「君の所出し物何やるの?」

ナマエの部屋。ほぼ総司の作った夕飯を食べながらそんな話しをしていた。

「メイド喫茶」
「結構王道だね」

総司の言葉にナマエはそうなのか、と思う。出し物はあの後色々案が出たが、学園で唯一女子のいるクラスという事でそれを活かしたものにしようという事になった。

その結果がメイド喫茶だった訳だが、それに対してナマエは特段何かを思う事はなかった。

「あ、そうだ」

そして総司は話の流れで何かを思い出したかの様に声を上げた。

「パートナー、空けといてね」

それは三日目のダンスパーティーの話しをしているのだろうと瞬時に察した。

「無理」

だがそうナマエは短く返事をする。それに総司は僅かに目を見開いた。

「生徒会は毎年裏方をやってるらしいから」

ナマエはそう言ってその言葉の理由を付け加えた。

ダンスパーティーは生徒たちの打ち上げの場。卒業の概念が有るのかないのか分からない生徒会はその年齢などを考えて裏方を任されていた。

と言っても殆ど天霧と嫌々不知火がやっている状況なのだが。

「ふーん、つまらない」

総司はナマエの言葉にダンスパーティーへの興味を一気に無くした様にそう呟いた。

生徒会が裏方なのを知ったのはあの授業の後の事だった。原田は授業が終わるとナマエに近付き、申し訳無さそうに言ってナマエの頭を撫でた。

それでもナマエは差して気にもせずに大丈夫だと答えた。周りの千鶴や平助、龍之介の視線に気付きもせずに。

そこからのナマエは忙しいの一言だった。彼らが学園で会える時間は昼間の十五分程度。それも食事が終われば仕事があるから、とナマエは動き回っていた。

「ナマエ、各クラスの予算配分は終わったか」
「これ」

生徒会室、どうやらこの時期だけは風間も働く様で、机に座りっぱなしだ。やる事が多いのは勿論だが、原因はもう一つあった。

「ったく、このクソ忙しい時期に天霧のオッサン帰っちまうしよー」

そう、生徒会一働き者の天霧の不在。彼も名家の家の者らしく、その家でどうやらトラブルがあった様で実家に帰って行った。

申し訳ありません。彼は深々と頭を下げ、後ろ髪を引かれながら去ってしまった。

「気まぐれでお前を生徒会に入れておいて良かったな」
「本当だな、ナマエが居なきゃ今年の文化祭は中止だったぜ」

珍しく風間もそんな事を漏らし、不知火の言葉にナマエはその責任の重さを感じて一層働いた。だが殆どの事が初めてやるものばかり。時間はいくらあっても足りなかった。

「お疲れ様」

自宅に到着してソファーに雪崩れ込むナマエに総司はそう声を掛けた。そんな総司の声にナマエは返事もしない。それ程ナマエは疲れていた。

ナマエはソファーに仰向けになり、その腕で目元を覆った。総司はそんなナマエの寝転んだソファーの僅かな隙間に腰掛けて、その髪を撫でた。

「!」

するとナマエがその手を掴む。総司は僅かに驚いて、でもその握られた手をそっと握り返した。

「・・少し、だけ」

そう横向きになったナマエからか細い声が聞こえた。総司がフッと微笑んだ時には、既に寝息が聞こえていた。

「おやすみ」

そっと触れてその頬に口付ける。彼女が制服のまま寝転び、こんな風に甘えたのは初めてだった。それ程に疲れているのだと改めて思う。

総司は目の前の無防備な寝顔に思わず顔が綻び、しばらく見つめていた。




「なぁー飯まだかー」

ある日の夜の事。ナマエの部屋には人がひしめき合っていた。そんな中、平助が机に頬杖を付いてそう声を上げた。

「なら手伝いなよ」
「働かざるもの食うべからずだぞ平助」

そんな平助に台所に立つナマエと千鶴を手伝う総司と龍之介が答える。

「もう直ぐ出来るよ」

二人に責められる平助に、千鶴が振り向いてそう声を掛けた。

「おおー!飯!」

そして目の前に次々と並べられる料理に平助は目を輝かせる。

「にしても、鍋の時期は早くねーか?」
「なら井吹くんは食べなくていいよ」

龍之介の言葉に総司がそう言うと、いや食うけどさ、と言葉を返した。

「私、鍋しか作れないから」
「でもさっき味見したら凄い美味しかったよ!」

