「ちょっ、なに・・してっ!」
シャツの裾から総司の手が入って来る。彼の唇はナマエの首筋を這って、ナマエはその侵入して来る腕を必死に掴んでいた。
(なんで、こうなる・・!)
ナマエは混乱する頭でそう呟かずにはいられなかった。
時は少し遡る。図書室にて教材用の本を探していた所、そこに彼は現れた。
「見付けた」
「・・先輩」
いつもの様に彼の登場に眉を寄せてその名を呟いた。
「千鶴ちゃんがここだって言うから」
そう言う彼の言葉に、人の良い彼女が丁寧に自分がここにいる事を伝える姿が安易に想像出来た。
「用は」
目的の本を探しながら完結的にそう問い掛ける彼女に、総司は高くそびえ立つ本棚に背を預けて答える。
「一緒に帰ろうと思ってね」
そう言う総司に、ナマエはその視線を総司に移す。
「まだ帰らない」
「じゃあ待ってるよ」
そう言って総司は笑う。それに言葉を返す訳でもなく、ナマエは再び本を探し始めた。そして徐ろに踏み台をセットしてその上に足を掛けた。
「取ってあげようか」
「いい」
そう言って二段、三段と登るナマエに総司は近付く。ふと、ナマエが一つの本に手を伸ばした時だった。
「綺麗な足してるね」
「っ!」
ふと聞こえた言葉に、ナマエはその綺麗だと言われた足を振り上げた。
「なっ・・!」
至近距離で繰り広げた攻撃にも関わらず、彼はひらりとそれを交わす。そしてただでさえ不安定なそこで、ナマエは案の定バランスを崩した。
ガタンと静かな図書室に踏み台の倒れる音が響く。
「ごめんね、彼女バランス悪くって」
棚の端から顔を出した不機嫌そうな図書委員であろう生徒に、総司はそうニッコリと笑った。その腕には、ナマエが抱き留められていた。
「・・っ」
「助けてあげたのに、お礼もないの」
パッと離れたナマエに、総司はそう言って笑みを浮かべる。ナマエにはその笑顔が悪魔の様に思えた。
「・・どうも」
投げやりにそう言って、ナマエは倒れた踏み台を直して再び登って行く。そんなナマエに総司は悪戯な笑みを浮かべた。
「本当、スベスベだね」
「ゃっ・・!」
ナマエが本に手を掛けた時、総司の手がスッとナマエの足を撫でた。その途端崩れる様に堕ちて行く本たち。
再び図書委員の彼が現れた。
「僕はもう帰りたいんだが」
明らかに不機嫌な彼が、目の前の惨状を見てため息を吐く。どうやら図書室に残っているのはここにいる三人だけらしい。
「すみませ、」
「なら、僕たちが鍵を閉めてあげるよ」
「!?」
片付けに時間が掛かりそうだしね、と笑う総司の横で、謝罪をしようと頭を下げたナマエは目を見開く。
そしてその彼は鍵を手渡してアッサリと帰ってしまった。
「二人きりだね」
片手に図書室の鍵を持った総司は、そう言って心底楽しそうに笑った。
「・・・」
そんな彼を無視で、ナマエは落ちた本を拾っては抱えた腕に積み上げて行く。
「!」
そしてふと自分の腹部に後ろから手が伸びて、強引に引き寄せられる。その勢いに積み上げた本が再び床へと堕ちていった。
「なにす、ん」
そう言って顔だけ振り返れば、そのまま唇を奪われた。
「んん・・っ!」
そして彼の手がナマエの服に掛かる。ボタンが外れる感覚に、ナマエは唇を離した。
そして腕を引かれ向かい合う形になり、冒頭に戻る。
「ちょっ、なに・・してっ!」
シャツの裾から総司の手が入って来る。彼の唇はナマエの首筋を這って、ナマエはその侵入して来る腕を必死に掴んでいた。
「・・っ、!!」
思わず直接肌に触れた彼の手に、ギュッと目を閉じる。
「ナマエ、」
耳元から聞こえたのは、初めて聞く様な彼の声だった。その声に身体が熱を発して眩暈がした。
ナマエはゆっくりと薄く目を開ける。途端、貪る様な彼の口付けが始まった。
「ふ、っ・・んっ」
今までとは違う。噛み付く様なキスにナマエは腰が抜けそうだった。立っているのがやっとで、そんなナマエに気付いた総司はその腕を自分の首へと誘う。
そんな総司の行動に、ナマエはそのまま彼の首に回した手に力を入れた。
「可愛い」
僅かに離れた唇の先で総司は呟く。ナマエはどうしたらいいのか、既に分からなくなっていた。
そして再び口付けをしながら、ナマエの身体を総司は撫でていく。
「・・や、っ!」
総司の手がナマエの内股を撫でた時、ナマエは反射的にそう言って唇を離した。けれど唇が離れたのはほんの一瞬で、総司の左手によって頭を引き寄せられてしまう。
「んっ!」
総司の指に反応して、ナマエの身体がピクッと揺れた。その瞬間背中に何かが走って、ナマエは身体を強張らせた。
「い、や・・っ」
「・・っ」
潤んだ瞳に総司はその顔を歪める。既に余裕も理性も飛んでいた。それは悪戯で彼女の足に触れた時の、彼女の声が発端だった。
首筋からはだけた胸元に唇を落としていく。離れたナマエの唇からは、堪えながらも声が漏れ続けた。
もうずっと前からこうして触れたかった。家のベランダで思わず出た言葉。彼女にあの言葉に頷かれていたら、きっとあの場でこうしていたかも知れない。
それでもあの時は断られてホッとした。きっと、彼女を傷付けてしまう様な気がしたから。でもそれも今となってはもう遅い。現に今、彼女を欲望のままに乱してしまっているのだから。
「「 ! 」」
ふと、最終のチャイムが鳴り響く。それに二人はハッとして、理性を取り戻した。
「残念、ここまでだね」
図書室の鍵はここにある。それが職員室にないとなれば、ここに誰かが来るのにそう時間は掛からないだろう。
総司は顔を真っ赤にして腕で口元を隠すナマエの額に一つ口付けをして、その乱れた服を直していった。
「・・っ」
ナマエは駆け出したい気持ちでいっぱいだった。だが僅かに震えた足で走れる気がしなかった。
結果、半ば総司に支えられる様に手を繋ぎ、鍵を戻して自宅へと向かって行った。
「ごめんね」
帰り道、一言も口を開かなかった総司が、家の扉の前でそう言葉を漏らした。
「・・今更」
繋ぎ合った手を前にして、ナマエは俯きながらぶっきら棒にそう言って視線を逸らす。そんなナマエに総司は確かに、と困った様に笑った。
「!」
グッとその手を引かれて、瞬く間にその身体は総司の腕に包まれた。
「僕の部屋、来る・・?」
耳元でそう囁やかれて、ナマエは身体を強張らせる。それが何を意味するのかまでは分からずとも、先ほどの行為が脳裏に過ぎった。
「・・なんてね」
そう言って総司は身体を離した。その意図が分からず、ナマエは総司を見つめる。そこには図書室での彼が嘘だったかの様な微笑みを浮かべた総司がいた。
「また明日ね」
額に軽く口付けをして、総司は笑った。
「・・また、明日」
「うん」
ゆっくりと閉まる扉を、手を振って見送った。
「・・・」
パタン、と扉がしまって、無理矢理貼り付けた様な笑顔が一瞬で解かれた。
「何やってるのかな、僕は」
彼女の消えて行った扉を見つめて呟いた言葉は、余りにも自虐的だった。