「何をしている」
斎藤は廊下の角に集まった組長たちに声を掛ける。
「はじめくん、しーっ!」
その中の一人、平助が声を掛けた斎藤に振り向いて人差し指を立てた。
その言動に疑問を覚えながらも皆と同じ様に角からその先を覗いた。
「ナマエ?」
そこには何処かを見つめているナマエの姿。
「あの場所は、台所か」
「中で千鶴が料理してんだと」
原田の言葉にだからなんだ、と斎藤は思う。
「いやー春だなぁ」
新八の言葉を聞いても斎藤は一人状況についていけなかった。
「ナマエちゃん、彼女が気になるみたい」
総司が微笑みながらそう言う。その横顔からはイマイチ何を考えているかは計れなかった。
「あ、千鶴が出て来た!」
平助の言葉に皆が声を殺してその様子を伺う。
そして一つ二つ会話をした後、千鶴に手を引かれてナマエは台所へと入って行った。
「皆、そーっとだぞ!」
「新八さんまだ覗く気?」
総司の言葉に新八は当たり前だ、と声を上げた。
「あいつ島原にも行こうとしないし俺は心配してたんだ」
「あはは、凄く余計な心配だね」
「俺は見届けるぞ、あいつの恋を!」
それに便乗したのは平助だけだった。
「本当、おめでたいね。彼ら」
「まーまーそう言ってやんなよ、総司」
距離を縮めに行った二人を見て総司と原田が呟く。
「ま、俺も気になるし見に行くかな」
「僕も茶化しに行こうかな」
「ならば俺も同行しよう」
そう言って結局全員が台所の扉の影から覗く事になる。
「中々いい感じじゃねーか」
「ちょ、ぱっつぁん重いって!」
先に覗いていた新八が下にいる平助の肩に体重を乗せながら言う。
「へえ、味見させてもらってるんだ」
「おわ!」
「ぐっ!そ、総司・・重っ!」
新八に乗り掛かりながら総司は中の様子を伺う。そこには料理の味に目を輝かせているナマエと、それを微笑ましく見つめる千鶴がいた。
「楽しそうだな」
「ああ、」
その光景に原田と斎藤も思わず微笑んだ。
「ちょ、もう・・無理っ!」
ガッシャーン!と新八と平助が台所に雪崩れ込んだ。
「!」
「よ、よお」
目を見開くナマエと千鶴に軽く手を挙げる新八と平助。
「随分楽しそうじゃない」
総司がそう言って続々と皆が台所へ足を踏み入れた。
その人数の多さにナマエは更に驚いた様だった。
「"揃いも揃ってどうしたんです"」
「野暮用だよ」
総司の言葉にナマエは首を傾げるもそれ以上追求はしなかった。代わりに紙に一言書いて皆に見せた。
「"こんな美味しいご飯は初めて食べました"」
「こんなに喜んでもらったのは初めてです」
僅かに目を輝かせてナマエは伝える。ナマエの中で千鶴の料理は衝撃的だった様で、そんなナマエの言葉に千鶴もクスクスと笑った。
「えー俺も食べたいなー」
ナマエの絶賛振りに皆が千鶴の料理に興味を持った。
「良かったね」
珍しく優しくそう声を掛けて頭に手を置く総司にナマエは大きく頷いた。
「"ご飯が楽しみ"」
「あはは、大袈裟だね君は」
そう言いながらも総司は思う。今日は触るな、って言わないな、と。
それ程までにナマエの中で料理だけでなく千鶴と言う存在は大きな影響を与える事となる。
「そうだ、ナマエさん今日お暇ですか?京に来た時に美味しい甘味屋さん見つけたんです、一緒に行きません?」
千鶴の言葉にナマエは表情を明るくして頷いた。しかし、あ、と言う顔をして総司に視線を送る。
「"組長、午後出掛けてもいい?"」
「だーめ、なんて言うほど僕は意地悪じゃないよ」
行っておいで、と言う総司の言葉にナマエは頭を勢いよく下げた。
そしてキャッキャッとする二人を見て周りは思いに馳せる。
「・・なんか、羨ましくなって来た」
「俺も」
急にしょげる二人の背中を総司と原田が押す。
「ほら、もういいだろ」
「そうだね、邪魔者は退散しようか」
二人の言葉に新八と平助はえー、と不満の声を漏らす。
ふと総司が振り返ってナマエの楽しそうな横顔を見つめた。
「ちょっと、妬けちゃうなぁ」
フッと笑ってそう呟く。
「あ?総司なんか言ったか?」
「なーんにも。さ、行くよ」
その総司のそんな呟きを斎藤だけが聞いていた。