「・・・」

風間は柱に身を隠し、廊下の様子を伺っていた。

(何故俺がこの様な真似を)

心で僅かに舌打ちをした。だがその意識は周囲に集中したまま彼は一人の人物を探していた。

「!」

そして風間は目当ての人物をその視界に入れて思わず気を緩める。

「ちず」
「会長」

彼女を呼び止めようとして声を上げた。だがそれは背後からの気配と言葉に遮られた。

「まだ仕事が残ってる」
「くっ・・待て!せめて一目だけ!」
「今見たでしょ」

首根っこを竹刀で釣り上げられ、彼は廊下を引き摺られて行く。そこに以前の様な傍若無人な彼の姿は残念ながらなかった。

ナマエが生徒会に入ってから一週間、土方や総司の心配を他所に彼女は生徒会の一員として忙しい日々を送っていた。

主な業務は彼の監視。千鶴の為にと引き受けた事だったが今では天霧や不知火、土方からも感謝される現状にナマエは今までの風間に思わずため息を吐く。

「文化祭が二ヶ月後に迫ってる、遊ぶ暇はないと思え」
「貴様、俺はお前の主人だぞ・・!」

生徒会室にて、その馬鹿力に椅子へと座らされた風間はキッとナマエを睨む。

「仕事してから言え」

バン、と書類が机に置かれ風間は思わずげんなりした。そしてため息を吐いてから諦めた様に眼鏡を掛けそれに目を通していく。

それを見てナマエは思う。最初に書類の山を渡した時も彼は本当に放課後までにそれを終えた。

どうだ、と言わんばかりの彼に正直驚いた。出来る訳ないと思っていたから。いや、そもそも終わる量を渡していない。初めからそれは覚悟の上だった。

だが彼は終わらせた。ナマエはそこで思う、風間も総司と同じやれば出来るタイプなのだ。だが本人のサボり癖や他人を上手く使う事への巧みさが彼らに共通していた。

そこが彼らの僅かな長所であり、大きな欠点だった。

「・・どうぞ」
「ああ、済まない」

机の端に淹れた紅茶を置けば書類に目を通したままそう返事が返って来る。

そんな一言や口調、振る舞いから彼は良い所の出なのだろうとナマエは思う。普通にしていれば彼の品の良さを垣間見る事がよくある。普通にしていれば。

「またここに居るの」

ふと生徒会室に総司がうんざりしながら入って来る。

「貴様を呼び付けた覚えはないぞ、沖田」
「呼び付けられた覚えもないよ」

そんな二人にナマエは小さくため息を吐く。彼らの会話は常に売り言葉に買い言葉。それは平行線を永遠と辿っていく。

「先輩、」

ナマエが何か言いたげに総司を見る。すると彼はナマエの言わんとしている事が分かったのか、ソファーに腰を下ろした。

「はいはい、邪魔はしないよ」

それを見届けてナマエは生徒会室の掃除を始める。ナマエが来てからと言うもの天霧と不知火はここに来る回数が日に日に減っていった。

それは偏に風間が仕事をする様になったと言う事もあるが、ナマエが彼らより先にその他の仕事を済ませてしまうと言うのが何より大きかった。

もしかすると真面目で仕事の早い彼女の生徒会への参加によって一番喜んだのは彼らかも知れない。

「はい」

ふとナマエが総司に一つのティーカップを渡す。そこからはコーヒーの香りがした。

「ありがと」

総司はそう言ってそれを一口含む。程よい甘さとたっぷりのミルク。苦味が少し苦手な彼が飲むコーヒーは少し特殊だ。

だが彼女の作るコーヒーは既に彼が自分で作るそれと酷似していて思わず笑みが零れた。

「うん、今日のはちょうどいいね」
「そう」

総司がそう言えばナマエは少しホッとした様に微笑んだ。そして校内に次の授業の予鈴が鳴り響く。


「早く行け、気が散る」
「君に言われなくても行くよ」

風間の言葉に総司はそう言って立ち上がった。

「失礼します」
「ああ」

ナマエが丁寧に頭を下げれば風間が小さく返事をした。そして二人は生徒会室を後にする。

「今日ご飯何にする?」

ふと総司がそう問い掛ける。その質問にナマエは表情を変えずに答えた。

「鍋」
「・・今日は僕が作ろうかな」

そんなナマエの言葉に総司は思わず天を仰ぎながら呟いた。

ナマエが生徒会に入ってからと言うもの、二人の半同棲状態の生活が続いていた。もっぱらその生活空間はナマエの部屋になり、総司が自分の家に帰るのは着替えをする時位だった。

