「きゃ!」
「!」

総司が先ほどのナマエの言葉の続きを考え始めた頃、玄関でドンっと大きな音とナマエの小さな悲鳴が聞こえた。皆が驚いて肩を揺らし、その顔を見合わせた

「ナマエ!」

総司はハッとして玄関へと駆け込む。目に入って来た光景に目を開いて、そして見る見るうちに顔を顰めていった。

「・・永倉先生、何してるんですか」

そこには玄関を開けたままナマエを押し倒している永倉の姿があった。ナマエは僅かに首を仰け反らせ、総司に助けを求めた。

「お!総司!お前もいたのかー!」

ふと総司の声に永倉が勢い良く顔を上げた。その顔は見るからに赤く、この距離でも酒の臭いがした。

「あ、新八!こんな所にいやがった・・って」

そして外から慌てた様に原田が顔を出す。そして目の前の光景に頭を抱えた。

「いやー私服のナマエが可愛くてついな!」

ナマエの家に二人も上がって、あはは、と笑う永倉に総司はついじゃ済まないですよ、鋭い視線を向ける。

「悪かったな、ナマエ」

原田はそう言ってナマエの頭を撫でる。そんな原田にナマエは いえ、と短く言葉を返した。

どうやら外で飲んでいた帰り道に原田が女の人に声を掛けられ、足止めをされた。だが永倉には目もくれなかった事に落胆して彼は歩き出した。

そしてふと目に入った学園の寮で、適当に突撃したらナマエの部屋だった、と言う事らしい。

「なんだよ!飲み会があるなら俺を誘えよ!」

平助の肩を力任せに揺さぶりながら永倉はそう訴える。

「やめ!首!が・・折れ、る!」
「飲み会じゃないしなー」

揺れる平助を無視で、龍之介は永倉の言葉にそう返す。

「なら飲め!」
「は!?」

そんな事を言い出して、永倉は袋に山ほど入った酒を机に並べた。

「未成年です」
「わ、私もお酒は」
「僕も遠慮しとく」

ナマエと千鶴、そして総司が断る中、男子二人はどれにしようか、と品定めをし始めた。

「いてえ!」
「な、何すんだよナマエ!」

途端振り下ろされる竹刀。それは二人の手を叩き落とした。

「未成年だろ」
「「・・はい」」

竹刀を持ったままナマエにそう見下ろされ、二人は渋々お茶を飲む。

「まーまー!硬いこと言うなよナマエ!男には飲まなきゃならねぇ時があんのさ!」
「・・そうなんですか」

永倉にそう言われ、ナマエは不服そうにそう呟く。

「さ、お前も飲めって!」

そう言って空いたグラスに永倉は焼酎をドボドボと注いでいく。

「そうやって飲むものじゃないと思うんだけど」
「だな」

総司と原田はそう言ってため息を吐く。そして永倉はそれを手に持ってナマエの肩を掴んだ。

「さあ、今が飲まなきゃいけない時だナマエ!」
「・・飲まなきゃ、いけない時」

ナマエはそのグラスの中身を見つめ、思わず手に汗を握った。

「君は、男の子じゃないでしょ」

スッと取り上げられたグラスに、ナマエは あ、と小さく声を上げた。

「なんだよ総司!お前は見たくないのか!?酔っ払ってにゃんにゃんなるナマエを!!」
「・・もう黙ってよ永倉先生」

肩を掴まれた総司は、うんざりしながらそう言った。そんな永倉の言葉にナマエは僅かに首を傾げた。

「確かに、ナマエが酔っ払ったらどうなるんだろーな」
「あは、竹刀振り回すんじゃねーの!」

ふと龍之介と平助が冗談交じりに笑いながらそんな会話をして、ふとナマエを見つめた。

「・・何」

ジッと二人に見つめられて、ナマエは思わず顔を顰めた。

「・・止めとこう」
「ああ、命がいくつあっても足りねーよ」

何の話しだ、と急に大人しくなった二人に問い掛けても、答えは返って来なかった。

「ほら、お前らもうこんな時間だぞ」

