次の日、朝礼前に一人の人物がナマエを訪ねて来た。

「斎藤先輩・・」

彼は気まずそうに思わず視線を逸らす。だが意を決した様にナマエに視線を戻した。

「少し、話しは出来るか」
「・・はい」

そして二人並んで廊下の窓から外を見た。なぜ彼はここに来たのか、分からなくはなかったが何を言われるのかまでは想像も出来なかった。

「・・っ済まない」
「!」

ふと斎藤がそう言って勢いナマエに頭を下げた。

「昨日、着替えに女子更衣室の前を通ったら物音がした」

片付けに少し時間を取られてしまった為、もう二人はとっくに帰っているものだと思ったがその音に声を掛けた。

だが聞こえて来たのはナマエの苦しそうな声で斎藤は思わずその扉を開けた。

そうしたら乱れたナマエと後ろから責め立てる総司の姿があった、と斎藤は説明してくれた。

「軽率だった。いや、それにしても俺は・・っ」

そう言って斎藤は自分の手の平をギュッと握り締めた。

「本当に、済まなかった・・っ!」

ナマエはそんな斎藤に不思議と何も思わなかった。いい意味でも、悪い意味でも。

「気にしないで下さい」

私も気にしてませんから。それは違わずとも本音であった。もうこの事は昨日総司との間で終わった。ナマエはそう感じていた。

「だが、それでは俺の気が・・」

ナマエにそう言われようとも納得が言っていない様な斎藤は視線を伏せた。

「なら、今日一本お願いします」
「!」

ナマエの言葉に斎藤は顔を上げる。そこには微笑んだナマエがいて彼女は本気でそう言ってくれているのだと察した。

「ああ、こちらこそ頼む」
「はい」

そして二人で微笑んで、再び外を見つめた。

「・・ナマエ、」

そしてそっと斎藤が口を開いた。

「あれは、総司の一方的なものか」
「・・・」

斎藤の言葉にナマエは否定も肯定もしなかった。

「それならば、俺があんたを・・!」

斎藤はそう言ってナマエの手を握った。ナマエは僅かにその手を見下ろして斎藤を見つめる。

きっと彼は本気で自分を心配して言ってくれているのだろう、とナマエは思った。

「斎藤先輩が私に言ってくれました」

ナマエはそう言って微笑みながら空を見上げた。そんなナマエを斎藤は見つめたまま次の言葉を待った。

「悪さが過ぎる事もあるが、根は優しい奴だ・・って」
「!」

それは彼から総司の幼少期などの話しを聞いた時に彼が言った言葉だった。

「それは・・っ」

斎藤はそう言葉を濁す。彼には確かにそれを言った覚えがあったからだ。

「だから、斎藤先輩の言葉を信じようと思います」

綺麗に笑ってそう言う彼女の瞳に嘘も強がりも存在してはいなかった。

「そうか・・」

そう言って斎藤はその手を離した。その声は僅かに哀しそうで、それでも斎藤はそれを悟られない様に微笑んだ。

「ありがとう」
「私こそ」

微笑み返してくれたナマエの笑顔に斎藤はギュッと胸が締め付けられた想いがした。

「一年沖田ナマエ、今すぐ生徒会室へ来い」
「!」

校内放送が始まる音が流れたと思ったらそんな完結的な言葉が続いて二人は教室のスピーカーに目をやった。

斎藤は昨日の総司と打ち合いをしていたナマエを思い出して、少し心配そうに彼女を見つめた。だが彼女の瞳はそれ程変わる事無く、冷静な事に僅かに安堵した。

「すみません、斎藤先輩」

行ってきます、と言って頭を下げるナマエに斎藤は「ああ」と小さく言葉を返した。

やがてその背中が見えなくなって斎藤はナマエの手を掴んだ自分の手の平を見つめた。

「俺は、何を言おうとしたんだ」

自身に問い掛けてもその答えは返っては来なかった。





「天霧と申します」
「俺は不知火だ」

生徒会室に入って他の生徒会メンバー二人の挨拶が始まった。ナマエは予想外に普通そうな、そして明らかに高校生ではなさそうな二人に丁寧に頭を下げた。

「沖田ナマエと申します」

宜しくお願いします、と言うナマエに不知火は驚いた様な顔をした。

「風間が入れたって言うからどんな奴かと思ったら、随分普通だな」
「申し訳ありません、礼儀正しい方だ、と言う意味です」

不知火の言葉を訂正する様に天霧はその大きな身体を真っ二つに折って頭を下げた。

「いえ」

お互い様です、と言うナマエに二人は困った様に笑った。

「挨拶は済んだか」

クルッと椅子を翻して問題の人物が現れる。それは宛ら生徒会長と言うよりは社長に近い。

「早速貴様に仕事を与えよう」
「・・・」

風間のその言葉にナマエは僅かに目付きを変えた。

「ナマエ!」

生徒会室の扉が大きな音を立てて開いた。彼は僅かに焦りを宿らせて彼女の名を呼んだ。

「・・なんだ、ノックもしないとは無礼な奴だな」

そうソファーに踏ん反り返っている風間とその横に立つナマエを見て総司は思わず固まった。

「・・何してるの」
「仕事」

そう短く言うナマエに総司は頭痛がした。

「メイド姿でお茶汲みが君の仕事なの」

総司の問い掛けにナマエは風間を見る。すると風間は当然だ、とナマエの淹れた茶をすする。

「主人の言葉に従うのがこいつの仕事だ」
「・・馬鹿馬鹿しい」

総司は思わずそう呟いて顔を顰めた。

「・・会長」

ふとナマエが両手いっぱいに何かを抱え、それを湯呑みの横へドサッと音を立てて置いた。

「・・なんだこれは」

その書類の束、いや山に風間は明らかに怪訝そうな顔を見せた。

「本来生徒会長がやるべき仕事です」

それは今まで不知火や天霧、土方が分担して処理していたものだ。ナマエは三人に言い寄りこの書類を回収していた。

「ふん、こんな物は他の者が」
「これは、生徒会長の仕事です」

風間の言葉を遮ってナマエは言葉を繰り返した。

「この学園でただ一人の生徒会長の名を課す貴方に与えられた仕事です」

よもやそれを放棄するという事は生徒会長と言う名も放棄する事と同然だとナマエは言う。

「ぐっ・・」
「私は授業がある、放課後までにやっとけ」

先ほどの口調とは百八十度変わったナマエはそう言って呆然とする風間を置き去りにし総司の手を引いて生徒会室を後にした。

「・・無用な、心配だったかな」

パタン、と扉を閉めた先で総司はそう苦笑いを零した。

「別に」

ナマエは少し照れた様に目を逸らして歩き出す。それに総司は微笑んで彼女の後を追った。





「おい、ナマエ」

一時間目、古文の授業。担当である土方はナマエの姿にこれでもかと眉間にシワを寄せた。

「なんだその格好は」

メイド姿で普通に授業を受けるナマエに土方はそう問い掛ける。

「会長の命令です」
「・・やっぱりか」

はぁ、と盛大にため息を吐いて土方は頭を抱えた。

「この授業が終わったら制服に着がえろ、いいな」

土方の言葉にナマエは静かに頷く。

(ったく、余計なもん見付けやがって)

人知れず土方は心でそう呟いた。生徒会の仕事を寄越せと言って来た時は感心したがこいつは些か真面目すぎる。

土方の脳裏に似た様な男子生徒が一人浮かんでため息を吐いた。

(・・仕事が一つ増えたな)

ちっ、と僅かに舌打ちをして土方は授業を進めた。