「ねえ、本当に覚えてないの」
「・・っ」

今日起きてからその質問を何度されただろう、とナマエは思う。

昨日、一口永倉が注いだお酒を飲んで、台所まで行った所までは覚えていた。だがその後が全く思い出せない。

そして起きたのは遅刻三十分前。その為久方ぶりに二人は全力疾走中であった。

「・・マリアンヌ」
「!?」

なぜその名を、とナマエは総司が呟いた名前に目を大きく見開いた。

それはナマエが心の中でだけ呼ぶ竹刀の名前だ。口に出した事は一度もない。なのに彼はその名を呼んだ。意味ありげに。

「本当に覚えてないんだね」

その反応に総司はそう呟く。マリアンヌ、基、竹刀の事でこの反応ならばその先を覚えている訳はないと思ったからだ。

「・・私は、何を言ってた」
「えー」

ナマエの言葉に総司はそう言って口角を上げた。

「教えてあげない」
「・・っ!」

あは、と笑う彼に、ナマエはマリアンヌを抜いて総司を追い掛けた。

そして今日は昼を挟んだ授業二時間分を使った島原女学園との合同授業が行われた。

「薄桜学園一年、生徒会の沖田ナマエと申します」


両学園の一年、二年が集まる中で、ナマエはマイクを片手に自己紹介をした。

「本日はパートナーの決定、そして衣装の寸法合わせを行います」

ナマエの仕事はその二つの集計、とても一人では行えない為、文化祭実行委員に手伝ってもらいながらの作業になる。生徒会の為その二つが必要のない彼女は自然と進行係りとなった。

