優しい温もりを感じた。その熱も、匂いも、鼓動さえも懐かしくて、溺れるくらい心地良かった。
「−−・・ん」
ピピピッと聞き慣れない音が聞こえた。それに意識が僅かに現実に引き戻された。ナマエは目の前の温もりに顔を擦って、ああ、目覚ましか、なんて他人事の様にその音を聞いていた。
「・・?」
突然その音が鳴り止んだ。自分は止めた記憶がない。不思議に思って目を開ければ、広い胸板が目に入った。
(・・え?)
ふとその胸板を辿ってその人物の顔を見上げる。
「!?」
そこには寝息を立てる総司の姿がある。その瞬間バッと勢い良く身体を離した。
「あと少しだけ」
だが腕を引かれ、再び布団へと引き戻されてしまった。
(・・どうしてこうなった)
総司の腕にすっぽりと収まったまま、ナマエは混乱する頭で必死に昨日の出来事を思い起こした。
「・・んっ」
生まれて初めてした口付けは、息が止まるくらい長い口付けだった。
「はぁっ・・!」
思わず総司の胸を押して離した唇に、ようやく息を吸い込んだ。そしてハッとして自分の唇を手で覆った。
「あれ、もうお終いかな」
「!」
降って来た声に顔を上げれば、先ほど微笑みとは程遠い、悪戯な笑みを浮かべた総司がいてナマエは勢いよく立ち上がった。
「帰れ・・っ!」
そう捨て台詞を吐いて布団に潜った、までは覚えている。だけどその先が幾ら考えても思い出せず、ナマエは途方に暮れた。
「!」
ふと抱き締められていた腕に力がこもって、髪に頬を摺り寄せられた。
「君って抱き心地いいんだね」
思わず寝過ぎちゃったよ、と声が聞こえて、ナマエは腕を伸ばして突き放す。
「離、せっ・・、!?」
「あーあ、」
ドスンと大きな音を立てて、ナマエがベッドから落ちる。見上げた天井に項垂れたくなったが、顔を上げれば人のベッドに悠々と寝転んで笑う総司がいた。
「なんで・・っ」
あんたがいるんだ、と問い掛ければ、総司は覚えてないのか、と笑った。
「じゃあ僕らがキスした所から、」
「っ、・・それはいい」
思わず起き上がって総司の口を塞ぐ。そんなナマエにニヤっと笑って総司はその腕を掴んだ。
「君が布団に入った後」
そう言って総司は昨日の事を語り出した。
「ナマエちゃん、ねぇってば」
幾ら呼んでも、知らないとかうるさいなどの返答しかなく、やっちゃったな、と総司は頭を抱えた。
そして暫く考えた後、ベッドの横に座り、そっと話しを始めた。
「ごめん、ナマエちゃん」
いきなりで驚いたよね、とそっと声を掛ける。返答はなかったがそのまま話しを続けた。
「別に僕は、あの夢なんて正直どうでもいいんだ」
だってあれは自分であって、自分ではない。その点に於いてはナマエと同じ意見だった。
だけど感化されたのは事実だ。彼の記憶と想いが全く無かったと言えば嘘になる。
「だけど僕は、・・ナマエちゃん?」
余りの反応の無さに総司はゆっくりとその布団へと手を伸ばした。
「・・全く、」
そして中の人物の寝顔に思わずため息を零した。
「無防備過ぎるよ」
そう、頬にキスを落とした。
◇
「いつの間にか寝てたのか」
総司は自分の話した言葉以外を掻い摘んで説明した。
布団に潜り込んだナマエは気付いたら寝ていて、戸締りもせずに帰る訳にも行かず、泊まる事にしたのだと。
「ね、仕方ないでしょ」
そう平然と言ってのける総司に、ナマエは腕を掴まれたまま視線を逸らす。
(だからって、なんで上に何も着てないんだ)
その時点でおかしい事は何となく気付いていたが、何か言っても言いくるめられるだけだとそのままにした。
「だから、」
「!」
ベッドの上に腰掛ける総司に掴まれていた腕を引かれて、その身体が再び総司の腕の中に収まった。
「今日はどこへ行こうか」
そう言ってスッとナマエの顎に手を添えられた。
「な、んで」
今日も出掛ける流れになっているんだ、なんて疑問は総司の唇に塞がれて叶わなかった。
「・・何なんだ、あんたは」
離れた唇からつい本音が漏れた。そんなナマエに総司は笑みを零して、唇を近付けた。
「だって、君が可愛いから」
その唇の感触と言葉に、眩暈を起こしそうだった。
そしてその後、ナマエが驚いた事がある。それはシャワーを浴びに総司が一度帰ると言ってナマエの家を出た後の話しだ。
「支度は出来た?」
「!?」
彼は三十分とせずにナマエの家へと戻って来た。近くに住んでいるのか、と問えば彼は驚愕の事実をサラッと言ってのけた。
「僕の家?君の隣の部屋だよ」
「・・・」
思わず頭を抱えた。二日目にして家がバレたのも、家を出る時間を変えているにも関わらず毎日玄関の前にいるのも、偏に隣に住んでいるからだった。恐らく家を出る音を察知していたのだろう。
試衛館、一風変わった名前の、一見普通のこのアパートは学生向けの物だ。その管理人は他でもない薄桜学園校長の近藤勇その人だった。
「そんな事より、ほら」
総司はそう言って手を差し出す。
(そんな事より、って)
言いかけた言葉を飲み込んで、ナマエはぎこちなくその手に自分の手を重ねた。
「行こうか」
それに満足そうに総司は微笑んで、二人は外へと並んで出掛けて行った。