「宜しくお願い致します」

次の日の放課後、剣道部にそう言って頭を下げるナマエの姿があった。

「ナマエ!」
「平助」

挨拶を終えたナマエに、真っ先に平助がそう声を掛けた。

「なんだよ、俺が誘った時はやらないって言った癖によー」

そう言って頬を膨らませる平助に、ナマエは小さく困った様にごめん、と返した。

「あはは、残念だったね平助」

そう言ってナマエの背後から総司が顔を出した。

「あれ、総司じゃん!部活来るなんて珍しいな」
「まぁ、気が向いたからね」

総司はそう言ってナマエに目配せをする。

「何ですか、先輩」
「何で敬語に戻ってるのさ」

総司はそう言ってナマエの肩に手を掛けた。

「部活中ですから」
「えーそれって俺も敬語使わなきゃダメって事かよ」

無理無理、と笑う平助に、総司も便乗した。

「別に、いつもと同じでいいんじゃない」
「そうですか、なら・・触るな」

ナマエはそう言って肩に置かれた総司の手を払いのけた。

「本当、連れないよね」
「・・お前ら相変わらずだよな」

そんな二人のやり取りに、平助はため息を吐いた。

「あ、」

そしてナマエが小さくそう声を上げて、その場を駆け足で去って行く。

「斎藤先輩」

呼ばれた斎藤は振り返り、ああ、と声を漏らした。

「あんたか、入部に感謝する」
「いえ、」

フッと笑う斎藤とは逆に、ナマエは少し気まずそうに言葉を濁した。

「昨日は、申し訳ありませんでした」

ナマエはそう言って頭を深々と下げた。それに斎藤は僅かに驚いて、何の事だと言葉を返した。

「折角わざわざ出向いて誘って頂いたのに、あんな態度を」

あと、とナマエは目を伏せて言葉を続けた。

「竹刀を、壊してしまって」
「ああ、あれか」

ナマエが謝ろうとしている事が分かったのか、斎藤はそう言ってナマエの頬に触れた。

「!」
「怪我はなかったか」
「え、・・はい」

マジマジと見つめる斎藤に、ナマエは硬直した。どうやら彼はどの様に折れたかを聞かされている様だった。だからこそ顔の前で折れた竹刀で傷を作ってないかを確かめていた。

「ちゃんとした物を持たせようとしたが、総司が処分前の物でいいと言うのでな」

だが、そう言って斎藤は申し訳なさそうに眉を下げた。

「この様な事になるなら、やはりちゃんとした物を持たせるべきだった」

済まない、と斎藤はナマエの頬に触れたまま謝罪した。

「・・あの、」
「なんだ、どこか痛むのなら言ってくれ」

真剣な瞳でそう言う彼に、ナマエはどうしたものかと思う。

「手が」
「手、・・っ!」

途端、斎藤はその距離の近さと自分の手に驚いて、顔を赤くしてナマエから離れた。

「す、済まない」
「いえ、心配して下さってありがとうございます」

ナマエは何事もなかったかの様にそう言って、頭を下げた。

「改めて、宜しくお願い致します」
「・・ああ、此方こそ宜しくな」

そんなナマエに、斎藤はそう言って微笑んだ。

「あっれーなんかはじめくんとナマエ、いい感じじゃね、」
「ねぇ、平助」

一部始終を見ていた平助は楽しそうにそう声を上げた。だが言い終わる前に聞こえた殺気の篭った低い声に、思わず肩を揺らした。

「久々に試合、しようか」
「それ、拒否権ねーよな・・」

その日、剣道部には平助の悲鳴がいつまでも響いていた。





「・・上機嫌だね」

部活からの帰り道、なんだかスッキリした様な彼女の横顔にそう呟いた。

自分では無意識なのか、ナマエは総司のそんな言葉に首を傾げるが、「まぁ」と言葉を漏らした。

「久々、だったから」
「ふーん」

ナマエとは対照的に機嫌悪そうにそう呟く総司にナマエは「どうかしたのか」と問う。

「別に」

言葉短くそう言う彼に疑問を覚えるが、ナマエはそれ以上問わなかった。

「それ、」

ふとナマエの鞄に付いた揺れる物に総司は目をやった。その目線の先の物が分かったのか、ナマエは ああ、と呟く。

「まだ持ってたんだね」

それは前世の彼女の結い紐。それがナマエの鞄に括り付けられていた。ナマエはそれをそっと手に取って微笑んだ。

「大切な、思い出だから」
「そっか」

そんなナマエの横顔に総司もフッと微笑む。

「ありがとう、先輩」
「なーに、改まって」

ふと足を止めたナマエに、総司はそう言って振り返った。

「本当、感謝してる」
「・・っ」

そう言って綺麗に微笑むナマエに、総司は思わず手を伸ばした。

「・・ダメだよ」

総司の言葉に、ナマエは総司の腕の中で首を傾げた。

「!」
「ごめん、少しだけ」

見上げた先に見た少し苦しそうな表情の総司に、ナマエは動きを止めた。

「・・んっ」

そして久方ぶりに二人は唇を重ねた。その感触にナマエは思わず目を細めた。

「そんな顔しないで」

止められなくなる、総司がそう言葉を漏らして、再び口付けを繰り返した。

空には既に、月が昇り始めていた。