いいのか、と問う原田に、千鶴は時計を見て慌てて立ち上がった。

「大変、明日も学校なのに」
「えー別にいいじゃんたまには」

そんな千鶴に平助はそう不満気に言葉を漏らす。

「平助くん!」
「分かった!分かったってば!」

だからそんな怒るなよ、と平助は千鶴を宥める。そんな平助に千鶴は もうっ、と頬を膨らませた。

「俺も帰るかな」
「悪いな、ナマエ」

邪魔したなと原田と龍之介も立ち上がる。

「俺は帰らねーぞ!ナマエに飲ませるまで・・!」
「早く帰りなよ」

そんな永倉を総司はそう言って突き飛ばした。どうやら今日この短時間で色々と根に持っている様だ。

そして永倉も原田に引きづられ、ようやく帰って行った。

「・・・」

少し名残惜しそうに玄関に立ったままのナマエに、総司はその頭にポンと手を置いた。

「今度は、こっちから誘おうか」

食事会、そう言って総司が笑えば、ナマエも嬉しそうに微笑んで頷いた。

そして部屋に戻り総司はソファーへ、ナマエは机にの横に腰を下ろした。

「・・そう言えば」

ふと、総司が突然そう話しを切り出した。ナマエはそんな総司の言葉の先を瞬時に想像して肩を揺らした。

「・・僕、まだ何も言ってないけど」

そんなナマエの反応に、総司はソファーから腰を下ろし、ゆっくりとナマエに近付いた。

「・・っ」

そしてそんな近付いく総司の気配に耐え切れず、ナマエは目の前のグラスに口を付けた。

「あ、それ」
「!?」

ゴクッと飲み込んだ途端、ナマエが目を見開いてそれを口から離す。そして喉元を抑えながらゴホゴホと噎せ返った。

「何してるのかな、水はこっちだよ」

ナマエが口にしたのは永倉が先ほど注ぎ込んだお酒だった。

総司は呆れた様にそう言って、もう一つのグラスをナマエに手渡す。ナマエはすぐさまそれを受け取って、一気に飲み干した。

「・・喉、痛い」

一口だけにも関わらず、喉元に走った熱にナマエはその目に涙を浮かべた。

「ほら、大丈夫?」

総司が背中をさすってそう問い掛ければ、ナマエは小さく首を縦に振った。

そして冷蔵庫に水を取りに行こうと立ち上がって、眩暈がした。

「ナマエ・・?」

立ち上がったは良いものの、額を押さえてそれ以降動かないナマエに総司は首を傾げる。

「ん・・平気、」

そのまま台所まで歩いて行くナマエを総司はジッと見つめる。本当に大丈夫か、と。

「!」

そして台所に着いた途端、ダン!と大きな音を立ててナマエが手をつく。それに総司は目を見開いて、思わず歩み寄った。

「ナマエ?ねえ、」

そう言って肩を掴む。するとナマエは総司のその手をすり抜け、部屋へと戻って行った。どうしたのか、とその姿を目で追えば、ナマエは崩れる様に座り込んだ。

「ちょっとナマエ、」
「・・ぬ」

返事くらいしてよ、と言葉にしようとした総司は、僅かに聞こえたナマエの声にその口を閉じた。

「可愛い、私のマリアンヌちゃんっ」
「!」

そしてそう言って自分の竹刀に頬を寄せるナマエに、総司は目を見開いた。

「本当可愛い、ああー早く今すぐ誰かと試合したい」

貴女もそうなの?一緒だね、と竹刀と会話を始めたナマエを、総司はソファーに座り直して「へぇ、」と声を漏らし、楽しそうに眺めた。

「前にいたディーンはね、すんごく格好良かったんだよー」

捨てちゃったけど、と今度は泣くように顔を覆った。そして総司は思う。ディーンとは、前に持っていた竹刀の事か、と。

「でも今はマリアンヌがいるから、私は大丈夫。慰めてくれるの?ありがとうマリアンヌっ」

これは喜劇か、それとも悲劇か。目の前の彼女は竹刀と抱き合っていた。

「・・ん、喉渇いた」
「!」

