「・・・」

あの休日から数週間が過ぎた。ナマエは目の前の人物にどう対応するか脳内で決め兼ねていた。

「ふむ、我が嫁以外に女がいたとはな」
「ナマエちゃん・・」

睨み合った目の前の金髪の男。生徒会長風間千景であった。ナマエは背後に千鶴を庇うようにして風間と面と向かっていた。

「さあ、そいつを渡せ」
「・・断ります」

朝、いつもの様に登校すれば教室の前で千鶴が無理矢理腕を引かれていた。咄嗟に駆け寄って千鶴の腕を取って今に至る。

千鶴は心配そうにナマエの肩口から顔を僅かに覗かせていた。

「我らの婚姻は既にお互いの了承済みだ」

貴様に邪魔される謂れはない、と言う風間にナマエは僅かに背後の千鶴に目配せをする。すると千鶴は折れるのではないかと思うほど首を横に振った。

(また面倒な奴に・・)

ナマエは思わず舌打ちを漏らしたくなった。これが普通の奴なら少しくらい痛い目を見せておく位でなんとかなるだろう。

だが目の前の男はその程度でどうにかなる様な奴ではないと直感で感じた。

「そうではない様ですが、風間先輩」
「照れ隠しだ」

ナマエの頭の中で彼は話し合いを出来るタイプではないと断定された瞬間だった。

「さあ、こちらへ来い」

そう手を伸ばした風間にナマエは肩に掛けてあった袋をそのまま風間の行く手を阻む様に持った。

「貴様、剣道部か」
「そうですが」

そこに何が入っているのか瞬時に察知した風間は「ほう」と小さく笑った。

「女の分際で刀を握るか」
「っ!」

瞬間、ナマエがその袋から中身を取り出し風間の喉元に先を当てた。

「・・冗談だ」

そんな古臭い考えを持つ俺ではない、と風間は笑みを深くする。

「・・っ」

要は遊ばれたのだと知ってナマエは顔を顰める。

「今日は帰ろう、面白いものを見つけたからな」

そう意味深な言葉を残して風間は去って行った。完全に彼が見えなくなったのを確認してナマエは竹刀を袋にしまった。

「ナマエちゃん、ありがとう」

ごめんね、と言う千鶴にナマエは「全然」と微笑んだ。にしても、あんなのに付き纏われていたなんて知らなかった。ナマエは僅かに竹刀を持つ手に力を入れた。

自分は千鶴に色々して貰っておいて、彼女が困っているものすら知らなかった。それがナマエには悔しくて仕方なかった。

「・・だから、四人でお昼ねぇ」

昼休み、中庭のベンチに座ってそう不満そうに呟く総司の言葉にナマエは黙々と自分の弁当を口にする。その肩に竹刀をぶら下げたまま。

「すみません、ナマエちゃんには大丈夫って言ったんですけど」

総司が隣のベンチを見ればそこに座った千鶴が申し訳なさそうにそう言った。

「だーかーらー、俺がいるから平気だって!」

その千鶴の横から平助が顔を出す。

「・・頼りない」
「ひっでぇ!」

ナマエの言葉に平助はガクッと肩を落とし、千鶴はそんな平助を見て苦笑いを浮かべていた。

「まぁ、僕はナマエと居られれば」

いいけど、と総司はナマエの腰に手を回そうとした瞬間、喉元に竹刀の柄が向けられて一瞬にして動きを止めた。

「・・触るな」
「・・随分ご機嫌斜めだね」

そのナマエから放たれる殺気に総司は思わずそう呟いた。

「!」
「ほう、偶然だな」

そしてその四人の前に現れた風間に四人は各々表情を変えた。

「君の所為で彼女の機嫌が物凄く悪いんだけど」

一体何をしたのかな、と総司は笑っていない笑みを風間に向けた。

「ふん、あの様な戯言を引きずるとは」

所詮その程度か、と風間は笑った。その言葉に反応したのは総司だった。ゆっくりと立ち上がり風間と面と向かう。

「君がどれほどか知らないけど、今のは聞き捨てならないな」

一触即発の雰囲気に、千鶴と平助はオロオロと両者を見つめる。そして平助は先ほどのナマエの言葉を思い出し、意を決した様に立ち上がった。

大丈夫か、と目配せをする千鶴に平助は親指を立てて二人の横に立つ。

「ほ、ほら!折角の昼休みなんだからさ、ここは仲良くみんなで食べよーぜ!」
「平助は黙ってなよ」
「虫けらとする食事などない」

二人に睨まれ、平助は心で泣きながら千鶴の横へと素直に腰を下ろした。

「「 !! 」」

途端、総司と風間二人の間に鋭く風を斬る音が走り二人の髪を舞い上がらせた。

「・・・」
「・・ほう」

横で振り下ろした竹刀を握り俯く姿に風間はそう声を漏らした。

「・・千鶴は、渡さない」

僅かに見えた鋭い瞳に風間は心で笑った。いい瞳だ、と。

「ならばお前が俺の嫁になるとでも言うのか」
「は、何言っちゃってるの」

僕だっていい加減怒るよ、と総司が遂にその笑みを消した。

「・・上等」
「!」

だがナマエから呟かれた言葉に、総司は思わず目を見開いた。

「嫁でも家来でも、何でもなってやるよ」

その顔は殺気と狂気に歪んで、笑っていた。

「ナマエ、何言って」

完全に彼女は我を忘れていた。総司はその顔を見て、ふと初めて二人が屋上で打ち合った時の彼女を思い出した。冷酷な瞳と、竹刀を握った時の彼女に似つかない狂気の笑顔を。

あの時の感情と怒りが合わさって彼女の中で完全に手に負えなくなっていた。

「ならば、貴様に生徒会へ入る事を許してやろう」

抑えきれない笑みを浮かべて、風間はそう言った。その笑みはまるで新しい玩具を得たとでも言ってる様だった。