「ナマエ、もう一本付き合ってもらえるか」
「はい」

斎藤とナマエは息つく暇もなく試合を続ける。斎藤も全国大会に出て、良い成績を残す程の腕だ。お互い良い練習相手を見つけ、日々高まっている己に充実感を募らせていた。

「・・・」

だがそれだけとはどうしても思えない男が此処に一人いた。

「だったら自分も練習すりゃいいのにな」
「平助くん、沖田先輩に聞こえるよ」

こそこそと話す休憩中の平助と、ナマエの様子を見に来た千鶴は少し離れた所から明らかに機嫌の悪い総司の横顔を見つめていた。

平助の言葉に千鶴は慌てた様に声を上げた。

「だってさー毎日ああなんだぜ?この前なんて片付け押し付けられるしよー」
「へ、平助くん・・」

やってらんねーよ、と不満を漏らす平助に千鶴は青ざめた。ああ、お願いだから気付いて、と心で必死に叫んでいた。

「とっくに付き合ってんのかと思ったらまだみたいだし、そんなんじゃはじめくんに取られても仕方ねーよ」
「平助くん・・っ!」

余程溜め込んでいたらしい平助の言葉は止まらない。千鶴は思わずその口を塞いだが、時既に遅しであった。

「なんの、話しをしてるのかな」
「!!」

いつの間にか背後に迫った総司の声に、平助は肩を震わせる。

「いや、今日天気いいなーって、な!千鶴!」
「え!?う、うん・・」

総司が迫っていた事に気付いていた千鶴はその平助の嘘が通用しない事が分かっていたが、思わず平助に話しを合わせてしまった。

「そうだね、そんな日は試合もしたくなるよね」

君と、なんて笑っていない笑顔で言う総司に、平助は青ざめていく。

「!」
「どうかしたか」

ふと振り返ったナマエに、斎藤はそう問い掛けた。

「平助の悲鳴が」
「平助?」

そして斎藤もナマエの視線の先を見つめる。そこには総司に捕まる平助と、それを見て慌てている千鶴の姿があった。

「あいつらは何をやっているんだ」
「・・彼は」

そんな三人を見つめながら、斎藤はため息を吐き、ナマエは静かに口を開く。

「なぜいつも見学しているのでしょうか」

それは入部してからずっと疑問に思っていた事だった。たまに着替えて参加する事もあるが、殆どはああやって端から見ているだけだった。

「ああ、総司はな」

そして斎藤も、ナマエのその疑問に答える様に口を開く。

「幼い頃、病弱だったらしい」
「!」

斎藤から出た予想外の言葉にナマエは驚いた。もうそれなりに共にいるが、そんな気配は一切感じられなかったからだ。

「もう完治はしているらしいが、総司の姉が過保護の様でな」

聞けば、彼に両親はおらず、年の離れた姉が一人いるのだとか。その親代わりの姉に心配を掛けない様、無理はしない様にしている、との事だった。

だからこそ半分幽霊部員の様な彼も、学園は了承しているという事か、とナマエは納得した。

「全く、知りませんでした」
「あいつは自分の事をそう多くは語らないからな」

斎藤の言葉にナマエは僅かに頷く。確かに、と思ったからだ。彼の何を知っているのか問われても、答えられる気がしなかった。

「だが、お前には随分心を許している様だな」
「え・・?」

そう言う斎藤を見つめれば、優しく微笑んでいた。

「悪さが過ぎる事もあるが、根は優しい奴だ」
「・・はい」

彼を想っての斎藤の言葉に、ナマエは静かに頷いた。そんなナマエに斎藤も満足そうに頷く。

「そうだ、ナマエ」

ふと斎藤が思い出した様にナマエを呼んだ。

「今週の土曜に備品を買い出しに行こうと思ってな、何か足りない物はあるか」
「いえ、・・でも」

斎藤の言葉に、ナマエはそう答えてから少し考えて口を開く。

「店の場所を教えて頂けますか」
「ああ、構わないが何か必要な物があるのか」

そう問い掛ける斎藤に、ナマエは小さく頷く。

「自分の竹刀を見たくて」
「・・だがお前は以前剣道をやっていたのだろ」

ならわざわざ買わなくても持っているのでは、と斎藤は聞く。

「辞めた時に、捨ててしまいました」

それは剣道に対して未練を残さない為だった。そんなナマエに、斎藤は「そうか」とだけ呟いた。

「なら共に行くか、お前は四月からこの土地に来たと聞いた」

ならば不慣れだろう、と斎藤は言う。それにナマエはいいのか、と問い掛ける。

「ああ、構わない」
「なら、宜しくお願いします」

そんな日常会話を、三人は聞いていた。顔を見合わせる千鶴と平助は、恐る恐る総司に視線を送った。

「二人共、土曜日暇だよね」
「「・・・」」

総司の問い掛けに、最早拒否権はなかった。