

そんな少し機嫌の悪そうな総司に、千鶴は戸惑いながらも挨拶を返した。

「ちょっとだけ彼女借りてもいい?」
「そんな時間はない」

総司の言葉に返事をしたのは、他でもないナマエだった。

「朝からずっと動きっぱなしでしょ」

いっくら探しても見つからないし、と総司はため息を吐いた。どうやら彼とは入れ違いの連続だった様だ。

「大丈夫ですよ」
「千鶴・・!」

そう言って立ち上がった千鶴に、ナマエは声を上げる。

「もうだいぶ休ませてもらったから大丈夫だよ」

だから行って来て、と微笑む千鶴に、ナマエは言葉を飲み込んだ。

「ありがとう」

ナマエがそう言えば、千鶴は うん、と笑った。

「全く、どうせお昼も食べてないんでしょ」

装飾された廊下を手を引かれながら歩いていた。そんな総司に、ナマエはなぜ知っているのか、と目を瞬かせる。

「ほら、」

そう言って段々といつも通りの殺風景な廊下を進んだ先の空き教室に入って、ナマエは驚く。

「これ、」

そこには外に出ている屋台や教室で売られている食べ物の数々が並べられていた。

「食べようよ、僕もお腹空いたし」

総司はそう言って壁に寄りかかって腰を掛けた。そしてナマエも促されるままその隣にゆっくりと座った。

「!」

そして二人で食事を始め、一口含んでナマエは驚く。それは熱を失って冷たくなり掛けていたから。

「先輩、」
「仕方ないでしょ、探すのに時間掛かっちゃったからさ」

その食事に文句を言うと思ったのか、総司は少し不貞腐れながらそう言った。

だが、ナマエの心の中は違っていた。きっと随分前からこれを買いに行ってここへ運び、きっと自分をあちらこちら探し回ったのだろうと、この食事たちから安易に想像出来た。

それに胸が温かくなって、小さく音を立てた。

「美味しい」
「・・そう」

そう微笑みながら食事を頬張るナマエに、総司も微笑んだ。

「行かなきゃ」

食事を終え時計を見てからナマエはそう言って片付けを始めた。

「もう少しゆっくりしたら」

食べたばかりだよ、と言う総司にナマエは首を横に振る。

「見回りもあるし、千鶴とも代わってあげないと」

そんなナマエに総司は思わずため息を吐きたくなった。本当に自分の事は後回しなのだから、と。

「!」

だから少し強引にその腰を引いた。そうすればナマエは元いた場所に座って、身体の左側がぴったりと総司にくっ付いた。

「五分だけ」
「っ、」

そう甘い声で言われ、頬を撫でられる。迫る彼の顔に、思わずナマエは目を細めた。

「んっ・・」

唇が重なる。すると直ぐにナマエの足を総司の手が撫でた。

「先、輩・・っ」

唇を僅かに離してナマエがそう言えば、物欲しそうな瞳がナマエを見つめていて身体が熱くなる。

「五分経ったら、止めるから」

そのままナマエの返事を待たずに総司は再び唇を合わせる。ナマエはその五分間、総司から与えられるその甘い刺激に声を上げ続けた。