「おはよう、ナマエちゃん」

月曜日、何だかんだ共に過ごした休みを終え、また一週間が始まった。

そしてここにもまた、いつもと変わらない朝を、ほんの少し変わった心で迎えた二人がいた。

「・・おはよう、先輩」

初めてまともに帰って来た挨拶に、総司は思わず微笑んだ。

「じゃあ行こうか」

階段を降りて総司がそう言って手を差し出す。それにナマエは怪訝そうな顔を浮かべた。

「今日はデートじゃない」

そう言うナマエにそう来たか、と言わんばかりに総司は口元だけ笑う。そしてやはり悪戯な笑みを浮かべた。

「何言ってるの、もう僕らはキスした仲じゃない」
「っ、」

ねえ、と顔を覗き込む総司にナマエは言葉を詰まらせ、そして走り出した。

「今更照れなくても」
「・・照れてない」
「まぁそんな君も可愛いけど」
「っ!」

そんな二人を通学路で見付けた平助と千鶴は、おーい、と手を振った。

「ナマエちゃ、」

そして風の様に通り過ぎた二人に、平助と千鶴は二人が去って行った方角を見つめた。そこにはもう二人の背中すら見えなかった。

「・・今日は一段とはえーなぁ」
「・・そうだね」

お水、買って行ってあげよう、と千鶴は心で思うのであった。

その日からの総司は昼休みや放課後に、周りの目を気にせずナマエの元へ訪れた。

一年の教室に二年である総司が訪れるだけでも騒つくのに、その目的が校内で二人しかいない女子の内の一人だとなればその噂は瞬く間に広がった。

「・・・」

いつも以上に机と同化しているナマエに、平助と千鶴はこそこそと話しを始める。

「ナマエ、生きてるかな」
「た、多分」

ある日の昼休みに差し掛かる頃、二人はそんな縁起でもない話しをしながもナマエを心配していた。

「「!?」」

ふとナマエが項垂れたまま勢い良く立ち上がった。

「・・来る」
「来るって、まさか」

ナマエの呟きに千鶴は脳裏に一人の人物を浮かべた。

「ごめん、今日お昼二人で食べて」
「あ、ナマエちゃん!」

その言葉だけ残し、千鶴の声も聞き届けないままナマエは走り去ってしまった。

「ナマエちゃん大丈夫かな」
「まぁ、平気だろ。来るって行ったって気のせい、」
「ナマエちゃんいるかな」

ふと背後から聞こえた声に二人は揃って肩を揺らした。

「そ、総司!驚かせんなって!」
「逃げられない様に気配消して来たんだけど、逆にバレちゃったかな」

姿の見えないナマエに、総司は平助の言葉を無視してそう呟いた。そしてそのまま総司は足早に教室を後にした。

「・・平助くん、沖田先輩って忍者とかなのかな」
「そう、かもな」

そしてそれにいち早く気付いたナマエはくノ一か、なんて二人は半分冗談、半分本気で話していた。

「はぁ、」

昼のこの時間帯、人気のない特別教室の並びにある空き教室にナマエの姿はあった。

あの日、口付けを交わした日から明らかに総司の距離が近くなった。それは特段気にはしていないが、そんな彼の行動は所構わずだった。

予想外に自分たちへの周りの関心度が高く、突き刺さる視線に耐えられず結果として総司から逃げている訳だが、それにも大分疲れが来ていた。

なんせ鬼ごっこの鬼はあの沖田総司だ。最近はナマエにはそれが命がけの鬼ごっこの様にすら思えて来て、頭を抱えた。

「見付けたよ」
「!」

やっと一息と思った矢先、教室の扉が開いた。

「なんで、」

分かったのか、とナマエは目を丸くする。そんなナマエに総司は近付きながら ああ、と言葉を零した。

「窓が開いてたからね」

誰も使うはずのない空き教室の窓が開いているのを他の場所から見付け、もしかしたらと思って来た、と。

それはナマエがこの教室に来て最初にした事で、自分の軽率さにナマエは顔をしかめた。

「・・捕まえた」

座り込んだままのナマエの手を掴んで、口元へと運んだ。

「っ、学校」
「学校じゃなきゃいいのかな」

パッと引いた手に総司は残念そうに、でも楽しそうにそう問い掛ける。

「そう言う意味じゃ」
「ふーん、まぁいいや」

二人きりだし、と総司は窓際の壁に寄りかかったナマエの横へ腰掛ける。

「っ、」

ふとナマエの開けた窓から突風が吹いて、ナマエの髪が舞う。それに驚いて目を閉じた。

「!」

そして髪を抑えて目を開ければ、夢で見た哀しい微笑みがあった。

「なん、で」

そんな顔をするのか、それは突然引き寄せられた腰と頭、それによって重なった唇のせいで音にはならなかった。

「ふ、っ・・ん」

少し荒いキスに、ナマエはギュッと総司の制服を握り締める。それに反応する様に更に頭を引き寄せられた。

「ゃ・・先、輩」
「・・っ」

少し目を開ければ、何かにもがく様な瞳とぶつかって、ナマエは混乱する。

理由は何となく分かっていた。それは自分たちだけに絡み合う、柵の様なものだから。

その日を境に、ナマエは逃げるのを止めた。