だが男女の初顔合わせ。浮き足立つのが自然だ。案の定、ナマエが話しているにも関わらず、その場はガヤガヤと騒がしかった。

「おら!お前ら少しは静かに」

思わず同伴の土方がそう声を上げた時だった。

「!」

キーン、と高いマイクのハウリングがそこに響く。それに喋り通していた生徒たちは耳を塞ぎ、そして音の発生元である壇上のナマエを見つめた。

「時間を、無駄にする気か・・?」
「・・・」

彼女の手にはいつの間にかその愛刀が握られていた。見下ろす瞳からは殺気が漏れ、その場は静まり返った。

ナマエは薄桜学園では既に有名だった。流れた噂は数知れず、またそれはぶっ飛んだものも多かった。

原因は総司と、生徒会長である風間。教師でも手を焼く二人をキレてひれ伏せて公正した、と。それが事実とは少し異なっていようとも、ナマエの一つの武勇伝だった。

そんな彼女がそう言えば、口を開く男子生徒はいない。その異様な空気に女子生徒も思わず押し黙った。

「・・一時間目は寸法合わせをお願いします」

静かになった場で、ナマエは何もなかったかの様にそう告げた。

そして複数の列になってそれは始まった。ナマエも一つの列の先頭に君臨し、その作業に入った。

「お疲れ様、ナマエちゃん」

昼休みに入り合流した千鶴がそう言ってナマエを労った。そこには総司、平助、龍之介の他に、女学園の生徒が二人いた。

「私、二年の鈴鹿千」
「一年の鈴鹿子鈴です」

ナマエの視線に気付いた二人が、徐ろに自己紹介を始めた。

「一年の沖田ナマエです」

ナマエはそう言って頭を下げた。そんなナマエに千は微笑んだ。

「千鶴ちゃんから貴女の話しは聞いてたわ」

どうやら彼女たちは元々千鶴の知り合いの様だった。そして千はほぼ男子校の様な薄桜学園に通う千鶴を心配していた。

だが先ほどの壇上での挨拶や、今の立ち振る舞いを見てホッとしていた。この子がいれば大丈夫だろう、と。

そして一度会ってみたかった、とナマエの手を取った。

「宜しくね、ナマエちゃん」

彼女はそう、爽やかな笑顔をナマエに向けた。それにナマエも宜しくお願いします、とやはり頭を下げた。

「もう、またそんな頭ボサボサで!」
「なんだよ、うるせーなぁ」

そしてその後ろで龍之介と子鈴がそんな言い合いをしている。世話を焼く子鈴に、龍之介はまた始まったと言わんばかりにため息を吐いた。

そう言えば彼はもうパートナーが決まっていると言っていた。彼女の事か、とナマエは瞬時に思った。

そして千鶴は平助と踊る事に決めていた。そして決まってないのは千と総司。会話もそんな話題になって、総司に千はニヤッとしながら口を開いた。

「覚悟した方がいいよ、沖田総司」

そんな千の言動に総司はなんの事か、と首を傾げた。

「貴方の相手がいない事はうちでももっぱらの噂。次のパートナー決めは謂わば争奪戦よ!」

ビシッと指を指して千は楽しそうに笑った。

「はぁ、面倒だな」

総司はそう思わず本音も漏らす。そしてナマエを横目に見る。その横顔からは特に感情の変化は見られず、既に先程集計した寸法の書類を確認していた。

「僕も裏方で良いんだけどな」

君もいるし、と総司はナマエの肩を抱いてその書類を取り上げる。あ、とナマエが小さく声を漏らして、何をするんだと総司を見つめた。

「今は休憩中でしょ」

少し休みなよ、と言う総司の言葉に、ナマエは少しハッとして頷いた。

「・・千鶴」

そんな光景を見て、千は千鶴に耳打ちをする。

「二人は付き合ってるの?」
「付き合ってはいないみたい」

苦笑いをしながら言う千鶴に、訳ありなのか?と千は思う。だがこの光景を見た女学園の生徒の多くが悲鳴を上げるだろう、と思った。

それほど島原女学園での総司の認知度、人気度は斎藤と共に群を抜いて高かった。

「ほら、ちゃんと食べなよ」
「・・自分で食べれる」

昼ごはんを広げても尚、二人のそんなやり取りが続いていた。自分のお菜をナマエの口元に持っていったり、風に髪が靡けばそれを撫でたりと、総司のナマエに対する過保護さに千は驚いていた。

「ナマエちゃん最近忙しくて疲れてるから、心配なのかも」

日に日に過保護さが増すのを見ている千鶴は、そんな千たちにそう漏らした。

千が総司を見たのは去年のダンスパーティーだ。パートナーも決め、衣装も合わせた。なのに、彼が当日来る事はなかった。

パートナーの女の子が泣いていたのを同級生である千は慰め、次の日抗議に向かった。だが彼は心底面倒くさそうな表情を浮かべ、そして笑った。

具合悪くてさ、ごめんね。そこに悪びれる様な感情は入っていなかった。あの時から千は正直総司が嫌いだ。

だからこの後女子生徒に揉みくちゃにされる彼を想像して思った。ざまぁみろ、と。

だが目の前の彼は一年の前の彼とは別人の様だった。彼の本来の顔はこちらで、自分たちが見ていたものは貼り付けられた物だったのだと知る。

「パートナーが決まった方は私、もしくは文化祭実行委員へと申し出て下さい」

昼休みも終わり、次の時間が始まった。

「!」

ナマエの言葉が終わると、女子生徒が凄まじい勢いで走り出す。その先には千が言った通り総司と斎藤の姿。彼らの周りには十数人規模の女子が群がった。

それに僅かに驚きながらナマエは思う。これ程か、と。だが思ったのはそれだけで、自分の仕事に直ぐさま移った。

(どうしたもんかな)

総司はひしめき合い次々と声を掛けてくる女子たちにそんな事を考えていた。

正直、去年ダンスパーティーを当日ドタキャンした事により今年は言い寄られないとすら思っていた。それを目的に去年そうしたと言っても過言ではない。

この中から一人を選ぶ?そんな事は出来ない。だって自分が選ぶとしたら、常に一人の顔しか浮かばないから。

総司の頭の中はもはや誰かを選ぶと言うより、この場をどう切り抜けるかにすり替わっていた。

「ん?」

そんな中、近くに先程の千と子鈴を見付けた。子鈴は龍之介がパートナーと決まっている。千は辺りを見ながら未だにパートナーを決め兼ねている様だった。

それを見て総司は僅かに口角を上げて、口を開いた。

「ごめんね、僕はもうパートナー決まってるんだ」

そんな総司に周りの女子生徒が誰か、と問い掛ける。そんな大衆の声の変化に気付いた千と子鈴もこちらの様子を伺っていた。

「あそこにいる、鈴鹿千だよ」

総司が指差した方を皆が一斉に見つめる。

「・・は?」

瞬く間に注目の的となった事に千は思わずそう声を上げた。そして総司は女の子の間を通り千の前へと歩いて行った。

「だから、ごめんね」

千の隣に並んで総司はそう女の子たちに笑顔を向けた。途端に鳴り響く悲鳴。倒れる女子生徒もいた。

「ちょ、ちょっと!どういう事よ!」

事態について行けない千は総司にそう詰め寄る。そんな千に総司は ああ、と声を漏らした。

「面倒だったからね」
「あんた・・!」

そう嘘くさい笑顔のまま言う彼を、千は思わず睨み付けた。そんな千に総司は それに、と言葉を付け加えた。

「君なら当日もし僕が来なくても泣いたりしないでしょ」
「!」

わざわざ抗議に来る子もね、と言う総司は冷たい笑みを浮かべた。

(こいつ、やっぱり嫌い・・!)

だが千の心とは裏腹に、パートナーは決まった。