そしてそれは皆が寝静まった頃に決行された。

逃げた隊士は三人。ナマエは土方、斎藤、そして沖田の四人と京の町を歩いて行く。

「探すって言ったって京の町は広いですよ土方さん」
「だからナマエも連れて来たんじゃねぇか、グダグダ言ってねぇで探せ総司」

土方の言葉に総司は「はいはい」とやる気の見えない返事を返す。

「そんな構えなくても大丈夫だよナマエちゃん」

常に柄に手を添えているナマエに総司は振り返りながらそう言った。

そんな総司を一瞬だけ見て、ナマエは何かを返す訳でもなく辺りに気を張らせる。

「本当、真面目だなぁ」
「お前も少しは見習え、総司」
「やですよ、面倒くさい」

総司の言葉に土方はため息をつく。その時だった。

「きゃああああ!」
「!」

路地裏から女の悲鳴が聞こえた。真っ先に駆け出したのは斎藤とナマエ。

「!」

そして二人が見たものは男女を殺し、その血を啜る白髪で紅い目の羅刹。

あまりの光景にナマエの動きが止まった。

「ナマエ!」
「!」

斎藤の言葉にハッとした。

「・・っ!」

一人の羅刹がナマエに斬りかかる。迷わず首元を狙って来た刀を皮一枚で抑えた。首から僅かに滴る紅いもの。それに羅刹の瞳が更に深紅に染まる。

だが、それも一瞬だった。それこそお返しと言わんばかりにナマエは迷わずそいつの首を落とす。

その躊躇のなさ、顔に不釣合いな返り血に今度は斎藤の動きが止まった。

(初めて、ではないな)

斎藤は心で呟く。血生臭い新選組だが、まだナマエが入隊して以降誰かを殺す様な事件は起きていない。となると、やはりここに来る前という事になる。

カチン、と刀を鞘に収める音にハッとする。斎藤とナマエが倒したのは二人。つまりもう一人いる。

そして土方と総司が追ってこないのを見るとあちらに一人現れたのだろう、と斎藤は思う。

二人は目配せをしてその場を後にした。

「やはり、こちらに来ていたか」
「僕が全部始末する予定だったのになぁ」

辿り着いた先では、総司がもう一人を殺し終えた後だった。死体から刀を抜いて総司は残念そうに、でも楽しそうにそう言った。

そして土方は物陰に隠れていた影に刀を突き付けていた。

「やったか、斎藤」
「はい、俺とナマエで一人ずつ」

土方は刀と視線を動かさずに斎藤に問いかける。その斎藤の言葉にご苦労だった、と一言返してその人物に縄を掛けた。

「へえ、君と同じだねナマエちゃん」

その後ろ姿を見て総司は呟く。横を見上げれば意味深な笑顔を向ける総司。ナマエは眉を寄せて首を傾げた。

「にしても君、怪我してるよ」

自分の首筋を指して総司はそう言う。するとナマエは思い出したかの様に首筋に手を当てた。

「いつからそんな弱くなったのかな」

総司の言葉にナマエはキッと鋭い目を総司に向けた。

「ナマエは羅刹を初めて見る。その身体能力の高さも異常さも話しを聞いただけでは分かるまい」

そんな総司の言葉に斎藤がフォローを入れる。

「普通の隊士ならあの一太刀で死んでいた。それを避けただけでもお前の腕の凄さが計れる」

そんな斎藤の言葉にナマエは納得してはいなかった様だが感謝の意を込めて頭を下げた。

「ちょっとはじめくん、僕の部下を甘やかさないで欲しいな」
「甘やかしてなどいない、俺は本当の事を言ったまでだ」
「それが甘やかしてるって言うんだよ」

ジリ、っと二人が詰め寄る。挟まれたナマエは事態に付いていけずにあたふたとした。

「・・ぷ、君が慌てるなんて珍しいね」

だがそんなナマエを見て総司が笑い出す。それを皮切りに張り詰めた空気は止んだ。

ナマエは未だに状況が飲み込めていない様でまぁいっか、と呟き先に歩き出した総司の背中を呆然と見つめていた。

「追い掛けないのか」
「!」

斎藤の言葉にナマエはハッとして頭を下げた。そして慌てて総司の後を追う。

「ん?」

袖に感じた違和感に総司は振り返る。すると気まずそうに視線を泳がすナマエが総司の袖を掴んでいた。

「どうしたの?ああ、さっきの事なら気にしなくていいよ」

もうどうでもいいしね、と総司は少し素っ気なく呟く。

「っ!」

そんな総司にナマエは言葉を言いかけて飲み込む。そして急いで筆を走らせた。そんなナマエに総司は冷ややかな目を向けた。

「"一番組に泥を塗ってしまって申し訳ありません、組長"」
「!」

ナマエは目線まで紙を上げ、そしてもう一枚素早く書き足す。

「"もっと、鍛錬します。本当にすみません"」

そう告げてからナマエは深く頭を下げた。

(なんにも分かってないなぁ)

そんなナマエに総司はフッと笑う。そして下げられた頭に掌を置いた。

「今後、君を傷付けて良いのは僕だけだよ」

そう頭を上げたナマエに言った。ナマエは深く頷いて、でも ん?と首を傾げた。

「そんな事より、早く帰ろうよ」

ナマエの疑問は無視され、そんなナマエの肩に腕を置いて総司はそう言う。

「"触るな"」
「あれ、さっきの君はどこ行ったのかな」

ナマエの変わり様に総司は笑う。

「ちょっと、大人げなかったかな」
「?」
「こっちの話」

見上げるナマエに総司ははぐらかして笑う。

真意を胸に秘めたまま。