ふとナマエがそう呟いて机の上のグラスを見付けた。スッと手を伸ばすナマエに、総司は慌てて立ち上がった。

「だから、それは・・!」

だが総司が止めるより早く、ナマエはそのグラスを口に付けた。

「・・うん、美味しい」
「・・あーあ、」

僕知らない、と呟く総司に気付いていないのか、ナマエは少しずつそれを飲み始めてしまった。マリアンヌと会話しながら。

「何か甘い物欲しいねマリアンヌ」

そう言ってナマエは再び台所へと歩き出す。

「わ、・・っと」

だがマトモに歩けるはずも無く、その腕を総司が掴んだ。

「んー?」

そしてナマエはその腕を辿って、自分の腕を掴んだ人物を見上げる。

「あ、せんぱいっ」
「・・はぁ」

そう言って笑うナマエに、総司は思わずため息を吐いた。明らかに目が座っている。

「ふふっ」

ナマエは楽しそうに総司の首に手を回し、引き寄せてその首筋に顔を埋めた。

「先輩の、匂いがする」
「・・っ」

ナマエはそう言って総司の首筋に顔を寄せる。その気配に総司は思わず顔を歪めた。

「!」

そして足元に何かが当たり、バランスを崩して後ろに倒れこんだ。

「っ、ナマエ大丈、夫」

その場に座り込む様な形で倒れた総司は、ナマエの背中を支えながらそう言った。だがそんな総司のその言葉は、途中でナマエに飲み込まれた。

「ん、・・っ」

首に手を回され、深い口付けをナマエは繰り返す。総司はそんな甘い刺激と僅かに香る酒の匂いに目が眩んだ。

「・・暑い」
「!」

そう言ってナマエは上に着ていたシャツを脱ぎ捨て、再び口付けを始める。息つく暇も与えないナマエの口付けに、総司はその腰をギュッと抱き寄せた。

「・・私、前から思ってたけど」

ふとナマエが唇を僅かに離して話しを始めた。

「先輩こういう事、慣れ過ぎ」
「・・何でそう思うのかな」

そんな総司にナマエは頬を膨らませ呟く、何と無く、と。

「きっと私以外とも・・どうしようマリアンヌ、私泣きそう」

総司は思う、マリアンヌのおかげで雰囲気が台無しだ、と。そんなナマエに小さくため息を吐いて、コツンと額を当てた。

「前に言ったでしょ、他の子とデートもした事ないって」

それは二人が初めて出掛けた時に入ったファーストフード店での言葉だった。

「なのに、それ以上をした事ある訳ないよ」
「・・嘘だ」

そんな事あるはず無いと、ナマエは呟く。

「・・じゃなきゃ、なんで先輩に触れられると熱くなるの」
「!」

ナマエの絞り出す様な言葉に総司は僅かに目を見開いた。

「熱くなって、おかしくなって、でもそれが嫌じゃないなんて」

もっと、して欲しいと思うなんて

「私、は」
「ナマエ・・」

潤んだ瞳が真っ直ぐに総司を捉えた。総司は息をするのを忘れ、ナマエの言葉を待った。

「総司、」
「!」

どくん、と胸が大きくなった。速まる鼓動が身体全体を熱くして、ナマエから目を離せない。

「私、貴方の事が」

ナマエの唇が耳元へと近付いていく。吐息が肌を掠めて、総司は思わず顔を歪めた。

「・・・」

だがいつまで待ってもその後の言葉は出て来ない。それどころか肩に重みを感じて、総司は嫌な予感を感じた。

「・・ナマエ?」

だが返事は無く、代わりに小さな寝息が聞こえて来た。この状況で、ここまで言っておいて。総司はそう思って思わず天を仰いだ。その顔を手の平で覆いながら。

「本当に、君はズルいよ」

熱を持った頬は、冷める気配がない。それは偏に君のせいだと、総司は心で呟いた。

「ふふ、先輩・・」

それでもそんな幸せそうに自分の名を呼ばれたら、何も言えなくなる。

「可愛いから、許してあげるよ」

その身体をギュッと抱きしめて、そう言って軽くキスをした。