そして次の日、朝からナマエを含めたメンバーで昨晩捕らえられた少年、基少女が査問にかけられた。

「面倒だから殺しちゃいましょうよ」

口封じにはそれが手っ取り早いと、総司は言う。

彼に性別は関係ない。新選組にとって利益か不利益がでしか行動をしない。羅刹を知られてしまった以上、辛くもそれが有力なのは目に見えていた。

「雪村、千鶴と申します」

だが彼女から発せられた名にナマエ以外が反応した。

「雪村、だと」

思わず土方が繰り返した。

彼女の話しはこうだった。家を出た父からの音信が数ヶ月前に途絶え、居てもたってもいられず男装をしてここ京まではるばる参ったのだと。

そしてその父の名は雪村綱道。それは変若水の製造者と同じ名でもあった。

「どうするの、土方さん」

総司に急かされ、土方は頭を悩ませる。

その製造者、雪村綱道は確かに新選組に出入りをしていた。だが当時いた新見と言う変若水の件を任せていた隊士の死とほぼ同時に綱道は姿を消した。

新選組としても内部情報を知っている綱道を探してはいた。だが変若水に付いて当時余り関わりを持たなかった彼らは綱道の顔がうろ覚えであった。

捜索が行き詰まる中、現れたのがその娘である千鶴だった。

「仕方ねぇ、こいつを綱道探しに使う」

つまり、生かしたまま新選組に置く、と言う事だった。だが問題は彼女が女であるという事。

新選組は男の集まり、女が居るとなればその身は危うい。

「総司、お前のところで」
「僕の所は無理ですよ」

土方の言葉を遮って総司はそう告げる。

「うちはナマエちゃんで手一杯ですから」

ポンとナマエの頭に手を乗せる総司。その手をサッと払いのけナマエは筆を走らせる。

「"ご命令であれば僕が"」

土方に向けてそう紙を差し出す。それを見て土方はいや、と首を振った。

「これ以上お前に負担をかけさす訳にはいかねぇな」
「やだな土方さん、それどういう意味ですか」

はあ、とため息を吐く土方に総司はそう言った後にああ、と声を上げた。

「じゃあ土方さんの小姓にしたらいいじゃないですか」
「なに!?」
「やっぱり言い出しっぺが責任持たないと」

ニコニコと言う総司に土方は思わずキッと総司を睨み付ける。

「俺ぁ忙しいんだよ」
「まぁでも、トシの所なら安心だろう」

ぶっきらぼうにそう言う土方とは打って変わって近藤が悪気なくそう告げた。

「な、近藤さん!」
「決まりだね、土方さん」

総司の言葉に土方は地の底まで落ちそうな深いため息を吐いた。

そして千鶴は土方の小姓として新選組に身を置く事となり、皆が散り散りに部屋を後にする。

「良かったね、ナマエちゃん。面倒事避けられて」
「"僕の前に面倒事の塊がいるけどな"」
「何の事かな、僕にはさっぱり分からないや」

そんな会話をしていると、少女、千鶴が二人に恐る恐る歩み寄った。

「お話ししてるのにすみません。あの、あなたももしかして」
「彼は男の子だよ、残念だったね」

千鶴の言いかけた先が分かったのか、総司は千鶴の言葉を遮ってそう告げた。

「そう、ですよね。すみません」

明らかに肩を落とす千鶴に、ナマエは筆を走らせる。

「"ナマエと申します"」

その文字に千鶴はパァと顔を明るくして雪村千鶴です、と答えた。

「いつからそんな優しくなったのかな」
「"良い人そう"」
「だーかーら、いつからそんな」

ふと聞こえた笑い声に二人は動きを止めて、その笑い声の主を見つめた。

「あ、ごめんなさい。お二人とも仲が良いんですね」

笑う千鶴に二人は顔を見合わす。総司はニヤっと笑いナマエは眉間にシワを寄せた。

「こいつら二人はいつもこうなんだぜー」
「本当よく飽きねぇな」
「俺たちも仲間入れてくれよ」

三人の所に平助、原田、新八がそう言って歩み寄る。

「うわ、むさ苦しい三人が来た」

総司はその三人に笑いながらも明らさまに顔を背けた。

「ひっでぇ!総司!左之さんと新八さんは兎も角俺はむさ苦しくねえ!」
「なにー!?俺のどこがむさ苦しいんだ!?」

総司の言葉に平助と新八が声を上げる。

「"左之さん、だからなぜ頭を"」
「なんでだろーなぁ」

左之がナマエの頭を撫でる。それに毎度疑問を覚えるナマエ。

「ちょっと左之さん、僕の部下だよ」
「別に頭撫でるくらい良いだろ」
「ダメだね」

ナマエの頭上で繰り広げられる争いにナマエはどうしたものかと思う。最近この手の事が増えて来た。

話題の中心に自分がいる時、ナマエは反応に困った。そんな経験は過去になかったから。

「"喧嘩はいけません"」

悩んだ末、そんな在り来たりな言葉しか出て来なかった。

「・・・」

そんなナマエの文字に一同が固まる。その余りの固まりっぷりにナマエは更に戸惑った。何かおかしな事を言ったのだろうか、と。

「・・ぷ、あはは!」

そしてほぼ同時に笑い出す。皆が思う事は同じだった。

「本当お前、男の癖に可愛いな!」
「なんだよ、喧嘩はいけませんって!」

俺らは子供か、と腹を抱えて笑った。

「別に、喧嘩してた訳じゃないよ」

総司の言葉にナマエはそうなのか?と首を傾げた。

「逆だよ逆!仲いい証拠ってな!」

平助の言葉にナマエはそうなのかと思う。でも、良かった、と。

「!」

そして一同の笑い声がピタッと止まった。それにナマエは再び首を傾げる。

「今、笑ったよな」
「俺、ナマエが笑ったの初めて見た」

その言葉にナマエ自身が一番驚いていた。自分が笑った?そんな事、ある訳ない。

そんな事した記憶がない。じゃあなぜ笑ったのだろう。どうして、どういう風に。

色んな疑問が湧いたがそれは総司の腕によって強制的に遮られた。

「ほーら、もう見廻りの時間だよ」

総司の腕に半ば引きづられる様にしてズルズルと皆から離れて行く。僅かに見えた皆の表情はとても穏やかだった。

それが何故なのか、ナマエに理解出来るはずもなく、そして総司が少し不機嫌そうにナマエを引きづる理由さえナマエは気付けずにいた。