「今日は、宜しくお願いします」

土曜日、待ち合わせ場所にて合流した斎藤に、ナマエはそう言って律儀に頭を下げた。

「そんなかしこまらなくてもいい、折角の休日だしな」

そんなナマエに斎藤はそう言って微笑む。そんな斎藤の言葉に、ナマエは小さく頷いた。

「行くか」
「はい」

そう言って歩き出した二人の数メートル後ろに、怪しい三人組がいた。

「ほら、行くよ二人共」

総司の号令に千鶴と平助は渋々着いて行く。そして平助はこそこそと千鶴に耳打ちした。

「総司も剣道部員なんだから一緒に行けばいいのにな」
「あはは・・」

平助の言葉に千鶴は否定も肯定もしない。強気だと思っていた彼は、意外と内気なのだと思った。

ナマエたちを見つめる瞳、そこにいつもの余裕はない。それはまるで怯えている様にも見えて、千鶴はどうしたものかと考える。

あの日、総司に会いに行った時の彼の言葉に、千鶴は安心していた。彼が、本気でナマエを想っている事がハッキリと分かったから。

それは今日の行動でも明らかだ。だけど臆病な彼はこうして離れて見る事しか出来ない。そんな総司に千鶴はもどかしさを覚えた。

彼は何処か、ナマエに嫌われまいと必死になっている様な、総司の姿はそんな風に千鶴の目に映った。

「ああ、あれは良いものだな」
「はい、やっぱりあのメーカーが一番だと思います」
「そうか、ならば店に着いたらまずそれを見てみるか」

だが総司の心配を余所に、当の本人たちの頭の中は剣道でいっぱいだった。そう言った細かい話しをする相手がいなかったからか、二人の会話は止まる事はない。

普段余り表情を変えない二人だが、その横顔は幾らか楽しそうに三人には見えた。

「あーあ、こりゃ本当に取られちゃうかもなー」
「へ、平助くん!」

思った事がそのまま口に出てしまう彼の真っ直ぐな性格が災いして、思わず普通の声でそう言葉が漏れた。

そんな彼の言葉に千鶴は慌てて声を上げ、平助もヤバイと口を塞いだ。だがゆっくりと見つめた総司の背中はピクリとも動かない。

「っ!」

ふとナマエが人にぶつかり、体勢を崩す。休日という事もあり、街は人であふれ返っていた。

「・・大丈夫か」

咄嗟に斎藤が支えて、ナマエは顔を上げる。

「ありがとうございます」
「いや、だが予想以上に今日は人が多いな」

ナマエの肩を掴みながら斎藤は周囲を見回す。そして徐ろにナマエの手を取った。

「はぐれるなよ」
「・・あ、はい」

ナマエは一瞬驚いて、でもこの人混みをどうにか切り抜けようと視線を鋭くした斎藤に、何も言わずにその手を握り返した。

「・・・」
「えっと、見失っちまうぜー・・」

そんな光景に立ち尽くしたままの総司に、平助は恐る恐る声を掛ける。ギュッと自分の手の平を握ったのを、千鶴は見逃さなかった。

「沖田先輩・・」

そんな総司の背中を千鶴は心配そうに見つめた。

「あーあ、見失っちゃったね」

やがてそういつもの口調で言って、総司は二人へ振り返った。

「お腹減ったし、ご飯でも食べに行こうか」

平助の奢りで、と総司は平助の肩に腕を掛ける。そのいつもと変わらない笑みに、千鶴は逆に違和感を覚えた。

「なんで俺なんだよ!普通年上の総司の奢りだろー!」
「やだな、殿様は家来にご飯作ったりしないでしょ」
「俺家来かよ!」

そんなやり取りに千鶴は立ち止まったまま眉を下げた。

「どうしたの、千鶴ちゃん」
「飯食おーぜ、千鶴」

振り返った二人はそう言って千鶴を呼ぶ。そしてそんな千鶴の表情を見た総司は、フッと笑った。

「大丈夫だよ、相手は はじめくんだしね」

僕なんかよりよっぽど安全だ。と総司は自嘲して言う。

「・・本当に、それで良いんですか」
「良いも何も、ナマエちゃんは僕の彼女じゃないしね」

あれこれ言う資格なんてないよ。そんな総司の言葉に千鶴は思う、意地っ張りだ、と。

「ほら、もうお終い」

行こうよ、と笑う総司に、千鶴はそれ以上何も言えなかった。





「こんな所に」

着いた先で、ナマエはその店を見上げた。買い物に出た時に通った場所の一本裏道、その大きな店はそんな所にあった。

「剣道の備品を置いている所は多くはないからな」

余程大きい場所でないと求めている物を得られない現実がもどかしいが、それでもこの場所はナマエの目を思わず輝かせた。

「・・すごい」

中に入り剣道のコーナーを見つけて、ナマエは思わず呟く。そんなナマエの横顔に斎藤はフッと笑みを零した。

(余程剣道が好きなのだろうな)

思わずそう思った。そんな斎藤も、総司や平助に剣道馬鹿と言われ、それが褒め言葉だと思っている程の人物だ。

それを共有出来るナマエの存在は素直に嬉しかった。そして同時に疑問に思った。彼女の剣道を一度辞めた理由を。

「ナマエ、」

キョロキョロと目移りしているナマエを、斎藤はそう短く呼び止めた。

そんな斎藤に振り返りながら、ナマエは斎藤の次の言葉を待った。

「何故、剣道を辞めた」

真っ直ぐ問い掛ける斎藤にナマエは僅かに視線を逸らすが、特段隠す様な事でもないと思い話しをした。

親の事、自分の事、相手の事、原因は一つではない。商品を見つめながら言葉を紡いでいくナマエを、斎藤はジッと見つめていた。

「だから、練習に付き合ってくれる人も、友達もいませんでした」

実際練習中に怪我をさせた事はなかったが、それでもナマエが危険人物として広まるのに、そう時間は掛からなかった。

そんな辛い過去を嘲笑うかの様にナマエは笑う。

「・・でもこの学園に来て友達も剣道も出来て、今とても楽しいです」

そう、心から言うナマエに、斎藤はそうか、と笑った。そしてならば、とナマエの手を取った。

「俺も、あんたの友達にしてくれるか」

そんな斎藤の言動に思わず目を見開いた。でも直ぐに、満面の笑みを見せた。

「こちらこそ」

そんなナマエの笑顔に、今度は斎藤が驚いた様だった。思わず反対の手で口元を隠して顔を背ける。そんな斎藤にナマエは首を傾げた。

「斎藤先輩・・?」
「い、いや・・何でもない。お前は竹刀が見たいと言っていたな」

竹刀はこっちだ、と少し慌てた様に斎藤はそう言って歩いて行く。それにナマエは疑問を持ちながらも、斎藤の後を追って行った。