ナマエの呟きに、隣に座った千鶴がそう言って微笑んだ。そして五人で手を合わせ、食事を始めた。

この食事会の発端は千鶴だった。忙しくしているナマエの気分転換、と言う名目で集まった。そこに平助と龍之介が加わり、総司も誘おうという事になって今に至る。

ふと総司がナマエを見ると、友達とゆっくり話せるのが久方ぶりだったからか、その横顔はとても楽しそうだった。

それに僅かにホッとして、総司も料理に手を付ける。

「お、うま!」
「お前ら料理出来たんだな」

平助と龍之介は感心して次々と料理を口に運ぶ。そんな二人にナマエと千鶴は顔を見合わせて笑った。

そしてあれ程作った料理は空になり、片付けは自分たちがすると総司と龍之介が言って、平助と三人で片付けを始めた。

「ほら平助、早く洗いなよ」
「次コレなー」
「なんで俺ばっかり!」

そんな声が台所から聞こえて、ナマエと千鶴は座りながらその様子を眺めていた。

「ナマエちゃん」

ふと千鶴がナマエを呼んだ。隣に座る彼女を見れば、少し申し訳無さそうに俯いていた。

「ごめんね」

突然の謝罪にナマエは首を傾げる。そんなナマエに千鶴は顔を上げて真剣な瞳を見せた。

「風間先輩の事、」

そう言う千鶴に、ナマエは「ああ、」と声を漏らした。

「私のせいで生徒会に入って、最近凄く忙しいみたいだし」

そう言う千鶴の言葉に、ナマエは確かに、と思わず笑った。

「別に、千鶴のせいじゃない」

私の自己満足、そう呟かれた言葉は、生徒会に入る事になった時に総司に言われた言葉だ。

あの時はただ腹が立ったが、冷静に考えれば彼の言葉は的を得ていて、悔しい思いをした事を思い出した。

「それに、楽しい」
「ナマエちゃん・・」

ナマエの思っても見なかった言葉に、千鶴は驚いていた。でもそれが千鶴を安心させる為だけの言葉じゃない事は、ナマエの表情を見れば明らかだった。

「ありがとう」

そう言って笑う千鶴に、ナマエも微笑み返した。

「ああー疲れたー」

二人がそんな話しをし終わった頃、平助がそう言って机に項垂れた。

「最初に手伝わないからこうなるんだよ」
「そーそー」

そう言って後から二人が机を囲んで腰を掛ける。

「にしても、お前らが隣の家だったなんてなー」

ふと平助がそんな今更ながらの事実を口にした。

「君たちだって家隣じゃない」
「まぁ、そうだけど・・」

総司が飲み物を口にしながらそう言えば、平助は少し照れたように言葉を濁した。

「じゃあ良く飯食ったりすんのか?」

龍之介の言葉にナマエは無言で頷いた。

「僕が押し掛けてるんだよ」

それを訂正するかの様に総司はそう言った。それに龍之介は成る程と、呟く。彼ならやり兼ねない、と。

「僕はナマエに嫌われてるしね」

フッと笑って総司が冗談交じりにそう言った。その言葉にナマエは思わず怒りを込めて机を叩き、勢い良く立ち上がった。

「私は、貴方の事・・!」

そのナマエの言動にその場が静まり返った。

「・・え?」

そしてその疑問を口にしたのは他でもない、ナマエ自身だった。それに周りは勿論、総司も珍しく驚きを隠し切れていない。

よく分からない沈黙が部屋を包んだ。

「!」

そんな時、部屋のインターホンが鳴った。それに反応したナマエは、「出て来る、」と逃げる様に玄関へと向かって行ってしまった。

「えーと、」
「あー、な」

平助と龍之介がお互い顔を見合わせて言葉を探す。チラッと総司を見れば、その手で顔を覆う彼の姿があって、二人はニヤッと笑った。

「・・今、話し掛けたら殺すよ」
「「!?」」

そんな二人の気配を察知したのか、総司は指の隙間からその光る瞳を二人に向ける。それに二人は肩を震わせて口を閉じた。

「・・はぁ」

総司は手を口元に移動させて思わずため息を吐いた。

冗談、だった。後でナマエが皆から根掘り葉掘り聞かれたりするのが面倒だと思ったから、あの言葉を口にした。

自分を悪者にしておけば楽だ。僕らの関係は、とても健全とは言えないから。

(でも、まさか・・ね)

僅かに怒りを含めた様に聞こえた彼女の言葉は、余りに衝撃的だった。きっと、彼らがが居なければ・・そんな事を考えずにはいられなかった。