それは学園での二人の時間が激減した事が一つの理由であったがその他にももう一つ理由があった。

『君になら、僕の全てを教えてあげる』

それは彼のあの言葉だった。だがここ一週間生活をするもこれと言って何か新しい発見があった訳ではない。

それにナマエはもどかしさを覚えるも、焦っても仕方のない事だと割り切っていた。

「じゃあまた放課後だね」

分かれ道になって総司がそう言えばナマエは小さく目配せをしながら頷いて足を進める。

そんな呆気なく去ろうとするナマエに総司は「もう」と思わず声を漏らした。

「ナマエ、」

ふと呼び止められて振り返る。

「!」

途端、そっと唇が触れた。

「忘れ物」
「・・っ」

そう言って笑う総司にナマエは口元を押さえる。そして総司はそんなナマエを見て満足した様にようやく去って行った。

「・・ばか」

高鳴る胸と赤くなった頬を隠す様にナマエはそう呟いた。





「もう直ぐ待ちに待った文化祭だ」

次の授業は担任の原田による文化祭の説明とクラスの出し物を決める時間に充てられた。

「説明会で知ってるとは思うが一日目は在校生のみの参加、二日目は一般開放」

そして、と原田はニヤッとその口角を上げた。

「三日目は島原女学園との打ち上げダンスパーティーだ!」

原田のその言葉に殆どが男子のクラスは妙な熱気に包まれた。それにナマエは僅かに驚いて引いていた。

「なんだよ、ナマエ知らなかったのか」

隣の席の平助がナマエのその表情を見てそう問い掛ければナマエは小さく頷いた。

ナマエの学校選びの条件は遠くて偏差値だけで入れそうな所だった為、説明会などはその距離的にも一切参加していなかった。

それでもなぜ体育の授業に社交ダンスが組み込まれているのかずっと疑問だった事が一つナマエの中で解消された。

「ったく、面倒だよな」

なんか金儲け出来る事ねーかな、とナマエの前の席の龍之介がナマエたちへと身体の向きを変えた。

「龍之介は誰と踊んの?」

そんな平助の何気ない質問にナマエはハッとする。そうだ、社交ダンスは一人では出来ない。となるとパートナーが必要な訳で。

「ああ、俺はもう決まってるから」
「マジかよ!?」

サラッと言う龍之介に平助が食い付く。そしてそれを聞き付けたクラスの男子、つまりナマエと千鶴以外が龍之介に詰め寄った。

やれどういう関係だだの、抜け駆けだだの、その言い草は勝手極まりない。そして誰かが言った。他の子を紹介しろ、と。

「な、なんだよお前ら!うちのクラスだって女はいるだろ!」

そんな男子たちの言葉に龍之介は思わずそう声を上げた。途端静まり返る教室。

「え?え?」←暴君会長に狙われてる
「・・何」←暴君先輩に狙われてる

皆の視線に千鶴は戸惑いナマエは顔を顰めた。だが声を掛ける者はおらず、皆は再び龍之介へと視線を戻した。

「無理だ!」
「死ぬ!」
「殺される!」

だから紹介しろ、そんな声が飛び交って原田はため息を吐いた。

「ちょっと落ち着けお前ら」

気持ちは分かるが、と原田は苦笑いを零す。その声に皆は渋々自席へと戻って行った。

「エスコートする女子は一人に付き一人だ」

だから心配するな、と原田は言う。それにその内女学園との合同練習もあるから、と。そして三日目のダンスパーティーの話しはそれで打ち切られ、出し物の話しに切り替わる。

「何かやりたい事あるか」

原田の質問に先ほどの熱気が嘘だったかの様に静まり返る教室。そんな分かりやすい彼らに原田は再び苦笑いを零した。

(ダンス、か)

人知れず頬杖を付きながらナマエはそんな事を思った。